双頭(そうとう) −ユキ様リクエスト−

 若いサムライは素早く左右の手にある刀を 交差させると、そのまま壁に突き刺した。  刺客は壁にはりつけられてしまった。 首の前で、刀が交差し壁に突き刺さっている。 彼の首の左右に、うっすらと血が滲んだ。 「助けてくれたことは、礼を言おう。 しかし、これはどういうことか?」  サムライは刺客に向かって問う。 「無礼をお許しください」  そう言いながら男が一人、部屋の中に入って来た。 彼の名はゲンチョウ。刺客の名はシュウといった。 「この虹雅渓(こうがきょう)でもそうですが、 おサムライ様を用心棒に迎えることが 流行っているのでございますよ」  そう言ってゲンチョウは行くあてがないのなら、 自分の用心棒になってほしいと若いサムライに請う。 「今のは腕試しというわけか。 しかし、シュウ殿はかなりの使い手とみた」 「おいら達は、農民の出だからね」  少年が屈託なく笑った。   ゲンチョウに従って部屋に入って来た、 シュウの弟のランである。  シュウはどうか、とサムライが見ると、 主の仕打ちには慣れているのだろう、平然としていた。 だが、サムライの視線に気がついてこちらを見た時、 その目の光は強かった。 (いつかまた、剣を交えることができるかもしれない)  そんな思惑(おもわく)が働いて、 ゲンチョウの求めに応じた。 「あんた、名前は?」  ランが訊いて来た。 「キュウゾウ」 「年は?」 「十七」 「だったら、兄(あん)ちゃんの方がひとつ上だ。 キュウ、あのさ、兄ちゃんは口が聞けないけど」 「俺も喋るのは苦手だ」 ランが「そうか」と言って、安心したように笑った。  シュウが二振りの刀を持って来た。 細身で長さも全く同じものだ。 それをキュウゾウに差し出した。 「使ってよいのか。だが、この柄を変えたい。 もっと手に馴染むものに」  キュウゾウの言葉に、 「だったら、マサムネの小父さんがいいね」  と、ランが言った。シュウもうなずいた。   翌朝、キュウゾウがランに呼ばれて 別棟の食堂へ行くと、三十人ほどの 子ども達が彼を待っていた。 思わず固まってしまう。 「今日から剣術を教えてくれる、 キュウゾウ先生です。 先生は、本物のおサムライ様です」  ランの説明に、子ども達が感嘆の声を漏らした。 「俺は用心棒じゃ・・・」  と不満の言葉は、子ども達の笑顔の前に引っ込めた。 (こんな風に生きてみるのも、いいかもしれない)  キュウゾウの心の中を垣間見たかのように、 シュウが穏やかな目を彼に向けていた。  ここにいる子ども達は、戦災で親を失った。 ゲンチョウは彼等に飯を食わせ、 教育を受けさせ、社会へ送り出している。 シュウとランの兄弟も、ゲンチョウに拾われたのだ。 この施設を支援しているのは、虹雅渓の差配(さはい) であるアヤマロというアキンドである。  街中(まちなか)で派手に喧嘩をした後、 キュウゾウはいきなりぶっ倒れた。 親のない子とみなされ、 ゲンチョウのところに担ぎ込まれたのだ。 栄養失調だった。 虹雅渓(ここ)に流れ着くまで、 ろくに食べ物を口にしていなかった。  子ども達の喧騒の中で朝食を終えたキュウゾウは、 シュウに案内されて、下層の集落へと降りて行った。 「あの子達の中から、殺し屋が出るのか?」  キュウゾウが、遠慮のない質問をして来た。  シュウは悲しげにキュウゾウを 見詰めると、頭(かぶり)を振った。 「お主だけ・・・か」 キュウゾウは、シュウから血の臭いを嗅ぎ取っていた。  ゲンチョウの目を、嫌悪感を伴って思い出す。 孤児の世話をする篤志家という 面とは違う、陰を感じるのだ。 「すまぬ。俺はおしゃべりだな」  キュウゾウが謝るのに、シュウは微笑んだ。  鉄屑でほぼ入り口が塞がっている店内に、 体を横にしてどうにか入った。 機械の部品を踏まないように、奥へと進む。 キュウゾウは、腰の刀に手をやった。 「どなたさん?」  鉄屑の間から、男がひょいと顔を出した。 痩せて尖った顔に、眼光だけがやけに鋭い。 