遊戯(ゆうぎ) −処刑人とキュウゾウー
二機の紅蜘蛛が支える処刑場に、俺が首斬り用の大刀を担いで入った時、 罪人島田カンベエは、かむろ衆によって断頭台に固定されているところだった。 この商人の時代、サムライの生き方を通して来た男だと聞いた。 俺は・・・その生き方をとうに捨てた。 今は処刑人として、ここで生きている。 だから、カンベエのようなサムライを見ると、胸がむかつく。 こんな時代遅れの男の首を斬って落とすのは、さぞかし気持ち良かろう。 「昨夜」 傍らに俺が立つと、カンベエが口を開いた。 「儂のところへ、幽霊が来たぞ」 「はあ?」 眉唾物だとわかっていても、その手の話には敏感になってしまう自分が情けない。 「月の色をした髪に、目は・・・ふむ、 可哀相に血にまみれておった。 お主に首を刎ねられた男の霊であろう」 「ふん、そんなものが怖くて、この仕事ができるか」 「だったら、何故そのように顔を隠している?」 俺は言葉に詰まった。 処刑人達は、罪人の身内に復讐されることを恐れて覆面をしている。 ここで名乗ることも、勘弁して欲しい。 「その幽霊がな、儂に言ったのだ」 「な、何を?」 「気になるか?」 俺は完全に、カンベエのペースに巻き込まれていた。 「儂に『助けてやろうか』と言って来た」 「で?」 「儂か?ふん、『いらぬ』と断った」 「何故?」 カンベエはにやりと笑った。 「お主、本気で幽霊になぞ、助けてもらえるとでも思ったか」 「た、たばかったな!」 俺は思わず、刀を振り上げた。 俺の自慢の筋肉が、プルプルと喜びに震えるのを感じた。 「ちょっと、待ったぁ!」 天主(あまぬし)様が拡声器を手に、俺を睨んでいる。 「お前、何やってんの?まだ首、斬っちゃ駄目!こっちのイベントが先でしょ」 天主様の横で、派手な女達が騒いでいる。 「お楽しみは、これからなのよ」 「盛り上げなきゃ」 処刑場にそぐわない、軽薄でうるさい音楽が聞こえて来た。 紅蜘蛛二機によって、特設会場が都から運ばれて来た。 それは天主様から良く見える位置に固定された。 ちょうど真上になるから、俺からは音楽(と言えるのか) を流している連中の姿は見えない。 天主様の側女(そばめ)達や見物客達の中からは、歓声が起こった。 音楽に乗って踊り出す者までいる。 ああ、と俺は思い当たった。 天主様の側女達が、公開処刑をやるならバンドを 呼んで盛り上げよう、と進言したそうだ。 天主様達にとっては、人の死もイベントのひとつなのだ。 俺はどっかと腰を下ろして、カンベエに見せつけるか のように首斬り用の刀を磨き始めた。 「良かったな。少し寿命が延びたぞ」 カンベエは俺の言葉などよりも、音楽の方を聴いているようだった。 処刑場には、騒音としか思えない音楽と、 何を言っているのかわからない歌詞が満ち溢れた。 ああいう連中が、いつの時代でも現れる。 挑発的な格好をして、世の中を批判するような歌を歌う。 俺は嫌いだね。 そうだ、今日は特別手当てが出るから、癒しの里のヒミカの店へ行こう。 人生の辛酸をなめ尽くした女がしっとりと歌い上げる、 そういう本物の歌が聴きたくなったよ。 俺は刃にハアと息を吐きかけ、服の端っこで拭いた。 と、その刃に何かが映った。 「まさか・・・人間?」 カンベエも、目の端でとらえたらしい。 「いいのか?上から、来るぞ」 「え?」 と俺が見上げると・・・月の色の髪! それに血にまみれた目だ!? カンベエが先程言っていた通りの幽霊が、俺に向かって落ちて来る。 「うわあああ!!」 俺はみっともない声で叫んだ。 幽霊は、俺のすぐ側に綺麗に回転して着地した。 歌っている? じゃあ、こいつは幽霊じゃなくて、バンドのボーカルなのか。 金髪の間から見える目は紅く、男なのだろうが化粧をしている。 それに・・・何て格好をしているんだ。 男の俺さえ、目のやり場に困ってしまう。 そいつが、カンベエの方へ近づいて行く。 「おい、罪人には近寄るな」 俺は立ち上がって、男に向かって言った。 彼は足を止めた。 「動くなよ。少しでも動いたら、お前の首も落とすぞ」 さっき脅かされたこともあって、少々頭に血が上っていた。 俺は刀を体の前に構えた。 会場からはブーイング。知ったことじゃない。 覆面をしているから平気だ。 男も足を開き、ゆっくりと腕を回すと構える。 そして挑発するように、指先だけで俺を手招きした。 「小僧!脅しじゃないぞ!」 俺は叫びながら、ヤツに向かって行った。 金色の頭の上に刀を振り下ろす。 だが、そこに彼の姿はなかった。 