砂の遊園地 ―luna様リクエスト―
カンベエの首筋に、定規で引いたような真っ直ぐな線があった。 シチロージは嫌なものを見つけたと思いながらも、つい訊いてしまった。 「カンベエ様、また、やんちゃなことを?」 カンベエにふふと笑って流されたのが、気になる。 十年ぶりの再会から数時間後、シチロージは その時のカンベエの笑みを、何となく理解することとなる。 夜中、虹雅渓(こうがきょう)差配(さはい)のアヤマロ一味が襲ってきた。 その中の一人の若いサムライを カンベエが意識している様子に、シチロージは目を見張る。 挑発的な紅い戦闘服に身を包み、自分と同じ金色の髪を揺らした彼も、 紅玉(ルビー)のような美しい紅い瞳にカンベエだけを映していた。 その男の首筋にも、カンベエと同じ刀傷があった。 キュウゾウという名を、後でカンベエに教えられた。 式杜人(しきもりびと)の里を抜けた荒れ地で、 野伏せりを加えたアヤマロの用心棒と再び戦った。 それが終わった時、キュウゾウがこちらの仲間になっていた。 サムライ達はそのことを受け入れたが、農民、特にキララには、 仲間にと誘ったカンベエの心も、それに乗ったキュウゾウの心もわからない。 ぎごちない空気を引きずりながら、サムライと農民は 三組に分かれて神無村(かんなむら)に向かうこととなった。 シチロージは自分からカンベエに、キュウゾウと組ませて欲しいと願い出た。 カンベエは笑みを浮かべ、 「古女房殿の、お眼鏡にかなうかな」 と言って送り出した。 そこにはキュウゾウを自慢しているような彼の心情が見られ、 シチロージの心はちくりと針に刺されたような小さな痛みを感じてしまう。 「あのお方に、女房役をあっさり渡すつもりはないです、がね」 あれは捨て台詞のようだったか、とシチロージは歩くたびに 乾いた砂塵が舞い上がる砂漠の中を進みながら、少し後悔していた。 そして顔を上げて、自分のずっと前を行く紅い戦闘服の男の背中を見た。 「サムライとして、非の打ちどころがない」 とシチロージは、キュウゾウを評してそう呟いた。 金色の髪がゆらゆらと動くのは、周りを警戒して目を配っているからだろう。 いや、それだけではない。 彼はシチロージに対しても、緊張している様子だった。 (私をサムライとして、認めてくれていると考えていいのでしょうかね) シチロージは、苦笑する。 一方、隣を歩くキララが、キュウゾウに対する不安をこぼす。 それを拾い上げてやるのも、自分の仕事だとシチロージは思っている。 「サムライってのは・・・」 と時々返してはみるが、キララは複雑な表情を浮かべるだけだった。 その気配を感じて、シチロージとキュウゾウが 空を見上げた時、二人は同時に心の中で舌打ちをした。 「気づくのが、遅かった」 大きな砂嵐が来ていたのだ。 嵐に巻き込まれて、三人の体は宙へと投げ出された。 シチロージが重いまぶたをゆっくりと開けると、観覧車が 砂の色のような空の中で、のんびりと回っていた。 状況を把握できないままに、体を起こそうと 手を地面に突っ張ると、懐かしい感触があった。 左手をかざす。 それは十年前に失った、生身の腕であった。 唖然となっているシチロージの後ろを、 ジェットコースターが勢いよく駆け抜けて行った。 そのジェットコースターの中にも、 シチロージの周りにも人の姿はなかった。 風船やらポップコーンが並んでいる、売店の前にも。 「ここは、遊園地・・・?」 微かだがこちらに走ってくる足音を聞いて、 シチロージは、朱塗りの棒を引き寄せた。 と、頭上に殺気を感じて、棒の先端から槍を繰り出した。 金属音がして、槍が払われる。 持っていかれないよう、槍を握る手に力をこめる。 左手の力加減が、うまくつかめない。 そこへ叩きつけられる、二振りの長刀。 はっとその刀の主の顔を見ると、向こうもこちらを認識したらしい。 「シチロージ殿」 と自分の名を呼んで、刀を収めた。 シチロージも、槍を収める。 「いきなり、とは酷いでげすねぇ、キュウゾウ殿」 恨み言を冗談に混ぜて言えば、謝罪の言葉は返ってこなかった。 その代わり、 「シチロージ殿、少し感じが」 違うと、言われた。 ああ、と合点してシチロージは袖をまくって左腕を見せる。 「手が生えました」 さすがのキュウゾウも驚いていたが、彼の雰囲気も違う。 背が少し小さくなって、幼い感じだ。 カツシロウよりも、二、三歳若いだろうか少年の姿だ。 