彼はキュウゾウが刀の柄を 握っているのを見て、笑った。 「おいおい、俺はただの鍛冶屋だよ」  鍛冶屋のマサムネから、サムライの 気配をキュウゾウは感じ取っていた。 右目と左手を失ったのは、先の大戦だろうか。 「お若いの、平和なアキンドの時代が 来たっていうのに、まだこんなものを持つのかい」  二振りの刀を渡されたマサムネが、 キュウゾウに皮肉を言う。 「それとも、あんたも闇の中に落ちるのか」  シュウが怖い顔をして、マサムネを睨んだ。 「ああ、わかってるよ。俺は何も知らねエ。 金払いのいい客に、言われた通りの 品物を作っているだけさ」  マサムネはうそぶいた。 シュウに万が一のことがあれば、 マサムネにも累が及ぶかもしれない。 深く首を突っ込むな、と息子ぐらいの年の シュウが身を案じてくれるのが嬉しかった。  刀への細かい注文を話し終わると、 キュウゾウはシュウと共に店を出ようとする。 それをマサムネが呼び止めた。 「鞘はどうするね?」  マサムネは二振りの刀を、 キュウゾウの背に押し当てた。 「ふむ。何か、具合のいいヤツをこしらえてやろう」 「かたじけない」  キュウゾウは、軽く頭を下げた。  マサムネは去って行く若者を見送りながら、    キュウゾウの目の紅い色が印象的だったな、  と思っていた。   実際にキュウゾウがゲンチョウに任された仕事は、 用心棒ではなく剣術の指南役でもなかった。  シュウと一緒に、アヤマロから 依頼された暗殺の仕事を実行するのだ。  今夜の獲物は、私腹を肥やす組主衆のひとりだ。  キュウゾウは、マサムネが仕上げて くれた刀を背負って闇に紛れた。 鞘はキュウゾウの目の色に 合わせたのか紅い色だった。 刀を鞘の上と下から抜く、 面白い構造になっている。 これをマサムネから受け取った時、 彼の挑発かとキュウゾウは思った。 「あんたになら扱える筈だ」  とマサムネの目が語っていた。  サイボーグのサムライも機械のサムライも、 どんどん斬り伏せていく。 刀はすぐにキュウゾウの手に、動きに馴染んだ。 背中をシュウと守り合った。 キュウゾウは仲間として、 シュウを信頼し始めていた。 シュウも、である。   数日後、アヤマロの使いでヒョーゴという 若いサムライが、ゲンチョウのもとを訪れていた。 いつものように、施設の運営費と称して 金を持って来たのだが、少し多めなのは 先日の暗殺の仕事料も入っているのだろう。  ヒョーゴはゲンチョウと話しながらも、 その後ろに控えているキュウゾウが気になった。 まだ幼さが横顔に残るこのサムライから発せられる 厳しい空気に、息が詰まりそうだった。 「これでまた世の中が良くなると、 御前様はお悦びです」  世辞のひとつも置いていく、 如才のないヒョーゴであった。  ヒョーゴを見送るために玄関に出て来た キュウゾウの姿を見つけた子ども達が、 別館からばたばたと走って来て彼を取り巻いた。 「キュウ先生!剣術を早く教えてください!」  ふっと彼の周りの空気が和らいだ。  ふうん、とヒョーゴは彼を横目で見た。 それは決して侮蔑ではなく、 ヒョーゴは安堵したのであった。 少年らしい甘さが、そこにはあったから。  その夜遅く、ゲンチョウは母屋に 三人の客を迎えていた。 顔を隠した不審な客に、 シュウが護衛につこうとすると ゲンチョウはこれを拒み、 代わりにサムライを数人呼んだ。  この頃のゲンチョウはサムライを雇い入れて、 シュウをどんどん遠ざけて行くようだ。 現に、追い払うようにゲンチョウは シュウを外へ使いに出してしまった。 兄の瞳に浮かぶ寂しさを察したのか、 話だけでも伝えてやろうと、ランは ゲンチョウと客人達の話をこっそり聞きに行った。  子ども達が寝ている別館にも弟の姿が見えず 心配していたシュウが、ゲンチョウに呼ばれて 座敷へ行って見たものは、変わり果てたランの姿だった。 斬殺された弟のむくろを抱くシュウに、 ゲンチョウが冷たく言った。 「斬ったのはキュウゾウだ。 ヤツはアヤマロの間者だった。 キュウゾウとアヤマロを殺せ。 