「え?どこへ?」 その俺の顔に向かって、拳が襲いかかって来た。 防ぐ暇もない。 殴られる!と思ったが、 それは俺のすぐ目の前でぴたりと止まった。 冷たい汗が背中を伝って行く。 「こ、このォー!」 俺は再び、刀を振り回した。 彼は俺の背中に回り、腕を摑んだ。 ヤツの首を狙っていた刀は、俺の首筋につきつけられた。 男は歌い続けている。 観客が喜ぶ。 「かっこいい!」だって?そうなのかよ。 皆、あいつの味方なのか。 ふっと力が抜けて、俺は解放された。 すると、後ろで見ていた都の近衛兵達が笑いながら声をかけて来た。 「おい、大変そうだな」 「手伝ってやろうか」 「よせよせ、人の楽しみを奪っちゃいけない」 俺がきっとなって彼等を睨みつけると、 「いいのか、あれ」 と近衛兵の一人が、断頭台の方を指差した。 見ると、カンベエに近づいて行く男の後ろ姿があった。 俺は思わず怒鳴った。 「行くな!そいつは俺の獲物だ。 俺が、島田カンベエの首を刎ねるんだ!」 すると、あいつの白い肩がびくんと震えた。 そして振り向きざま、俺の方へ凄い勢いで走って来る。 紅い目が怒りに燃えている。 「俺、何か悪いこと、言ったか?」 後方で、近衛兵達が銃を構える気配がする。 それが心強くて、俺は首斬り用の刀を握り直した。 ヤツは走り込んで来たその勢いで、俺に蹴りを入れた。 俺は刀で防いだが、その刀が吹っ飛ばされてクルクルと宙へ舞った。 そのまま俺達のところに落ちて来る。 ヤツは刀を片手だけで受け取ると、頭上で振り回し、ぐっと前で構えた。 悔しいが俺よりサマになっていた。 そこへ近衛兵達が銃弾を浴びせた。 だが、男はそれを全て、刀で弾き返してしまった。 「お前・・・サムライ・・・か?」 俺は思わず、あいつに向かって呟いていた。 「悪ふざけも大概にしろ!」 上から、天主様の側近テッサイ様の声が飛んだ。 男はテッサイ様を、その紅い瞳で睨んだ。 テッサイ様も、男を睨んでいる。 と、その表情が変わった。 「お主、どこかで?」 そう言われた途端、彼はテッサイ様から目を逸らし、 持っていた刀を俺の方へ振り下ろして来た。 「ひゃあああ!」 という無様な叫び声と共に、俺は腰を抜かした。 その足を開いた俺の股間、大事なムスコすれすれに刃が地面に刺さった。 同時に、近衛兵達が男に向かって銃を撃つ。 「バ、バカヤロー!俺も殺す気か」 男はひょいひょいとバック転で、断頭台の方へと逃げて行く。 それを追って、銃弾が地面を弾いた。 ヤツは体を滑らせて、断頭台に固定されているカンベエの下へと潜り込んだ。 ちょうど二人は、顔を向き合わせた形になった。 「そいつを逃がすつもりか!」 俺は喚いた。冗談じゃない。 ここでカンベエを逃がしたら、職務怠慢で俺の首の方が危なくなる。 俺は慌てて刀を地面から引っこ抜き、ヤツ等のもとへと走った。 と、男はカンベエの首に手を回すと金色の頭を 持ち上げて、カンベエの唇に自分の唇を重ねた。 会場は、水を打ったようになってしまった。 俺も思わず足を止めて、その様子をぽかんと見ていた。 「やるねえ、カンベエ君。おサムライの魅力かな」 天主様が笑っている。 しかし、次の瞬間には拡声器に向かって吠えた。 「こら、お前!そのふざけたヤツを何とかしなさあい!」 キーンキーンと拡声器が悲鳴を上げたので、観客達は一斉に耳を塞いだ。 へ?と見ると、天主様はどうやら俺に向かって言っているらしい。 「お許しが出た。二人まとめて首を刎ねてやる」 俺はまだ唇を重ねているカンベエと金髪男に、首斬り刀を突きつけた。 下を向いているカンベエの表情はわからない。 ふざけた男の顔も、カンベエの頭に隠れてしまっている。 「公衆の面前で・・・。恥を知れ、恥を」 俺は刀を揺らした。 男がやっと、カンベエから唇を離した。 そして俺を見た。 その濡れた紅い瞳がファッションではなく、生来のものだと気がついた。 「立て!」 と俺が言うのに、ヤツは俺に向かって片手を差し出した。 「やれやれ、起こしてくれ、ってか?」 俺は仕方なくその手をとって、起こしてやった。 軽くて驚いた。 だが立ち上がりながらヤツは、低い位置から 俺に回し蹴りを食らわせて逃げた。 違うだろう。 こういう時には「ありがとう」と言うんだろうが。 「バ〜カ!」 天主様は腹を抱えている。 俺は真っ赤になって、男の後を追った。 金色の髪が激しく揺れている。 長い手足は獣のようだ。 ヤツが振り返って、俺に視線を送った。 誘っているのか。 遂に俺は処刑場の端まで、このしなやかな獣を追い詰めた。 