背中の長刀は地面を引きずりそうになっているし、 紅い戦闘服は既に、地面をこすっていた。 シチロージの方も、若くなっていた。 こちらはあまり、体形は変わらなかった。 「まるで十年程、時がさかのぼったみたいですね」 そんな馬鹿なと思いながらも、シチロージは自分の考えを口にした。 キュウゾウはそれについては何も言わず、 シチロージの左手をじっと見ている。 「キュウゾウ殿?」 「花が」 少年の姿となっても、キュウゾウはぶっきらぼうだ。 だが、その少々幼くなってしまった声を聞くと、シチロージは そんなことも気にならず、柔らかい気持ちになった。 キュウゾウに言われて、シチロージは改めて自身の左手の甲を見た。 六花弁の刺青があった。 再び咲いたその花を、感慨深げに眺める。 色も形も、十年前に失ったあの日のままだ。 「カンベエの手にも、あった」 「ええ、同じ部隊でしたからね」 シチロージの言葉に、キュウゾウの紅い瞳が、揺らぐ。 「あの頃、流行ったことです。 部隊全員で、同じ彫り物をこうして入れることは」 戦時中、何度、カンベエとこの手を繋げただろう。 今は亡き戦友達とも・・・。 「子供は、のけ者だった」 悔しそうに、キュウゾウが唇を噛んだ。 少年兵達には、憧れだったのかもしれない。 そうやって皆で揃いの印を体に入れ、 士気を高めて戦地に向かうこと。 大人のサムライ達の仲間に、入れてもらうことが。 「キララ殿を、捜しましょうか」 キュウゾウ少年はシチロージを見上げて、こくんとうなずいた。 キララの時間も十年位戻っているのならば、 六、七歳の小さな女の子の姿になっているはずだ。 回るコーヒーカップの中にも、きらびやかな メリーゴーランドにも、キララの姿はなかった。 「私が小さい時には、こういった遊園地がまだ、あちこちにありました」 シチロージは、幼い頃に気持ちを馳せた。 「楽しい思い出の方が多いはずなのに、浮かんでくるのは ソフトクリームを落として悲しかったこととか、 観覧車の高さに恐怖したこととか、そんなことばかりですよ」 キュウゾウは、黙って聞いている。 「キュウゾウ殿の子供の頃は」 「もう、戦が始まっていた」 キュウゾウの中には、戦の思い出しかないのだろうか。 殺伐とした時代を、シチロージは思い返した。 「誰かいる!」 小さく叫ぶと、キュウゾウがいきなり走り出した。 慌てて、シチロージも後を追う。 キュウゾウはジェットコースターの乗り場に飛び込むと、 発車したジェットコースターに飛び乗った。 シチロージも続く。 ジェットコースターの進行方向に、砂色の空を かき分けるようにして、巨大な機械のサムライが現れた。 紅蜘蛛(べにぐも)と雷電(らいでん)である。 「我等をつけてきた、野伏せりか」 シチロージは、朱塗りの棒の先端から刃を飛び出させた。 キュウゾウも、背中の鞘の上下から刀を抜く。 いささか、抜きにくいようだったが。 紅蜘蛛と雷電も、こちらを認めて戦闘態勢に入る。 ジェットコースターが轟音を上げて、野伏せりに近づく。 「キュウゾウ殿!」 シチロージが腰の前で腕を組み、足場を作る。 キュウゾウがそこを蹴って、紅蜘蛛へと跳んだ。 シチロージは、斬艦刀(ざんかんとう)を振り上げる雷電に向かって跳んだ。 シチロージは斬艦刀を避け、野伏せりの急所である胸に槍を突き通した。 キュウゾウは一気に紅蜘蛛の頭部まで跳ぶと、 首、腕、胴体を斬り落としていった。 その冷たい機械の体が砂の中に沈むと同時に、再び砂嵐が シチロージとキュウゾウ、そうして遊園地を巻き込んで行く。 ジェットコースターもメリーゴーランドも、砂の中へと消えていく。 「キュウゾウ殿!」 キュウゾウへと伸ばしたシチロージの左腕が、 砂嵐の中にかき消されようとしていた。 左手の甲に咲いていた六花弁も、薄れていく。 「ああ・・・!花が・・・消えて・・・」 花を追うように、シチロージが陽炎(かげろう)のように 不確かなものになってしまった、左手を伸ばす。 「カンベエ様!」 花はしゃぼん玉が弾けるように、消えてしまった。 代わりに機械の左腕が、シチロージの肩から浮かび上がってきた。 「ユキノ・・・」 ユキノとの出会いから始まった、新しい左腕の思い出。 「川で拾ったんですよ」 皆の前で、何でもないことのように、 それこそおとぎ話のように過去を語ったユキノ。 だが本当は、一言で片づけられるほど平穏なものではなかった。 情け深い女は、名前も知らないシチロージのために 病院の手配や、機械の腕の購入などに奔走してくれた。 