たゆたふ − Luna様リクエスト −
野伏せり達によって荒らされた地面に仰向けになったまま、 ヒョーゴは、紅蜘蛛(べにぐも)型の機械のサムライである タノモの肩に乗って 空へと向かう、キュウゾウの姿を見送っていた。 ヒョーゴの体を、幾発もの銃弾が貫いていた。 ウキョウにくっつけられた機械の右腕も、 こうなっては重いだけで、ぴくりとも動かなかった。 キュウゾウを追う目も、霞んできた。 「これは・・・デジャヴュ?」 ヒョーゴは暗闇に閉ざされる前に、気がついた。 そう、こんなことが以前にもあった、確かに。 まだあれは、大戦の最中(さなか)で・・・。 あの時、地上から見送ったのはキュウゾウの方だった。 「俺は斬艦刀(ざんかんとう)に乗って、援軍の要請に走ったのだ」 簡単な任務のはずだった。 まだ戦場になっていない地で作業をする、工兵隊の護衛。 それが敵の待ち伏せに遭い、味方はほぼ全滅した。 工兵隊で生き残ったのは、キュウゾウがその体の下に かばった橙(だいだい)色の髪をした男、唯一人であった。 彼の髪までもが銃火によって焦げていたというのに、 お守りだろうか、背中の刀にぶら下がっている てるてる坊主が染みひとつつけずに真っ白い ままだったのが、妙に印象に残っている。 ヒョーゴが、その男の顔に水筒の水をかけてやると、 がばっと起き上がり、 「裏切ったな!」 と叫んだ。 「おぬし、裏切ったのが誰なのか、知っているのか」 工兵は訊いてくるヒョーゴをぼんやりと見て、 再び気を失ってしまった。 その男から聞き出さなくても、裏切り者の名はすぐに知れた。 軍上層部の指揮官・・・。 上からも下からも、信頼されていた男だった。 彼はこの事件の後すぐに、姿を消した。 そんな時、敵側に潜っていた間者(かんじゃ)から連絡が入る。 「裏切り者が敵のお偉いさんに、熱烈歓迎されている」と。 上層部のこの失態の影響は、長く尾を引いた。 キュウゾウが助けた工兵も、ベッドから起き上がれない 状態のまま尋問されたが、彼がその指揮官と 結託していたという事実は出てこなかったらしい。 数ヵ月後、ヒョーゴとキュウゾウは、軍の上層部の 人間の一人である男の私室に招き入れられた。 「今日は、うまくコーヒーが淹れられたのだよ」 そう言いながら、コーヒーと菓子を勧める男の口調とは裏腹に、 部屋の中の空気は、ぴんと張り詰めていた。 訝(いぶか)る二人の前に、彼は数枚の写真を置いた。 そこに写っているのは、裏切り者のあの指揮官であった。 「亀のように、しっかりと首を引っ込めていたがな、 色事の方は、我慢できなくなったらしい」 「最近の写真ですか?」 ヒョーゴが、写真の一枚を拾い上げた。 「そうだ。 ある街の癒しの里で、撮ったものだ」 キュウゾウも、写真に手を伸ばした。 「彼は、私の古い友人でね」 ヒョーゴもキュウゾウも、写真から目の前の男へと視線を移した。 「この写真を撮った機関の責任者が、 私に『どうするのか』と訊いてきた」 二人は、黙って聞いている。 「それは、軍の私達二人に対する恩情だと思っている。 だから私も、奴の始末はあの戦闘での生き残りである君達に頼みたい」 「我等の屈辱を晴らす機会を与えてもらい、かたじけなく思います」 ヒョーゴは頭を下げた。 「この男、癒しの里には女を目当てに行っているのではない」 淡々と話す男の目にちらりと浮かんだ色を、 ヒョーゴは見逃さなかった。 「我等を選んだのは、そういうことも含まれているわけですね?」 「察しがいいな」 と返した男の言葉が、少し震えた。 「で、私とキュウゾウ、どちらが彼の好みに合うと?」 男はそっと人差し指を持ち上げて、ヒョーゴを指した。 「承知しました」 努めて事務的な言葉を発した、ヒョーゴ。 ほっとしたのか、男はヒョーゴを指差した その手で、顔にかかる髪を梳いた。 