「もう逃げられんぞ」 だが、男はもっと端の方へ行こうとするではないか。 「よせ、落ちるぞ」 と俺が忠告している側から、ヤツは足を滑らせた。 焦った俺は、咄嗟に彼の方へ体を伸ばした。 「え?」 あいつは俺の体を摑み、足場にすると俺の向こう側に降りてしまった。 反動で、俺の体は処刑場の外へ飛び出していた。 「落ちる!」 と目をつぶった時、覆面がぐいと引っ張られた。 こわごわ目を開けると、紅い目が見えた。 彼が俺の覆面を引っ張って、助けてくれたのだ。 「あ、ありが・・・ふがっ?!」 俺は礼儀正しく礼を言っていたが、最後まで 言い終わらないうちに唇を塞がれてしまった。 目の前には金色の髪が・・・。って! 「ええーっ!?」 彼は俺の覆面を少しずらすと、俺の唇に自分の唇を重ねた。 俺・・・男に唇を奪われた・・・。 しかもこんな金髪キンキンで軽薄なヤツに・・・。 この男は俺より背が低かったから爪先立ち しているのかな、なんて考えていていいのか。 唇が離された。 「あ・・・もう少し」 もう少し何だと言うのだ。 俺は心の中で、自分にツッコミを入れてしまう。 男は口の端だけで笑うと、俺の覆面から手を放し仰向けに倒れて行った。 そうか、倒れる程に俺の接吻は良かったのか。 「何ィー!?」 あいつはいつの間にか、俺と位置を入れ替えていた。 だから彼は地面に倒れずに、 処刑場の外、何もない空間へと落ちて行く。 人々が叫ぶ。 驚く俺を見つめながら、そのお騒がせ野郎は表情ひとつ変えずに、 仰向いたままどんどん下へと落ちて行ってしまった。 「覚えておけ。島田カンベエを斬るのは、この俺だ」 その言葉を俺に残して、男は暗い空間の中へと消えてしまった。 「さあ、お遊びの時間はもうおしまい。カンベエ君の処刑を始めるよ」 天主様が指示を出す。 俺はちょっと心残りだったが、 大刀を担いで断頭台の方へ引き返した。 「ン?何だ、この殺気は?」 俺は辺りを見回した。 断頭台に固定されたカンベエが、俺を射抜くように見つめている。 「ははあん」 俺は覆面の上から、自分の唇に手をやった。 「お前、妬いているのか」 図星だったらしい。カンベエは何も言わずに、目を伏せた。 余程悔しいのか、握り拳がブルブルと震えている。 右手からは血が出ているじゃないか。 俺は、今日初めて優越感に浸る。 と、そのカンベエの右手の拳が光ったような気がして、 俺は彼の傍らに膝をつき、拳を無理矢理こじ開けた。 血にまみれて、簪が出て来た。 「ふん、こんなもの、どこで?残念だったな」 俺は簪を懐へねじ込んだ。少し古い物だが、女への土産にしよう。 楽隊の太鼓が鳴り響き、処刑を促している。 俺はゆっくりと腰を上げた。 カンベエに向かって、首斬り用の刀を振り上げる。 「ああ、やっと長かった今日の仕事が終わる」 俺は刀を振り下ろした。 シャワーを浴びて血の匂いを落としたら、 癒しの里へ降りるエレベーターに乗って・・・。 カンベエの口から、何かが飛び出した。 金属性の光を放ったそれは、細い。 ピンのような物か? まさか、あの軽薄男が口移しでカンベエに? カンベエはそれを素早く右手で摑み、断頭台の鍵を開ける。 「遅いわ!」 俺の刀はカンベエの首に、容赦なく振り下ろされて行く。 だが実際に俺が見たのは、カンベエを縛めている 手錠が俺の刀で真っ二つにされるところ。 そして俺が聞いたのは、俺の鼻の骨が折れる音だった。 俺は、そのまま仰向けにぶっ倒れた。 「前言撤回だ。幽霊に助けてもらったらしい」 自由になったカンベエは、俺の懐に手を入れて簪を取り出した。 「これは返してもらおう。それから」 と言うとカンベエは、俺の覆面を剥がしそれで俺の唇を丹念に拭った。 俺の口の中まで覆面を突っ込んで、ごしごしと拭った。 あの男(こ)の唇の感触が、全て拭われてしまった。 「やはり、妬いていたか」 俺が精一杯の虚勢を張って笑うと、カンベエは 強烈な鉄拳を俺の顔面に食らわせた。 俺の視界が真っ暗になった。 遠くで銃声がする・・・。 おい、俺に当てるなよ。俺はまだ生きている・・・。 (終) ☆ あとがき キュウゾウファンの皆様、すみません。
キュウゾウ殿、弾けてしまいました。 キュウゾウ殿の目のやり場に困る衣装は、 皆様のご想像にお任せします。 この後、再会した時、カンベエ様は キュウゾウ殿にお仕置きしたのか ・・・ 「この浮気もの!」とか何とか言って・・・。 重ね重ね、すみません。 次回、キュウゾウ殿と絡むのはマンゾウ・シノ親子です。