御前は、我等が邪魔になったのだ」  シュウはランを抱いたまま、ゲンチョウを睨んだ。 (どうして、あなたは俺に嘘をつくんだ)  彼の手が、腰の刀に伸びる。  キュウゾウはシュウを探していた。 アヤマロの暗殺をゲンチョウに依頼されたのだ。 だからシュウに会って、確かめなくてはならない。 「お主は承知しているのか」と。  親を失った子ども達の援助をし、 虹雅渓を繁栄させる為に奮闘している アヤマロをシュウが尊敬しているらしい ことは、キュウゾウも察していた。  分からないのはゲンチョウだ。 さんざんアヤマロの世話になりながら、 突然彼の暗殺を命じて来るとは・・・。  この裏切りをシュウが許さないというならば、 二人でゲンチョウを討つことも考えていた。  そして、シュウがゲンチョウに従うならば、 キュウゾウはアヤマロの暗殺に向かうつもりであった。  キュウゾウは空気の乱れを感じ、体をひねった。 刀が体の脇をかすめて行った。 体勢を立て直しながら、上から下から刀を抜いた。 抜いてすぐ、敵に斬りかかって行く。  暗い街灯の下、激しい討ち合いに 火花が消える暇がない。 火花に浮かぶ相手の顔は、 すっかり布で覆われていて見えない。 (アヤマロの手足れか。感づかれたな)  昼間訪ねて来た、ヒョーゴの顔が浮かんだ。  相手がすっと、キュウゾウから体を離した。 刀を水平に構え柄をぐるりと回した。 すると刀の陰から、もう一振りの刀が現れた。 両の手に刀を握って、構えた。 「二刀流?」  キュウゾウは敵に挑んで行く。 右手の刀で打ち込めば、同じく右で止められた。 左下からの攻撃は上から抑えて来る。  二人の刀は交差し、 討ち合っては離れ再び討ち合った。  キュウゾウが刀を交える一瞬、体を沈めた。 相手は不意をつかれて空を斬った。 ためておいた力を一気に爆発させる感じで、 キュウゾウは跳んだ。 下から敵の胸のあたりを狙って、刀を交差させた。 勢いがあったから、致命傷になったはずだ。  敵は地面に血の筋を描きながら、 ごろごろと転がった。 キュウゾウはそれを追って、彼の傍らに立った。 刀の先に男の顔を覆っている 布を引っ掛けて、取り払った。  街灯にぼんやりと浮かんだ顔は・・・。 「シュウ!?・・・馬鹿な!」  現れたのは、紛れもない友の顔だった。 慌てて彼を抱き、傷の上に手を 押し当てて血を止めようとする。 「止まらない!」  シュウが力の入らない手を、 キュウゾウの手の上に置いた。 「何故、こんなことをした?」  シュウを責めると同時に、自分をも責めた。 戦いを優先するあまり、友の気配に 鈍感になってはいなかったか。 「俺には選べなかったから」 「え?」 「ごめん、キュウに託した。 俺が勝ったら、そのままアヤマロ様を殺しに・・・。 キュウが勝ったら、アヤマロ様を守って」  初めて聞く友の声は、なんとはかないものだろう。 「お主、口が聞けたか」 「昔・・・捨てたんだ、言葉を」 「なぜ?」 「ゲンチョウ様は、気が小さいんだ。 仕事のことも寝所でのことも・・・ 外に洩れることを恐れる・・・」  心も体もなぶられていたか、と キュウゾウはシュウを抱きしめた。 哀れだと思うにはあまりに悲しい。 「キュウ・・・」  キュウゾウの腕の中で、シュウが笑う。 「俺も・・・お前と真剣勝負をしたかったんだ」  だから気にするな、と言うのか。 「友など、もう持たぬ」  悲しみとほんの少しの怒りをこめて、 キュウゾウはシュウに言った。  シュウが手を伸ばして来る。 キュウゾウの頬にやっと触れた その手は、冷たく震えていた。 「そんな、寂しいことを言うな・・・・。 そんな・・・寂しい・・・」  ゲンチョウの屋敷には、アヤマロを排除しようという 三人の組主衆とその配下のサムライ達が集まっていた。 ゲンチョウの雇い入れたサムライも いるから、かなりの数になっている。  戦支度のできたサムライ達が立ち上がった。  間者の情報によると、アヤマロは今夜 警備が手薄な愛人宅に泊まっているという。 そこを襲撃するのだ。  