冷たい心臓 (旅立ち編)

 天人が二人がかりで、村人が持っていた鎖を 十四郎の手と足にきっちりと巻きつけていく。  十四郎は抵抗したが、さんざんに殴られた。 「真選組のあの、ゴリラ、近藤だっけ? 僕達の後ろに天導衆がいるって匂わせたら、 ふたつ返事で君を捕まえるのに協力すると言ったよ」 「それで・・・いいんだ」  苦しい息の下から、十四郎が言う。 「真選組は、俺・・・なんかのために、揺らいじゃ駄目なんだ」  二人の天人は、ひゃっひゃっと笑った。 「村人も真選組も、君を裏切ったんだよ、わかる?」  顔に傷のある天人は、不気味なほど押し黙って、 仲間が十四郎をなぶるのを見ていた。  夜の闇が、部屋の中をぼかし始めている。  出会ってから今日まで、銀時が必死に温めてくれた 心臓は、白い手によって握り潰されていく。  銀時との優しい思い出をも、彼らの冷たい手に引きちぎられていく。 十四郎の瞳から、涙がひとしずく流れた。 この世界に、銀時と二人っきりだったら、よかったのに・・・。  顔に傷のある天人は、近くにあった燭台に火を 灯(とも)すと、それを持って立ち上がった。  すっと部屋の隅をそれで照らすと、 「やめろっ!?」  と、十四郎に叩き落とされて火が消えてしまう。  再び、暗闇に沈んだ部屋の中−。  だが、そのわずかな時間に照らしだされた十四郎の姿は、 何もつけていないむきだしの肌に真っ赤な血を浴びていた。  心臓が凍えてしょうがない。  震えが止まらない。  無理矢理の行為と急激な変身のせいで、身体がぎすぎすと痛かった。  天人は灯りをあきらめて、十四郎が うずくまっている部屋の隅に向かって話し始めた。 「気にすることはないさ。 その二人はね、このために連れてきたんだから」 「どういう?」 「だって、もう一度見たかったんだもの、君が変身するところ。 闇の中から美しい獣が生まれて、人を食らい、 再び闇の中へ帰っていく・・・神秘的だ」 「そんな・・・ことのために・・・」 どうして人は、こんなにも簡単に他人(ひと)を 傷つけることができるんだろう。 「飼い慣らす」という言葉を、天人は再び口にする。  その時、この男の目に十四郎の姿はどう映っただろうか。 「俺は犬にはなれない! 誇り高いオオカミの血を、受け継ぐものだから」  十四郎の目の前に、鮮血が散った。  あの顔に傷のある天人の傷は、軽症だったらしい。  テレビから流れるニュースが、先程伝えていた。  十四郎は路地裏の、更に、家の壁と 壁の間に体を押し込んで息を潜めていた。  途中、外に干しっ放しになっていた着物を失敬して、手を通した。  それは夜気(やき)を吸い込んで、湿っぽかった。  小さく丸めた体の前で、両手でしっかりと刀を握りしめている。  刀だけは持ってきた。  人間と戦うならば、彼らの牙で。  強い心は刀にすがり、もうひとつの心は しきりに銀時の名を呼んでいた。  もう、会ってはならない人だった。  家々から洩れてくるニュースが、切迫した空気を生み出している。 「かぶき町近くの旅籠にて市民と天人を殺害したと思われる 容疑者、真選組副長土方十四郎はまだ捕まっておりません。  尚、彼には十数年前に起きた、山あいでの 大量虐殺事件の疑いもかけられています。 武器を所持しており、非常に危険です。 戸締りをしっかりとして、外に出ないようにしてください」 上空を、ヘリコプターがライトをつけて捜索している。  それら全てが、自分のそばを通り 過ぎていくだけの出来事に思えてしまう。  村と同じだな、と十四郎は思う。  村長の家の座敷牢の中で、花の匂いや 落ち葉が重なる音だけで四季を感じていた。  