妖異(ようい) −ナガタ様リクエスト−
退屈な家庭教師の講義を抜け出して、さて奥女中達でも からかいに行こうかとふらふらしていたウキョウは、 浮世絵から抜け出して来たようなサムライ、ヒョーゴに出会った。 彼は、ウキョウの養父アヤマロの用心棒の一人である。 派手な着物を翻しながら、廊下を颯爽と歩いて来る。 腰に差してある刀が、ちらちらと見える。 ウキョウは不快に思って、向こうが会釈をしてくるのを無視した。 しかし彼について、ある噂を耳にしたことを思い出す。 「ね、ヒョーゴ」 とその背中に、声を掛けた。 「街で、何か拾ってきたんだって?」 珍しくこの男の目が、きょろりと動いた。 困っているのだ、と気がつくと可笑しくて堪らない。 「拾ったのではなく、再会したのです」 繕うように弁明する、ヒョーゴ。 (可愛いモンだねえ) などと年上のヒョーゴを、心の中で揶揄する。 「大戦時に同じ部隊にいた男で、キュウゾウといいます」 「ふーん、お友達ねぇ」 「体を壊していまして、回復しましたら 御前(ごぜん)に用心棒の口を願いでようかと」 「顔は、良(よ)いの?」 「は?」 「父上の用心棒になるには、綺麗な顔が必要だもんね。 ほら、ヒョーゴだって」 ウキョウは手を伸ばして、ヒョーゴの頬をするりと撫でた。 「顔には、気を遣っているよね」 頬骨が張って男らしい顔つきだが、 女のように眉を細く剃って整えている。 目は色のついた眼鏡で隠しているが、他人を拒んではいない。 たぶん主人であるアヤマロに対しては、 もっと温和なものになるのだろう。 唇には何を塗っているのか、黒に近い濃い紫色だった。 「そ、それだけでは、用心棒は務まりません」 ヒョーゴはウキョウから逃げるように体を退くと、 再び会釈をして行ってしまった。 「ま、採用されたら、僕にも見せてよね」 ヒョーゴの後ろ姿に、ウキョウはつぶやいた。 だが、彼はアヤマロと違って男には興味がない。 ましてや、粗暴なサムライなぞには。 養父に言われて仕方なく、身辺警護のために サムライを置いているが、容姿にはこだわらない。 そこそこ腕が立つ者が、数いればいいと思っている。 その分、女達に神経を遣う。 いずれ自分の館を持たせてもらった時に 侍らせる女達を、今から物色していた。 そちらの方が、ずっと楽しい。 「若!若!先生がお待ちですぞ。 お急ぎください」 テッサイに見つかってしまった。 やっぱりサムライっていう奴は、鬱陶(うっとう)しい。 虹雅渓(こうがきょう)の最高権力者である差配アヤマロの 御殿には、あらゆる所に監視カメラが設置されている。 アヤマロの部屋も、例外ではない。 父親の失態を知った時、ウキョウはその全貌が映っている であろうテープを、本人よりも先に押さえたのだった。 こういうことに関しては、自分でも驚くほど頭が回る。 だって、毎日、退屈だから。 機械に強い小者(こもの)に準備してもらうと、彼を外の 見張りにつかせ、ウキョウはうきうきしながらボタンを押した。 画面に、自室の壁に張りついているアヤマロの姿が映し出された 時には、もう嬉しくて、つい、大きな声を上げてしまった。 どうやら、隣の部屋の様子を窺(うかが)える 穴が、開けてあるらしい。 その壁に沿って移動しているものだから、 あちらこちらに開けてあるのだろう。 『覗き』というイヤらしい行為にふけっている男が、滑稽で哀れだ。 ウキョウは顔を少し動かして、隣の画面に視線を移す。 大雑把(おおざっぱ)に切った金色の前髪を、 無造作に手でかき揚げている男が映っている。 「この男が、ヒョーゴが拾ってきたというキュウゾウか」 そしてアヤマロが熱心に覗いているのは、 この男に与えられた部屋である。 やはり彼を雇った目的は、用心棒だけではなかったらしい。 「確かに、父上の好みかもね」 髪の金色に負けないくらい、美しい面立ちだと思う。 髪と同じ色の眉も、鼻筋もすっきりとしている。 口は何が気に入らないのか、きゅっと不快そうに結ばれている。 「だけど、何といっても、あの目だよねえ」 サムライとしての矜持(きょうじ)を湛えているとでも言おうか、 その紅い瞳の強い光が、ウキョウの心を捕らえている。 「あの紅・・・目に何か入れているのだろうか」 キュウゾウが腰のベルトを外して、刀を下ろす。 彼がいるのはバスルームで、隣の部屋から覗いている アヤマロが食い入るように見詰めている。 キュウゾウの着ていた紅い戦闘服が、床に落ちる。 肩が大きく開いた黒のぴったりとしたインナー姿の キュウゾウに、ウキョウも思わず息を呑んだ。 鍛え抜かれた肉体の美しさに、嫉妬する。 自分の生白い体が、疎ましく思えた。 戦闘服を脱ぎ捨てたキュウゾウが、立ったまま動かない。 