通りゃんせ −土方先生と−

 近藤の手の中の警察学校からの書類には、顔写真つきで 市村テツ・ゴウの双子の兄弟と野村三郎の名前があった。 沖田は近藤の前で緊張している三人の少年達を、冷めた目で見ている。  警察機構が整備され、そこで従事する警察官を育成するための 学校が設立された時、真選組は既に機能していた。  だが、近藤はまだ十代である沖田に勉学を勧めた。  入学してみたものの、三日ほどで、もう来ないでくれと哀願された。  理由は・・・沖田自身、まあいろいろ思い当たることはある。  思い出すと、皮肉な笑みが浮かんでしまう。 「こちらも気を配るが、おまえ達も安全な所にいてくれよ」  突然耳に入った甘い言葉に、沖田は苦い表情で近藤を見る。 初めての実習生に、近藤の方も緊張しているのか。 「冗談じゃねェですぜィ。 こんなガキ共のお守りをしながらじゃ、仕事になりやせんぜ」 「おい、総悟」  近藤がたしなめようとすると、少年達が表情を引き締めて言った。 「沖田隊長のおっしゃる通りです」 「客ではないのですから」 「実習生とはいえ、警察官の一員です」  それから、三人共口をそろえて言った。 「今度こそ、土方先生と一緒に働きたいのです!」 「土方先生?」  沖田は復唱してから、ぷっと噴き出した。 「ああ」と近藤が、思い当たる。 「あの立てこもり事件の?」 「その節は、土方先生にご迷惑をおかけして、 申し訳ありませんでした」  三人の生徒が一斉に手をついて、額を畳にこすりつけた。 「おまえ達に怪我がなかったこと、トシは本当にほっとしてたぜ」  近藤の優しい言葉に、三人は顔を上げた。  それはちょうど、半年前の初夏のことだった。  市村兄弟と野村のクラスは、幹部候補生としての 教育を受けるエリートの集まりだった。 「今日の講義、真選組って、馬鹿にしてるよな」 「攘夷戦争後のごたごたに紛れて、警察官になったような連中だ」  自信が自然と彼らに、傲慢な態度をとらせていた。 「どうやって、歓迎するんだい?」  友人達に期待されて、市村兄弟と野村はにやりとする。  市村兄弟が、教室を出て行く。  それを合図に少年達はわらわらと、自分の席に着いた。  一同、教室の前方の扉を、固唾(かたず)を呑んで見守る。  がらりと、扉が開けられ、ぬっと大きな体が、扉をくぐる。  そこへ、チョークの粉をたっぷりと 含んだ黒板消しの爆弾が投下された。  男の目が光ったのを、少年達は確かに見た。  男は素晴らしいスピードと正確さで、黒板消しを打ち返した。  それはまずは、天井裏に潜んでいた市村兄弟を撃墜した。  残りの黒板消しは、生徒達の方へ飛んで来た。  教室中にチョークの粉がもうもうと 立ち込める中、逃げ惑う生徒達。  野村の所へも黒板消しが飛んで来たが、ノートで叩き落とした。  チョークの粉が収まると、扉の前で体の大きな いかつい顔をした男が、バドミントンのラケットを 握って立っているのを生徒達は見た。  この男は局長のゴリラか?それとも鬼の副長か。 「山崎さんといつもミントン、やっててよかった」  男は独りごちると、 「副長、どうぞ」  と、体をずらして道を空けた。  皆、えっ!?となって固まってしまう。 「やっぱり、仕掛けてやがったか、ちびっこ達が」  可笑しそうに入って来た男に、生徒達は更に目を見張った。 『鬼の副長』・・・しかし、目の前に立った男の容姿は、 鬼とはほど遠いものだった。  黒の隊服がすっきりと良く似合い、白のスカーフがまぶしい。  その格好では暑いだろうと思えるのだが、 教室を見渡した副長の顔は涼やかだ。  黒髪の間から覗く目は鋭かったが、 他人(ひと)を拒絶する冷たさはなかった。 「これで挨拶が終わったわけじゃ、ねェんだろ」  低く厳しい声だ。 「全員席について、級長は号令をかけろ」  生徒達は、慌てて席に着く。  野村が「起立。礼」と号令をかけた。 「ふーん、おまえが級長か。名は?」 「野村三郎です」 「で、黒板消しの勇気ある行動を起こしたのは?」  市村兄弟が、自首する。 