貧しい村だった。  住んでいる人々の心も、豊かではなかった。  村は滅び、自分も今、都会から間引かれようとしている。  忌まわしい伝説も、もう終わる・・・。 「土方さん」  幼く、戸惑った様子の声が自分を呼んだ。  顔を上げると、沖田が心配そうに覗きこんでいた。 「総悟・・・おまえが見つけてくれたか」 「なんて・・・痛々しい」  沖田は手を伸ばして、十四郎の口の端についた血を拭った。  顔や身体には、殴られた痕跡が紫色になって浮かんでいたし、 手足の皮膚は鎖の重さに耐えられず、破れて血を流していた。 「犯人を逮捕するのに妥協は許さない、 と教えてくれたのはあんただから」  沖田がすらりと刀を抜く。 「立ってくだせィ」  十四郎は脇に刀を置くと、立ち上がった。  じゃらりと、鎖が不快な音をたてた。  真選組が迎えに来たのなら、もう刀は必要なかった。  山崎が走り寄って来て、自分の隊服を 脱いで十四郎の肩に羽織らせようとする。  彼の姿が寒そうに見えたのか、 それとも何か彼にしてやりたかったのか。  十四郎は、それを手で押しとどめる。 「俺には、これを着る資格はないんだ。 騙していて、すまなかった」  山崎は何も言えなくて、ただ、激しく首を左右に振った。 「近藤さんも、来てますぜ」  沖田が、路地の向こうの通りを指差した。  路地の出口は、人工の強い照明で真昼のような明るさだった。  真選組の隊士達が刀を抜いて、構えている。  沖田に引っ立てられる形で十四郎が姿を 現すと、明らかに彼らに動揺が走った。  マスコミや野次馬も来ていたが、近藤の後ろから 現れたのは、あの顔に傷のある天人だった。  狩猟用の銃を、十四郎に向けた。 「その子は、こちらに引き渡してもらいますよ」  十四郎は、近藤を見る。  近藤は、ふいと視線を外してしまう。 「世話になった。ありがとう」  短く礼を言うと、十四郎は天人の方へ歩いて行く。  それをじれったそうに、天人は十四郎の腕にかかった鎖を引いた。  足の鎖が引っかかって、倒れてしまう。 「逃げるなんて、ひどいね」  天人は十四郎の額の真ん中に、銃口をつきつける。 「僕がハンターだってこと、忘れてたんじゃないの?」  天人は銃口を、額から首筋へと滑らせていく。 「近藤(ゴリラ)!見せてやるよ、 あんたが飼っていたのは、犬じゃなかったって。 まったく、とんでもない獣(けだもの)さ」  着物の衿を広げ、胸に銃口を滑り込ませた。 「ほら、まだ、体がうずくんだろ。 さっき、抱かれたばかりだもんな」  十四郎が、低くうなり声を上げる。  近藤が、はっとする。  あの大捕り物の日に聞いた獣の声を、思い出したのかもしれない。  近藤の目の前であの姿をさらすのか と思うと、十四郎は切なかった。 「局長!」と、隊士達が近藤を囲んだ。 「こんなの、おかしいですよ」 「副長をあんな目に遭わせて、あんた、平気なのか?」 「近藤さんを、責めちゃいけない」と言おうと したが、もう十四郎は言葉を失っていた。  天人がせせら笑う。 「ほーら、もう人間の姿を保てない」  と、その時、天人が吹っ飛ばされて十四郎の上からいなくなった。 「この変態!十四郎に、何すんだよ」  銀色の影が、木刀を手に下げて立っているのが見えた。 「銀・・・時・・・?」  野次馬達から、悲鳴が上がった。  十四郎が着ていた着物の上に、真っ黒い 毛並みの美しいオオカミが立っていた。  凶暴な感じはなく、ただ静かに立って、 銀時や真選組を哀しい目で見ている。 「人間がオオカミになった」と、人々がわめいている。  野次馬達からオオカミをかばうように、銀時が腕を広げて立つ。 