浴槽から立ち上る温かな湯気が、彼を包んでいる。 彼の紅い瞳が、ネコ科の動物のように すうっと細められたような気がした。 キュウゾウの体がしなやかに動いて、 壁に立てかけた刀を掴むと投げ上げる。 落ちてきたそれの左右から刃を抜いて、後ろを振り返る。 鞘が、乾いた音をたてて床に転がった。 キュウゾウの右手の刀が、左手の刀が、壁に突き立てられる。 その速い動きに、ウキョウの目がついていけなかった。 アヤマロの悲痛な叫び声が、響く。 アヤマロの映っている画面を見ると、彼は腰を抜かしている。 壁からは、キュウゾウの刀が突き出している。 壁から抜かれた刀が、その腰を抜かしている アヤマロに向かって、再び壁を通して襲ってくる。 アヤマロは四つん這いになって、逃げる。 「赦してたもれ。赦してたも・・・」 念仏のように唱えながら逃げるアヤマロ。 「あははは、なあに、あの格好」 笑い転げるウキョウ。 這いずり回るアヤマロを追って、刀が 的確に壁から抜かれては、打ち込まれる。 刀は彼を傷つけることはなかったが、 恐怖を与えるのには十分だった。 バラバラと壁が崩れて、キュウゾウがアヤマロの前に姿を現した。 金色の髪の間から覗く紅い瞳は、ひどく不機嫌だ。 両手に引っ提げた刀に、アヤマロは 真っ青になって、ぶるぶる震えている。 「何もする気はない。 覗いておっただけじゃ」 キュウゾウは黙って、アヤマロを睨んでいる。 その沈黙に、益々恐怖を募らせたのであろう、 アヤマロは女のような甲高い叫び声を上げた。 「キュウゾウ!」 そこへ割って入って来たのは、ヒョーゴである。 「うまく仲裁しろよ」 ウキョウが、画面の中のヒョーゴに声を掛ける。 「御前、お怪我はございませんか?」 ヒョーゴはまずアヤマロの傍に行き、彼を気遣う。 ひしっとヒョーゴにすがりつく、アヤマロ。 キュウゾウは床に転がっていた鞘を拾うと、刀を収めた。 それから紅い戦闘服をばさりと肩に羽織って、出て行こうとする。 「待て、キュウゾウ。 何処へ行く?」 ヒョーゴが呼び止めるのに、 キュウゾウは振り返りもせずに答えた。 「主(あるじ)をこのような目に 遭わせては、もうここにはいられない。 出て行く」 「まあ、待て」 とキュウゾウを引き留めておいてから、 ヒョーゴは困ったように主人を見た。 「御前、キュウゾウには私からよく言っておきます。 奴を手放すのは、惜しいと存じますが」 「ヒョーゴ君、君はずるいなあ」 ウキョウは、ヒョーゴがアヤマロの性癖も、キュウゾウが このような行動に出ることもわかっていたのだと思う。 知っていて、どちらにも何も言わなかった、ということだ。 「どっちにも、いい顔をしたかったのかな」 にやりと、ウキョウは笑った。 アヤマロは震えが治まらず、怯えた目で ヒョーゴを見て、次にキュウゾウを見た。 ヒョーゴはため息をつくと、キュウゾウに言った。 「どこかに落ち着いたら、連絡しろ。 紅雅渓からは、出るなよ。 他の仕事を、世話してやるから」 それには答えずに、キュウゾウは歩き出す。 「待て、キュウゾウ。 待ってたもれ」 小さな、蚊の鳴くような声が、キュウゾウの足を止めた。 「へええ」 とウキョウは感心した。 アヤマロが恐怖のあまり言葉をつかえながらも、 このまま用心棒を続けるように、とキュウゾウを説得している。 「父上、そんなにこいつが気に入ったんだ。 殺されそうになったのにねぇ」 父親をこばかにして言ったが、彼の人を見る目は確かだ。 テッサイを自分につけたということが、そうであろう。 ウキョウはキュウゾウの画像に、手を伸ばす。 「キュウゾウ君、早く会いたいなあ」 彼の姿を、指でなぞる。 「君は、僕のこの退屈を殺してくれるかしら」 一ヶ月に一度開かれる組主衆との会合が終わると、 ウキョウは、アヤマロの後ろの金屏風の向こう側を覗いた。 「やあ、やっと会えたネ、キュウゾウ君」 そこに控えていたキュウゾウは 目だけ動かして、ウキョウを見上げた。 威圧感を我慢して、ウキョウはキュウゾウにすり寄った。 「怖い目だねえ。 やっぱり、おサムライだね」 キュウゾウは、すっと視線を落とした。 むっとするウキョウ。 僕を、無視するつもりか。 「あれだね、おサムライ様には僕達商人(アキンド)って、 どんな風に見えるんだろうね」 キュウゾウは、こちらを向かない。 「戦を終わらせて、今、この世の中を動かしている 商人のこと、嫌いなんだろ?」 キュウゾウが一向に答えようとしないので、 つまらなくなり、ウキョウはキュウゾウから離れた。 「妖怪・・・」 「え?」 キュウゾウの発した言葉に、ウキョウは振り返る。 キュウゾウはもう、口を固く結んでいる。 「ふーん、妖怪ね。 