「行く所がないのなら」 と、そのまま蛍屋に住むことを許してくれた。 そんなユキノに甘い言葉もかけず、将来の約束もしなかったシチロージ。 美しく慈愛に満ちた瞳は、どのくらい不安に揺れていたことだろう。 「ユキノ!」 砂嵐に体を翻弄される中で、シチロージは彼女の名を呼んだ。 その機械の左手をつかまれ、しっかりと シチロージの体は誰かに抱き込まれた。 霞む視界に、にじんだような紅い色が広がる。 「大丈夫。 必ず、あの女(ひと)の元へ帰れるから」 囁かれた言葉に、安心感がシチロージを包んだ。 目を覚ましたシチロージが身じろぐと、上から乾いた声が降ってきた。 「大丈夫か」 見上げると、両肩が大きく開いたインナー姿のキュウゾウがいた。 幼さは消え、元の青年の姿となっていた。 「もったいない。 もっと遊園地で、遊べばよかったのに・・・」 キュウゾウは、怪訝な表情を浮かべた。 キュウゾウにも、子供の頃遊園地で遊んだという思い出を 作ってやりたかった、とシチロージはふと考えたのであった。 「ここには、昔、遊園地があったらしい」 キュウゾウが顎をしゃくって示した方向を見ると、 砂の中に半分埋もれたメリーゴーランドの馬があった。 「シチロージ様」 それは、キララの声だった。 日陰に、キララがキュウゾウの紅い戦闘服に包まれて、横たわっていた。 「怪我はないか」 シチロージが、キララの傍らに膝をついて尋ねた。 「大丈夫です」 そう答えたキララは、体を横たえたまま青い空をぼんやりと見ている。 「不思議な夢を見ました」 「ん?」 「幼い頃に戻って、こしらえものの箱に乗って 空を散歩したり、機械じかけの馬に乗って遊んでいました。 とても楽しくて」 「それは、いい夢でしたね」 すると、キララががばっと体を起こした。 「いえ、私、いけないことを考えました。 このまま時が止まって、ずっとここで遊んでいたい、だなんて。 村では皆が、おサムライ様が来るのを今か今かと待っているというのに」 「まあまあ」 とシチロージは、キララの肩に手を置いた。 その機械の左手に、シチロージは目を走らせた。 「夢の中のことで、自分を責めなくてもいいでしょう。 ここまで頑張ってきたあなたへの、神様からのご褒美だと思いなさい」 やっと、キララの表情が緩んだ。 (あの遊園地、また子供に遊んでもらいたくて、我々を呼んだのか) 砂の中に捨てられた遊園地を、シチロージは哀れに思った。 キララを立たせると、シチロージはキュウゾウの 戦闘服の砂をはらって、彼のところへ持って行った。 周囲を警戒しているキュウゾウの肩に、ふわりと戦闘服を掛けた。 キュウゾウに払われるかと思ったが、 「かたじけない」 という謝辞が返ってきて、シチロージの心が和んだ。 自分に対しての警戒心を、少しは解いてくれたらしい。 キュウゾウが、シチロージの左手に目を遣る。 「消えてしまったな」 「ええ」 シチロージは、左手をかざした。 ユキノの顔が浮かぶ。 時はシチロージにユキノを、カンベエにキュウゾウを与えた。 この戦ではまだ自分は、カンベエの横に 立つことができるが、とシチロージは思う。 (この戦が終わったら、カンベエ様の隣にはキュウゾウ殿、 あなたが立つことになるのでしょうね) さて無事に旅を終えて、カンベエと合流したシチロージは、 「キュウゾウ殿の気遣いに、惚れました」 と彼に報告した。 「惚れた」という言葉に心が乱されたのか、カンベエは複雑な表情をした。 更に、 「そうそう、不思議なことがありまして」 などと、シチロージは楽しそうにカンベエに耳打ちした。 キュウゾウ少年の姿を見たかったと、 カンベエはいたく悔しがったそうである。 (終) ☆ あとがき 6000を踏んだluna様のリクエスト作品です。 シチさんとキュウゾウで、というリクエストでした。 ごめんなさい、お待たせしてしまって。 首はきりんさんのように、長くなってしまったでしょうか。 設定は主に、小説を参考にしています。 ふたりだけでなく、いろいろなカップルが出てきて、 楽しく書かせていただきました。 本人だけが楽しんでしまって、すみませんでした。 luna様、素敵なリクエストをありがとうございました。 皆様も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。 尚、こちらの作品はリクエストしてくださった、 luna様に限り、お持ちかえりどうぞです。