つわものどもが・・・ −柿様リクエスト− ※文字のサイズは大ぐらいが読みやすいかと思います。



夏草や つわものどもが 夢のあと
(松尾 芭蕉)
七人のサムライ達は、神無村の農民達の夢に
のってくれた。
農民とサムライが、同じ心を持って
共に戦ったあの時を、コマチは忘れない。
コマチだけではなく、あの頃、彼等の背中を
見詰めていた神無村の子供達は。
神無村(かんなむら)に住む少女コマチが、
初めてその人を見た時の印象は「怖い」だった。
それが彼自身に対する評価なのか、それとも彼が
まとっている空気、姉のキララの言うところの
「戦場(いくさば)の匂い」に怖れを抱いたのかはわからない。
だが妙なことに、彼と対峙したカンベエにさえも、
コマチは恐怖を感じた。
いつも口達者な自分に、困った顔をして苦笑いを浮かべていた
カンベエが、資材置き場のさして広くない場所で、その紅い
戦闘服を着込んだ金色の、稲穂のような色の髪の男と
刀を突きつけ合っていた。
カンベエの厳しい表情に、彼もまた「戦場の匂い」をまとった本物の
サムライであることを、コマチは改めて思い知らされるのであった。
ふと隣を見ると、ゴロベエが悔しそうな顔をして、
二人の対決を見守っていた。
(あの紅いおサムライ様との喧嘩を、カンベエのおっさまに
盗られたのが悔しいんですかね、ゴロベエ様は)
とコマチは、ため息をついた。
まったく、サムライというものは喧嘩が好きだ。
紅い戦闘服のサムライを見つけたのは、ゴロベエの方が先だった。
彼がアヤマロの御殿を出た時から、つけて来たのだ。
「あのアヤマロの用心棒、今までの奴等とは違う」
紅い姿を追いながらゴロベエが洩らしたのを、コマチは聞いている。
(でもきっと、おっさまが勝つに決まっている)
コマチは二人の対決を見守った。
ここで、思わぬことが起きた。
カンベエが紅いサムライを、仲間に誘ったのだ。
これには、子供であるコマチも呆れた。
たぶん、あのサムライも。
躍起になって、カンベエを斬ろうとする。
カンベエはそれをするりとかわし、紅いサムライに
背中を向けて、決闘をお預けにしてしまった。
どうやら、神無村のためのようなのだが・・・。
コマチは少々、怒りを覚える。
(あのおサムライ様は、たぶん正々堂々と
おっさまと勝負をしに来ているですよ。
それなのにはぐらかすなんて、ひどいです)
カンベエの深い心など、コマチにはわからない。
だが、たとえカンベエが刀を鞘に収めようとも、
二人のサムライの間の緊張の糸は、ぴんと張り詰めたままだった。
そこへ、その場の空気をわかっていない男が一人、飛び込んで来た。
大きな刀を振りかざした、キクチヨである。
颯爽(さっそう)と斬り込んで行く彼を、コマチは
かっこいいと思ったが、紅いサムライに片手でなぎ払われてしまった。
彼の腕など、キクチヨの半分の太さもないであろうに。
(おっちゃまが、斬られてしまう!)