彼の髪も黒色で、さらりとしていた。 はっとしたヒョーゴは、自分の黒い長髪に手をやる。 (もしも、二人がただの友人ではなく 特別な関係だったとしたら・・・、 恩情などではなく、趣味の悪い見世物だな) それに加担させられるこちらも、いい気はしない。 「おぬし、男をたらしこむなんて、できるか?」 ヒョーゴは、キュウゾウが運んで来た果物の盛られた皿から、 赤い果実をつまむと、薄く口を開けてかじりついた。 くすっと、いつもは仏頂面のキュウゾウが笑みをこぼした。 「他人事(ひとごと)だと思って・・・」 と、ヒョーゴはベッドの上でため息をついた。 足を投げ出して、しどけない格好である。 薄い絹のぞろぞろした着物が、白粉を薄く刷いた身体を包んでいる。 上等なシャンプーで、彼の戦火で荒れていた黒髪は すっかり、さらさらとした艶のあるものに変わっていた。 自分から匂い立つきつい、花を模した香りに、 ヒョーゴはむせ返ってしまう。 この館全体を、甘ったるい匂いが覆っていた。 キュウゾウは、大きな柔らかなベッドの傍の 小さなテーブルの上に果物の皿を置く。 それをぼんやりと見詰める、ヒョーゴ。 果物のつやつやした表面が、和紙を 通した灯りに照らされて、淫靡な感じだ。 「少年達は何を考えて、ここで男(おとな)を 待っているんだろうな?」 昼も夜も窓を閉め切り、厚いカーテンに閉ざされた娼館の、 小さな部屋で、少年達は男達が通って来るのを待っている。 少年達のほとんどが、貧しい家から売られてきたらしい。 ヒョーゴも、そういうことになっている。 キュウゾウは別のルートで、用心棒兼雑用係として館に潜り込んだ。 用心棒といえども、館の主人から支給されている服は、 身体の線がはっきりとわかるような代物であった。 そしてそれは、キュウゾウによく似合っているとヒョーゴは思う。 金色の髪は、館の中の人工的な光の中にあってもよく映えていたし、 紅い瞳は、その奥にある劣情を覗きたくなる欲望をかきたてられる。 「やはり、こちらの役はおぬしの方がよかったんじゃないか。 年齢的にも・・・その・・・見た目も、な」 いくら磨いても、自分が美しくなったとは思えない。 少年と呼ぶには、もうギリギリの年にもなっているし。 自信のないヒョーゴの顔は、自然と下を向いてしまう。 「綺麗だよ」 囁かれた言葉に、「えっ?」と顔を上げると、 部屋を出て行くキュウゾウの後ろ姿があった。 励まされてもなあ、と複雑な気持ちだ。 と、隣の部屋から物がひっくり返る大きな音がした。 続いて、荒々しい男の怒声が響く。 争い事があると、ついつい体が反応してしまう。 ヒョーゴはベッドから飛び降りて、扉にぴたりと張りついた。 扉を少しだけ開ける。 隣の部屋の扉が乱暴に開けられて、蝶番(ちょうつがい) ひとつだけで惨めにぶらんとぶら下がった。 更に蹴飛ばされて、哀れな扉が吹っ飛んだ。 蹴飛ばした張本人であろう、一人のサムライが現れた。 着物を脱ぎ捨てて裸になった体は肉付きが良く、 褌(ふんどし)が回しに見えて、まるで相撲取りのようだ。 脇に抱えていた少年を、乱暴に床へと投げ出す。 少年はうずくまったまま、動けない。 「おい!主人はいるか。 主人を出せ!」 男が真っ赤になって怒鳴ると、男衆が駆けつけて来た。 「お客様、ここで騒がれては困ります」 「お話なら、奥で伺いましょう」 二人の男衆が、男の左右について腕を取ろうとする。 「無礼であろう!」 男は腕を振って、男衆を突き飛ばしてしまった。 思わずヒョーゴが出ようとすると、その前に誰かが立った。 「?」と見ると、キュウゾウだった。 「おい、あんまり目立ったことはするなよ」 と、ヒョーゴはキュウゾウに小声で忠告する。 「承知」 確かにそう言ったのに、キュウゾウは勢いをつけるため派手に 回転しながらターゲットに近づき蹴りを入れる。 