「おまえら、見るなっ!」 「それ、土方さんなんですかィ?」  沖田が訊いてくるのに、答えもせず、 銀時はオオカミの方へ振り向く。 「十四郎、また、ひどいことをされたんだね、かわいそうに」  柔らかくオオカミを抱き込む。 「ごめん、そばにいてやれなくて。 坂本のヤツが、なかなか捕まらなくて、さ」  オオカミは身をよじって、銀時から逃げようとする。 「十四郎、おまえは汚(けが)れてなんか、いない。 俺の方が、ずっとずるい男なんだ」  オオカミが、動きを止める。 「おまえにばかり語らせて、俺は自分の罪を隠していた。 俺だって、この手は・・・」  銀時が、手の平を広げて見詰める。  その手を慰めるようになめてやる、オオカミ。  銀時は、黒いつやつやしたオオカミの 毛皮に鼻や頬をこすりつける。  オオカミの方も、甘えるように銀時に顔をすりつける。  人々は、闇の中から光が生まれたように錯覚した。  気がつくと、黒いオオカミに寄り添って、 銀色の輝くような毛並みのオオカミが立っていた。 「だ、旦那も・・・?」  戸惑ったような声が、真選組から洩れる。  天人は銀時に木刀で殴られた箇所を さすりながら、暗い笑顔を浮かべる。 「二匹とも、僕のものだ」  突っ立ったまま、二匹のオオカミを 睨みつけている近藤の隊服を掴んで揺さぶる。 「おい、何とかしろ!」 「トシ」  近藤が遠慮がちに自分を呼んだのに、黒いオオカミは彼を見た。 「俺の言葉、わかるか?」  銀色のオオカミが止めようとするが、 黒いオオカミは近藤の方へ進み出た。  近藤は膝をつき、目の高さをオオカミに合わせた。 「トシ、俺にもな、おまえに秘密に していた想いが、ここにあるんだ」  近藤は、とんとんと自分の胸を叩いた。  オオカミの目は、次の瞬間、近藤が自身の刀を 抜いて、自分の体に突き刺すのを見ていた。  まるで、スローモーションのようだった。 「近藤さん」  十四郎の姿は、人間の形をとった。  再び、人の言葉を紡ぎ始める。 「俺の心臓はここだよ」  震える指が、裸の人間の自分の胸を指差す。 「冷たく凍っちまって、もう感覚もないけど」  銀色のオオカミが近藤に飛びかかろうとするのを、 十四郎がしなやかな腕を首に巻きつけて止めた。 「いいんだ、銀時・・・これで」 「どのみち、トシは処刑される。 だったら、俺の手で」 「そんなの、てめェのエゴじゃねェか」  人間の姿に戻った銀時が、近藤を睨みつける。 「てめェの秘めたる想いってェのは、殺してでも 十四郎を、自分のものだけにしたいっていうヤツかよ」 「・・・違う」  近藤は震える手で、十四郎の体から刀を抜く。 「俺達を見逃がしてくれ」  銀時は、近藤を見詰めたまま言った。 「銀時・・・逃げて」  銀時の腕の中に倒れながら、十四郎が言う。 「駄目だ。逃げるなら、一緒だ」 「おまえを巻き込みたくない」 「たとえ誰かに踏みにじられたって、おまえは俺を 照らしてくれる決して消えることのない光なんだ」 「それは・・・光は銀時の方だ」 「そっか・・・俺が光か・・・」  嬉しそうに銀時は、十四郎を抱きしめた。 「広い世の中で、やっと巡り合えた家族なんだ、俺達は。 二人でいたら、夜の闇さえも輝いていた。 だけど、そんなちっさな幸せさえも、十四郎は怖がっていたんだ。 いつか手放す時がくるんじゃないか、と」  近藤は、銀時の腕の中の十四郎へと手を伸ばす。  しかし、触れられない。 「頼む。 小さな幸せを、こいつに信じさせてやってくれ」  一生懸命、銀時が訴える。 「何をごちゃごちゃ、話しているんだ?」  天人が、苛々しながら叫ぶ。 