怖くて目をつぶってしまったので、コマチにはわからなかったが、
どうやらカンベエが、間に入って助けてくれたらしい。
恐る恐る目を開けると、紅いサムライが
背中の鞘に刀を収めたところだった。
コマチ達の横を通って、彼が帰って行く。
コマチの思った通り、彼はキララには手を出さず、カンベエとの
勝負がここではつけられないとわかると、あっさりと退いたのだった。
コマチは怖かったが、顔を上げて彼を観察した。
細身の体をぴったりと包んでいる紅い戦闘服は、
まるで血で染め上げたようだ。
風に戦闘服の裾が翻り、そこから見える足はしなやかである。
カンベエやキクチヨを襲った刀を握る手も、
その立ち回りも柔軟だった。
だが、草食獣ではなく、肉食獣を思い起こさせるのは、
彼の紅い瞳が鋭く前を見詰めていたからだろう。
今まで声を掛けたサムライの中に、
こんなにサムライ然とした男はいなかった。
村の大人達がよく囲炉裏端で噂をしていた、
昔からのサムライの姿を持った男だと、コマチは怯えた。
彼が通り過ぎると、コマチは姉のもとに走った。
キララには彼女を護るようにして、カツシロウが寄り添っていた。
彼等の足下には、紅いサムライになぎ払われてひっくり返った
キクチヨが座り込んで、ぼう然と彼を見送っていた。
コマチはキクチヨに、大丈夫かと声を掛ける。
彼はいつものように元気な声を張り上げたが、
心が動揺しているのは明らかだった。
「姉様(ねえさま)も、怪我はなかったですか?」
コマチが訊ねると、キララは黙ってうなずいた。
「あの紅いおサムライ様は、商人(アキンド)の手下ですよ」
「キュウゾウ・・・」
「え?」
キララのつぶやきが聞き取れなくて、コマチは訊き返した。
「あのおサムライ、『キュウゾウ』と名乗っていました」
姉が表情を強張らせて、その人の名を教えてくれた。
その後、カンベエの思惑(おもわく)通りに、キュウゾウは
神無村を野伏せりから護る七人のサムライの一人に加わった。
そして今、森へ薬草を摘みに来た
コマチとオカラの護衛についている。
いつもならキクチヨがその役目につくのだが、
彼は今日は朝からヘイハチの手伝いをしていた。
キュウゾウは毎日、男衆に弓の稽古をつけてやっていた。
おおよそ形ができてきたので、キララに護衛の件を頼まれると、
あとは男衆に任せて、少女達につき合ってくれた。
「俺から離れるな」
キュウゾウからの忠告は、そのひとつだけだった。
が、薬草探しに夢中になっている
二人の子供は、つい約束事を忘れてしまう。
けれども、気がつくと必ずキュウゾウは、
彼女達の傍に立っていた。
これが彼特有の「気遣い」なのかな、とコマチは漠然と考える。
キュウゾウが仲間に加わった時、巫女という立場上、いつも
人々には公平であろうとしてきた姉が珍しく、態度にも言葉にも
はっきりとキュウゾウを嫌悪していることを表した。
姉も人間なのだから、合わない人物がいても
仕方がないと諦めていた。
そんなぎごちない二人が、まあ一方的にキララが、
なのだが、荒れ地を渡り終えて来た時には、
姉はすっかりキュウゾウを信頼していた。
驚いて、同行していたシチロージにどんな手を使ったのか尋ねた。
「アタシじゃないでげすよ」
と、笑って返された。
あの時の魔法は、特別なことでも何でもなく、
キュウゾウのさりげない行いだったのかもしれない。
「コマチ、どうした?
手がお留守になってるぞ」
オカラに言われて、コマチははっと我に返った。
「オラ、もう少し奥の方へ行ってみるだ」
「オカラちゃん、あんまり遠くへ行っちゃ駄目ですよ」
「わかってるだーよ」
オカラは背中におぶった人形を揺らしながら、
木々の間に分け入って行く。
見送っていたコマチは、オカラの背中が見えなくなると、
急に心細くなり、彼女の名を呼んだ。
返事がない。
コマチがオカラの消えた方へ行こうと
立ち上がった時、紅いものが覆い被さってきた。
悲鳴を上げる暇もなく、押し倒されてしまう。
「静かに」
キュウゾウの声だった。
紅い戦闘服の彼に抱き込まれて、コマチは身動きがとれない。
顔だけ少しずらすと、耳障りな機械の音と共に
鋼筒(ヤカン)が二機、自分達の上を飛んで行くのが見えた。
「オカラちゃん、大丈夫かな」
コマチが囁くと、キュウゾウの目がすいと細くなる。
彼も、心配してくれていることがわかった。
その時、
「コマチ!こっちにたくさん、あるだよ!」
オカラの叫ぶ声が聞こえた。
キュウゾウが、コマチから体を離した。
キュウゾウの体の下から身を起こしたコマチが見たものは、こちらに
走って来るオカラと、彼女の方へ向かって行く二機の鋼筒だった。
「オカラちゃーん!だめーッ!」
コマチの叫び声にぎょっとなったオカラは、やっと、
上空を飛んで来る鋼筒に気づいたらしい。
くるりと踵を返すと、慌てて逃げ出した。
キュウゾウが、鋼筒の後方へと回り込んで行く。
「キュウゾウ様、お願い!」
オカラちゃんを、助けて!