その一連の動きは流れるように、美しい。 癒しの里では、刃物はご法度。 それは用心棒にも、当てはめられる。 キュウゾウの蹴りは、男が突き出した 両の手によって、止められてしまった。 すかさずキュウゾウの床に残っている足が、床を蹴り男の首を狙う。 それを素手で掴む男。 男はぶんぶんと、キュウゾウの足を持って回転する。 そして、手を離して投げ飛ばした。 キュウゾウは体をひねって天井を蹴ると、男に真っ直ぐ向かって行く。 その手に、いつの間にか二本の短い棒が 握られているのに、ヒョーゴは気がついた。 「トンファー・・・か?」 元々、二刀を自在に操るキュウゾウである。 相撲取りのようなサムライは、キュウゾウの最初の 一撃を食らった時から、すっかり翻弄されてしまう。 「ほお、なかなかやるねー」 低い落ち着いた声に、ヒョーゴが見ると、あの裏切り者の 指揮官が館の主人と一緒にこちらに歩いて来る。 ヒョーゴは素早く体を滑らせて、部屋を出た。 慎重に指揮官に近づくと、彼の腕に自分の腕を絡ませた。 指揮官がこちらを見る。 「怖い・・・」 彼を見上げて、ヒョーゴはか細い声で訴えた。 その己の媚びた物言いに、気味の悪さを感じて、自然に体が震えた。 指揮官はヒョーゴを慰めるように、絡ませてきた手を優しく握った。 (かかった!) ヒョーゴは、ほくそ笑んだ。 人間のものとは思えない声が響き、もの凄い音がした。 キュウゾウがサムライを蹴り飛ばし、彼が壁にめりこんだ音だった。 「あの子、いいだろ?」 指揮官が、主人に囁いた。 「まだ蕾(つぼみ)ですよ。 咲く前に、散らさないでくださいネ」 主人は男であるが、鼻にかかったような 甘えた声で指揮官にお願いしている。 事の成り行きに唖然としているヒョーゴから、腕を するりと抜いて、指揮官はキュウゾウに近づいて行く。 「おぬし、強いな」 後ろから言葉をかけられて、キュウゾウが振り向いた。 ターゲットを確認したはずだが、顔色も変えない。 指揮官は、キュウゾウに体を寄せると、 「サムライか? 何故、空へ行かぬ?」 と訊いて来た。 「後ろ盾がない」 「私が、なってやろうか」 指揮官は、キュウゾウの手を取った。 「今宵から・・・」 キュウゾウが手を振りほどこうとしないのを、 肯定と取ったらしい、指揮官は彼を引っ張って行く。 ヒョーゴの傍まで来ると、 「おぬしの部屋を、借りるぞ」 と言って、キュウゾウを連れ込んでしまった。 「そのうち仕込もうって思っていたのに、 もう目をつけられちゃったわ」 主人が、ため息混じりにこぼす。 部屋を盗られて、手持ち無沙汰のヒョーゴに気がつくと、 「仕方ないから、おまえは下へ行って客を引いておいで」 と素っ気なく言った。 ヒョーゴは階段を下りるふりをして、天井裏へと忍び込む。 自分の部屋の上へと急ぐ。 そこには、こちらに先に潜入し手筈を整えてくれた 組織の者が用意した、荷があった。 ヒョーゴはその中から、短刀を掴んだ。 天井板を少しずらすと、大きなベッドに横たわった キュウゾウにへばりついている、指揮官の裸の背中が見えた。 不味いことにキュウゾウは、自身の着ていた上着で、 手をベッドに縛りつけられている。 「おぬしのように、鼻っ柱が強い子を 抱くのも、緊張感があっていいものだな」 そう言いながら指揮官が、首筋に舌を這わせてくるのを、 嫌そうに頭をよじって逃げようとするキュウゾウ。 その目が、ヒョーゴを認めた。 キュウゾウは「いやいや」と頭を振りながら、 目でサイドテーブルを指し示す。 そこには果物の皿の代わりに、拳銃が載っていた。 「あっ・・・ああ・・・」 キュウゾウが熱い吐息を漏らしながら、 サイドテーブルとは反対の方向へ体をよじる。 それを追う、指揮官。 キュウゾウは興醒めしない程度に抵抗を しながら、指揮官を受け入れていく。 (なんだ、あいつ、駆け引きがうまいじゃないか) ヒョーゴは、どきどきしながら情事を見守っていた。 指揮官の手が、キュウゾウの下半身に伸びる。 足を徐々に開いて、男を招き入れるキュウゾウ。 彼の足に、自分の足を絡ませる。 更に、興奮してくる雄をなだめるように、 首を伸ばして口を優しく吸ってやる。 ヒョーゴは短刀をくわえると、天井から身を躍らせた。 キュウゾウの足がきつく指揮官の下半身に 絡みついて、ぼきっぼきっと嫌な音をたてた。 同時にキュウゾウは、指揮官の口から 悲鳴が漏れないように強く吸った。 ベッドの脇に、ヒョーゴが音もたてずに舞い降りる。 乱れた長い黒髪を、さっと手でかき揚げる。 指揮官の手が、じたばたと暴れている。 その手をくいっと背中でよじる、ヒョーゴ。 髪の毛を掴んでキュウゾウから引き剥がすと、 ベッドに顔を押しつける。 無表情のまま枕を指揮官の頭に被せ、短刀を突き刺した。 枕の中いっぱいに満たされていた羽根が、 小さな隙間を見つけて飛び出した。 真っ白な羽根が、舞う。 ヒョーゴは、キュウゾウを見た。 キュウゾウもヒョーゴを見上げる。 縛(いまし)めを解くこともせず、 ヒョーゴはキュウゾウの唇に、自分の唇を重ねた。 指揮官の悲鳴を呑み込んだ、その共犯者の冷たい唇に。 唇を離すと、彼は口づける前と同じ目で、ヒョーゴを見ていた。 「俺も、こんな所にいて、どうにかなっちまったかな」 キュウゾウがとがめないので、却って言い訳をしてしまう。 天井裏の荷物から着替えを出して、二人は旅の 商人(アキンド)の姿になると、癒しの里を後にした。 館の主人も目撃していたのだから、あの部屋は 朝まで扉が叩かれることはあるまい。 月もない夜だった。 ヒョーゴはふと見上げた空に、小さな星が流れるのを見た。 指揮官の命が、流れたのか。 それとも、彼の裏切りのために散らされた、たくさんの命の輝きか。 「キュウゾウ、おぬしにだったら、殺されてもいいぞ」 先に立って歩いて行く友の背中に、冗談ぽく言った。 「まさか」 と、キュウゾウが振り返りもせずに答える。 「殺されても、死なぬ、おぬしは。 しぶといからな」 「・・・褒め言葉としておこう」 冷たい地面に、ぼろぼろになって倒れているヒョーゴは、 あの夜と同じように、キュウゾウの背中を見ている。 タノモの肩の上の、小さな刺客を。 「しぶといのは、おぬしも同じであろう」 もう声に出して言うことは叶わなかったが、 ヒョーゴは笑って闇の中に落ちて行った。 (終) ☆あとがき 7777を踏んだLuna様のリクエスト 「ヒョーゴとキュウゾウで大戦時もので。しっとり物希望」 にお応えした作品でした。 設定は、小説を参考にしております。 「あれ?どこがしっとりなの?」 という疑問を持たれたと思いますが、 素直に「ごめんなさい」です。 痛いところです。 「しっとり」どころか二人して「必殺!仕○人」してるし・・・。 もう、本当に謝るしかないです。 こんな作品でもよろしかったら、Luna様、もらってやってくださいませ。 皆様も、最後まで読んでくださってありがとうございました。 尚、リクエストしてくださったLuna様に限り、 お持ち帰り、どうぞ、です。 文章だけのお持ち帰りとなりますが、お好きなようにどうぞ。 以上で、キリリク作品は全てUP致しました。 リクエストをしてくださった方々、 辛抱強く読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。 たくさんの励ましのお言葉をいただいて、嬉しく思います。 支えていただいていることを、ひしひしと感じました。 これからも、よろしくお願い致します。 次回のキリリクは、9999を踏んだ方と、 10000を踏んだ方になります。 皆様のお陰で、ここまで来ました。 本当に、ありがとうございました。