言い得て妙だな」 くっくっと哂う。 目の前のサムライを哂ったのか、自分を含めた商人を哂ったのか。 「良いねえ。 父上が躍起になって改築を繰り返している この館は、さしずめ、お化け屋敷かあ」 ウキョウは戻って行って、キュウゾウに体をすり寄せた。 彼の耳に囁く。 「じゃあ、その妖怪に雇われている君は何? 小鬼ってところかな」 「サムライだ」 直ぐに答えが返ってきて、驚く。 「それ以上でも、それ以下でもない」 気がつくと、ウキョウはキュウゾウを殴っていた。 初めて暴力を振るって、手が痛かった。 キュウゾウは、彼を一瞥して立ち上がった。 気が済んだか、と目が言っていた。 アヤマロの護衛につくべく、キュウゾウは ウキョウを置いて行ってしまった。 「何だよ、あいつは。 商人の用心棒に落ちたというのに、昔のサムライのまんまじゃないか」 自分の柔らかな拳では、彼に傷ひとつつけることはできなかった。 きっと言葉は、彼の心を痛めつけることもなかったろう。 ぐっさりと刃を突きたてられたのは、自分の方だと感じていた。 都(ミヤコ)は既に瀕死(ひんし)の状態で、 ウキョウは脱出用の御座船の格納庫に入った。 そこで、サムライ達に捕まってしまう。 だが、土壇場で運は、ウキョウに味方した。 都はその船体を大きく揺らし、サムライ達をふらつかせた。 ウキョウはその隙をついて、足下に転がっている銃を 拾い上げ、目の前にいる機械のサムライを撃ち抜いた。 それまでウキョウを人質に取られた格好で、動けなかった 近衛兵達が、サムライに向けて一斉射撃をする。 解放されたウキョウが長い髪をすっと 一度手で梳くと、サムライ達に訊ねた。 「キュウゾウがいたでしょ。 君達と一緒に、都(ここ)に乗り込んで来たはずだよね。 斬艦刀(ざんかんとう)の先頭に立っているのを、見たよ」 サムライ達は答えない。 「今更、隠したって意味ないでしょ。 あいつ、何処?」 一番若いサムライが、 「キュウゾウ殿は・・・」 と口を開いた。 その後を、なかなか言わない。 「何だよ」 ウキョウは焦れて、先を促した。 「亡くなった」 思わぬ若いサムライの言葉に、 「へえー」 とウキョウは、力が抜けたような反応を示した。 「やっぱり、テッサイが片をつけたのかな?」 「私が」 「え?」 やはり若いサムライが答えたのを、 信じられないといった顔で、ウキョウは見た。 「私が、この手で・・・キュウゾウ殿を」 「あははは」 ウキョウは、笑いが止まらなかった。 「僕を笑い殺す気?」 不愉快だった。 こんなつまらない若僧に、あのキュウゾウが殺されたというのか。 「ここは戦場だ。 何が起こるか、わからない」 若いサムライをかばって、金色の髷の サムライがウキョウを睨んで言った。 「間違って、キュウゾウを殺しちゃったってこと? 益々、可笑しいや」 ウキョウは、ぴたりと笑うのを止めた。 サムライ達を冷たく見ながら、近衛兵達に命令する。 「この戦が終わったら、キュウゾウの遺体を回収して。 死んだとしても、僕はあいつに用があるから」 若いサムライが、驚いて訊いてくる。 「何の用だ?」 「僕はね、父上ほど心が広くないんだ。 気に入らない奴は、死んだって赦さない」 「死者を、辱める気か?」 髷のサムライの目が、据わっている。 「誇り高いあのお方に、そんなことはさせない!」 若いサムライも、怒りで身を震わせている。 そいつらの態度が可笑しくて、ウキョウはまた笑った。 「何、あいつのこと、言っちゃってるの? あんなの、僕達商人にとってはね、道具にしか過ぎなかったんだよ。 野伏せりと、おんなじさあ」 そうさ、あいつはそんな価値しかなかったんだ。 自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。 でないと、他の気持ちが頭を持ち上げそうだったから。 自分の心と格闘するのに忙しいウキョウは、まだ気がつかない。 格納庫のハッチが、開き始めていることに。 その向こうには、カンベエがキュウゾウの 愛刀を握りしめて立っていた。 (終) ☆ あとがき 7000を踏んだナガタ様のリクエストにお応えした作品です。 「キュウゾウ視点で、カンナ村orアヤマロの御殿」 「どう考えても注目の的で、平然とスルーしそうだけれど、 律儀な性格なので意外とそうでもないキュウゾウ」 というリクエストでしたが、私の勘違いな作品でしたら、 ごめんなさい。です。 たぶん、ナガタ様が満足できるような 作品にはなっていないかと思います。 申し訳ありません。 皆様も、最後まで読んでくださって、 ありがとうございました。 尚、リクエストをしてくださったナガタ様に限り、 お持ち帰りどうぞ、です。