コマチは目をつぶらずに、その光景をしっかりと見た。
キュウゾウが走りながら、背中の二振りの長刀を
上から下から抜くところを。
彼は柔らかな森の地面を蹴ると高く跳躍し、
二機のうちの後方にいた鋼筒を、上から真っ二つに斬り裂いた。
気づいたもう一機の鋼筒が振り向いたところを、刺し貫く。
地面に転がる、鋼筒。
中にいた野伏せりと称するサムライが
地面に放り出されて、たちまち血溜まりを作る。
彼等は、コマチとどこも変わりのない人間である。
人が斬られるところを、初めて見た。
今まで大人達が必死に、子供達には見せまいと隠してきたことだ。
もちろん、子供達は野伏せりがこの神無村へ
来て、村人達を斬ったことは知っている。
自分の身内に、その犠牲になっていない者はない。
冷たくなってしまった体に、触れたこともある。
しかし、今、コマチの目の前にあるそれは、温かな
血を流しながら、冷たくなりつつある人間である。
刀で断ち切られようとしている生に必死に
すがりつこうと、血溜まりの中でのたうっている。
コマチは、目を逸らすことができなかった。
すっと、その視界を遮る紅い影があった。
血が目の前いっぱいに広がったかに見えて、
コマチは思わずたじろいだ。
「見るな」
鋭いキュウゾウの声が、頭上から降って来る。
コマチの心は、瞬時に落ち着きを取り戻した。
「キュウゾウ様、オラも神無村の人間です。
おサムライ様達を雇った、農民の一人です。
見ておかなくちゃ、いけないんです」
キュウゾウがしゃがみこんで、
彼女の目の高さに自分の目線を合わせた。
「村を護るということは、こういうことなんですね。
野伏せりという人間を、こうやって殺すことなんですね」
キュウゾウは何も言わずに立ち上がり、
コマチの前から退(の)いた。
再び野伏せりの姿が、コマチの目に入って来た。
初めて、大人から肯定されたと思った。
「駄目」「いけない」という否定の言葉ばかりを、
大人達は子供達に投げかけていたから。
いつの間にか、オカラもコマチの傍に来ていた。
二人、静かに、死の世界へと引きずり込まれて行く
人間を見ていた。
オカラのいつもの毒舌も、鳴りを潜めていた。
彼女は、彼等に対する憎しみはないのだろうか。
コマチにはわからないが、オカラに訊こうとは思わなかった。
巫女の血を引くコマチは、いつしか彼等に祈りを捧げていた。
まだ幼い彼女が知っている祈りの言葉は数少なく、
しかも、死者を慰めるようなものではなかった。
しかし、それでも祈らずにはいられなかった。
憎しみとか恨みといったものは、感じなかった。
死ぬのは、農民もサムライも同じなんだと、
ただそんな風に思っただけだ。
「かたじけない」
野伏せりがこと切れて、コマチの祈りが
終わった時、キュウゾウが礼を言った。
「どうして、キュウゾウ様が礼を言うですか?」
コマチは、キュウゾウの顔を見上げた。
そこにはいつものように、何の表情もなかった。
心を隠してしまうのが、この人はうまい。
でも、言葉の端々に、ちゃんとこの人の心は
あるのだな、とコマチは思った。
だって、キュウゾウに礼を言われて、切なくなってしまったから。
手を伸ばして、キュウゾウの手を握る。
たった今、人を殺した彼のそれは冷たかった。
「帰るです、キュウゾウ様。
オラ達の村へ」
(終)
☆ あとがき
6666を踏んだ柿様のリクエストで、
「コマチとの絡み」のお話でした。
可愛らしいお話になるかと思ったのですが、
何か血だらけですみませんでした。
苦手な方、申し訳ありません。
柿様、素敵なリクエストをありがとうございました。
たぶん、柿様の気持ちを裏切ってしまったような
お話になってしまったのではないか、と思います。
ごめんなさい。
読んでくださった皆様にも、ごめんなさい。
そしてありがとうございます。
尚、この作品はリクエストをしてくださった柿様に限り
お持ち帰りどうぞ、です。