「俺は真選組副長、土方十四郎だ、よろしく」  短く自己紹介すると、土方は胸ポケットから煙草を取り出した。 「副長、煙草は」  バドミントンのラケットを握りしめて 横に立つ隊士、松本に注意され、 「あん?ああ、そうか、ここは学校だったな」  くすりと、市村兄弟が目配せして笑った。  それは土方の耳にも届いたようで、 「どこかに、喫煙所があるのかな」  などと意味深長な言葉を吐いて、子供達をどきりとさせた。 「土方先生」と野村が手を上げて、立ち上がる。 「資料を、こちらで用意したんですが」  市村兄弟が立って行って、手にした プリントを一番前の席の生徒達に配る。  前の席から後ろの席へと、プリントが手渡っていく。  忍び笑いも一緒に、前から後ろへと移っていく。  テツが、土方にも資料を渡す。 「真選組がテロリストを逮捕するにあたっての、 建造物の破壊率を出してみました。 犯人を生存したまま逮捕した確率も・・・」  野村は資料を片手に、真選組の実態(?)を綿々と語っていく。 「この資料に、言い訳できますか?」 「ここで、俺が何を言っても、あんたは納得しないだろうね。 ま、真選組(おれたち)は、仕事で示していくしかないな」 「その仕事が」  と、野村が言いかけた時、爆発音が響いた。 「おいおい、理科室で、実験でもやっているのか?」  土方が苦笑しながらも、腰の刀に手をやった。 「理科室なんてないです、土方先生」  テツが冷静に、かつ、緊張して言った。    攘夷を唱えるテロリスト達が、一階の教室に押し入ったのだった。  彼らは、捕らえられている同志の釈放と 武器の調達、そして退路の確保を要求した。  窓際、廊下側に机や椅子でバリケードを 築き、更にその前に少年達を立たせた。  自分達は子供達の壁に護られて、彼らに銃や刀を突きつけた。 「こんな学校で、マニュアル通りにしか動けねェ 警官をいくら作ったって、怖かねェ」  犯人達が教科書をぱらぱらと見て、せせら笑う。 「そうさな、俺達が本当に恐れているのは、 型にはまらない・・・真選組みてェのだな」  幾人かの生徒が、反応を見せた。  問い詰めると、副長の土方がここに来ているという。  色めき立つ犯人達。 「土方は、刀を捨てて出て来ること。 真選組は、この件に介入するな」 という要求を、犯人達は追加する。 「土方さん」と、校長は校内放送で呼びかけた。   土方の受け持ったクラスの生徒達も、他のクラスの 子供達と一緒に、避難して来ていた。  しかし、野村と市村兄弟の姿はなかった。  校内に詳しい彼らを自分の手元に残したということは、 土方は何か打開策を考えているに違いない。  一縷(いちる)の望みを賭けて、校長は 犯人達の立てこもっている教室の番号を告げた。  その教室へ、人質の子供達のために 投降して欲しい、と誤魔化して。 土方は、市村兄弟と野村に教えてもらった天井裏に潜んでいた。 腰にあった刀は、背にくくりつけていた。 犯人達が立てこもっている教室の真上である。 三人の少年達は、土方と一緒に行きたいと願い出た。 「剣術には、自信があります」 「土方先生独りで斬り込むなんて、無茶です」  実技用の刀を握りしめながら熱くなっている 少年達に、土方は冷静に向き合う。 「人を斬ったことは?」 「ない」と少年達は、黙ってしまう。 「でも」と、尚も食い下がる野村。 「警察官は、犯人の逮捕が前提です」  そのぐらい、自分達にもできると言いたげだ。 「だが、向こうは必死だぜ。 俺達を殺すしか、逃げる道はないんだから」 「だから、犯人を殺すのは仕方のないことだと?」  いつもは黙っているゴウが、呆れたように言った。 「おまえ達のその正義感、現場ではどれだけ役に立つか、だな」  少年達がどんなに頑張っても土方は 彼らを拒み、避難するように命じた。  犯人達の気配を探りながら天井裏を慎重に進み、ここだと 思った箇所に、土方は背中から刀を抜いて突き入れた。  天井に刀のきらめきを見た犯人の 一人が、バズーカを撃ち込んできた。 「犬めが!」  それを、ぎりぎりのところでかわす。  