「おまえが一番、うるっさいんだよっ!」  振り返りざまに、近藤は天人を張り倒していた。 「行け!万事屋。 トシを、頼む」  近藤が、低く鋭く言った。 「俺を逃がしたら、真選組が」  十四郎が心配するのに、 「大丈夫だ、トシ。 今までだって、乗り越えてきたんだ。 それに、あの天人、叩けば埃がでそうだぜ」 と、近藤は笑ってみせた。  銀時の裸の背中にふわりと、彼の着物がかけられる。  沖田だった。  急いで十四郎を背中に背負うと、 山崎が自分の隊服を十四郎にかけた。 「やっぱり、副長は真選組ですよ」 「山崎・・・」  今度は隊服をはねのけずに、十四郎は 胸のところでしっかりと握りしめた。 「あ〜、たいへんだ〜、容疑者が逃げるぅ〜」  空気が抜けたようにフ抜けた言い方で、沖田が叫ぶ。 それを合図に、真選組の隊士達は刀を振り回しながら 「どこへ行った?」などとわめき散らし、 どたどたと無駄にあたりを走り回った。  マスコミや野次馬は、すっかり混乱させられてしまう。  その隙を縫って、十四郎を背負った銀時が逃げ出した。  すると、彼に走り寄って来るふたつの影があった。  新八と神楽である。 「銀さん、坂本さんが場所を指定してきました」  とりあえず、新八が用意してきたさらしを十四郎の傷口に 巻いたが、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。 銀時は、隠しておいたスクーターにまたがった。 十四郎が後ろに乗って、銀時の背中にもたれかかる。 冷たくなった心臓が、温かさを取り戻していく。 「お別れですね」  新八の声が、潤んでいる。 「私がこの星と巡り合ったように、きっと 銀ちゃん達を受け入れてくれる星もあるネ」  そう言う神楽の目にも、涙がたまっていく。 「そうだといいな。 この星は、ちーっとばかし、俺達には厳し過ぎた」 「ごめん、銀時」  十四郎には、たまらなかった。  自分のせいで、銀時は大切な仲間と別れなくてはならない。  そんな十四郎の気持ちをくみとったのか、銀時は 「なあに、いつか、また逢えるさ。 神楽は夜兎族(やとぞく)なんだから、 いつか、でかい宇宙に飛び出すだろう。 新八は、まあ、密航して見つからなかったら、逢えるんじゃねェ?」  と、明るく言った。 「何か、僕、かわいそうなんですけど」 「じゃあな」  銀時は、スクーターを発進させる。  後ろは振り向かない。  バイバイと、手を軽く振った。  その手を、自分の腰にまわっている十四郎の手の上に置く。  応えるように、十四郎は銀時の背中に頬をすりつけた。 「ごめんな、俺は逃げることでしか、おまえを護れなかった」  ぽつりと銀時が謝る。 「でも、負けたわけじゃない」  十四郎は、強く言った。 「俺は、小さな牢獄で生まれて育った。 それが、あんな」  と、空を見上げる十四郎。  黒い空に、無数の銀色の星がまたたいている。 「でっかい宇宙に飛び出すんだ。 すげえよ」 「そうだな。 しばらくは坂本の所に厄介になっていて、 落ち着いたら万事屋をやるか?」  銀時の背中の上で、こくりとうなずく十四郎。  もうすぐ、船が見えて来るはずだと、銀時が言った。  俺達の時間を合わせて、今日から一緒に生きていく。 「それでいいよな、銀時」  きっと今、銀時は笑ってくれている。 (終) ※あとがき  長い作品を最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。 もう少しかっこいいシーンを入れたかったのですが、 うまくいきませんでしたね。 すみませんでした。  SKIP