学校の屋根が、吹っ飛んだ。 「毎日、無駄に総悟の攻撃を、受けてたわけじゃねェぜ」  天井が崩れて、土方は犯人の真上に落ちて行く。  落ちたところで、犯人を二人ほど踏みつける。 そいつらが手を伸ばした時には、 土方は彼らを蹴って斬り込んでいた。  同時に廊下側のバリケードが破られて、男が一人乱入して来た。 「土方!」 「銀時!」  乱入して来た坂田銀時は、次々と バリケードを破壊して生徒達を逃がす。 「こっちは、任せろ!」  隊士の松本に、銀時のところまで走ってもらった。  真選組が動けないのならば、自分とあ・うんの呼吸で 外から行動を起こせるのは彼しかいないと思ったからだ。  外側から窓が破られ、バリケードが崩されていく。  真選組だ!  犯人に気づかれないよう、木を頭に つけたり泥を塗って変装をしていたが。 「おまえら、やっぱり来てくれたか!」  人質の無事が確保されたことで、土方は 余裕を持って犯人と対峙できると思った。  ところが、土方と犯人達との間に、 どたどたと天井から三つの影が落ちて来た。  市村兄弟と野村だった。  わなわなと震える声で、刀を犯人達に向ける。 「大人しく、縛(ばく)に就け」  少年達には、テロリスト達が大きく見えた。  彼らが陰気に笑って刀を振りかざした時、殺されると思った。  真選組よりもスマートに、犯人を逮捕する自信があったのに。 その時、テロリスト達よりも大きな 背中が、少年達を護って前に立った。 「俺は今日は、先生だからな。  生徒を無事に親元へ返すのが、義務だ」  土方は犯人達との間を、詰め過ぎてしまった。  白刃が、土方を貫く。  それに逆上した野村が、わめきながら刀を振り回す。  その柄を握って、土方が止めた。 「警察官は、何があっても冷静に対処しろ」  土方は自分の刀と野村の刀を手に、犯人達に向き直る。 「たとえ、目の前で仲間が殺されても、だ」  土方が二刀流で、犯人達を斬り伏せていく。  動けない少年達の横を、銀色の光が通り過ぎた。  その銀色の髪の侍が、土方を助けて木刀で犯人達を倒していく。  全てのテロリスト達が、床にはいつくばった。    呻き声を上げているところを見ると、全員生きているようだ。  少年達の正義感をも護ろうとしたのか、 土方は自分でもわからなかった。 「だけどよ、やっぱ・・・子供の前で殺しはまずい・・・よな」 安心したように崩れていく土方を、銀時が支える。 「十四郎、しっかりしろ」  銀時は彼を、膝の裏側に手を添えてひょいと抱き上げた。  壊れたバリケードから、外へ出る。  少年達はぼう然として、後も追えなかった。 その後、市村兄弟と野村は、自分達があの場所に取り残されたまま になっている、そんな気持ちをずっと抱いて生きてきた。 また、野村は真選組のことを調べ直した。 人質やテロリストが絡んだ事件で、真選組が 解決できなかったものは皆無であった。 たとえ建造物を破壊しても、市民の命は護られていた。 殉職した者も・・・いる。 無知だったことが、土方に酷い言葉を投げかけた理由になるだろうか。 実習に真選組を選んだことに、両親は 反対したが少年達の心は変わらなかった。 さっそく彼らは真選組の隊服を身につけ、 沖田に誘われて市中見廻りに出た。  初めて入ったかぶき町に緊張していると、沖田が一方を指差した。 「ああ、ほらほら、やっぱりここにいた」  六つの目が見る。  職務質問中であろうか、白髪の天然パーマの男と話をしている。  お手伝いしなくては、と三人は駆け出した。  不審者に向き合っているにしては、土方の表情が柔らかだ。  そういえば、と少年達はその不審者に見覚えがあった。  だが、今は・・・。 「土方先生!」  三人が同時に叫ぶ。  気がついて、土方がこちらを見る。  先生は僕達を、覚えているだろうか。  あの日のことを、怒ってはいないだろうか。  土方が微笑んだ。 「よォ、おまえら、よく来たな」  少年達は嬉しくなって、足を速めた。  心の中で、土方にかける最初の言葉を探していた。 (終)