サムライ達が座敷を出て行く。 組主達がそれを緊張の面持ちで見送ると、 ゲンチョウがにやりと笑った。 「どうせ、あのサムライ達も使い捨てですよ。 サムライなど、あたし達の踏み台にしてやるんです」 組主衆も、賛同して笑った。 「き、貴様、何者だ!?」  サムライのがなる声が、玄関の方で聞こえた。 その後、刃を交える金属音やら 何かが倒れる凄まじい物音が響いた。  組主達が不安気な顔を、ゲンチョウに向けた。  座敷の戸を突き破って、 サムライが飛び込んで来て転がった。 既に事切れている。  組主達は悲鳴を上げて、奥の方に固まった。 ゲンチョウも慌てて逃げる。  更にサムライ達が斬られて、座敷に次々と転がる。  誰が来ているのか。 アヤマロの警邏隊だろうか。 とゲンチョウは目を凝らした。  血煙の中に立っていたのは・・・。 「キュ、キュウゾウ!?」  ゲンチョウは鳥肌が立った。 地獄絵図の中に立ち、血に濡れているかのような 目でこちらを見ているのはキュウゾウであった。  一振りの刀をくわえている。 そして、左手に持った塊をこちらへ投げて寄越した。 サムライのひとりの首だった。  悲鳴を上げる組主衆とゲンチョウ。  キュウゾウが、刀を左手に握り直す。 「そこにいたか、アヤマロと組主の 両方に取り入る双頭の化け物めッ!」  キュウゾウがゲンチョウに踊りかかる。 サムライ達が立ちはだかる。 その体を、光が駆け抜けて行ったように見えた。 と、ばたばたと斃れて行くサムライ達。  戦場にいた頃の方がまだ感情があった、 とキュウゾウは思う。 斬る相手に対して、敬意を払っていた。 組主衆を盾にして逃げるゲンチョウ。 組主達は抵抗する術もなく、刃にかかって行く。 とうとう、ゲンチョウひとりになってしまった。 血にまみれたキュウゾウが、彼に刀を向ける。 その刀がシュウのものであることに、 ゲンチョウは初めて気がついた。 「ひいぃー!鬼じゃ、鬼じゃ!」  気が触れたように喚く。  鬼は二匹来ていたのか!  キュウゾウの周りの空気が、狂暴な音をたてて動いた。  ヒョーゴが警邏隊を伴って現場に着いた時、 あまりの凄惨な光景に目を背けたくなった。 「これは・・・戦場か」  その地獄の中に、彼は背を向けて立っていた。 両の手に、凶器となった二振りの刀を握っている。  ヒョーゴはすらりと刀を抜いて、男に近づいて行く。 「お主が下手人か」  ゆっくりと男が振り返った。 はっと息を呑むヒョーゴ。 「キュウゾウ・・・お主が・・・?」  ヒョーゴは下手人の正体よりも、自分が刀を首に 突きつけた時のキュウゾウの澄み切った表情に驚いていた。  ろくに取り調べも行われず、 この大量虐殺事件の下手人は処刑された。 その処刑さえも公開はされず、 街の高札に小さく掲げられたきりだった。  ただ、処刑される前に下手人が憂えたのは、 ゲンチョウの施設に残された子ども達のことだったという。 アヤマロはその願いを聞き届け、 子ども達の行く末を保障してやった。 アヤマロの美談として伝わっている。  十年後、街の市場へ買い物に出たマサムネは、 見覚えのある刀の鞘を目にして振り向いた。 行き過ぎる人々の間から見えた紅い上着の男の背に あったのは、確かに自分がこしらえてやった鞘であり、 その男の注文通りに直してやった刀の柄だった。 「処刑されたと聞いたが・・・。 そうか、マロ様に生かされたか」  キュウゾウはマサムネには気づかずに、 前を行く若い男女を尾行していた。 彼等の行く先に、久しく会うことのなかった 本物のサムライがいると確信していた。  更に後、すっかり落ちぶれたアヤマロは 下水の悪臭が鼻をつく路地裏で、養子のウキョウの 放った刺客に命を奪われようとしていた。  しかし、その刃から彼を守って立った男がいた。 「キュウゾウ・・・」  たちまちのうちに、刺客を斬り伏せてしまうキュウゾウ。  アヤマロの命は、守らなくてはならない。 かつて友と呼んだ男に託されたから。 (終) ☆ あとがき   ユキさん、リクエストをありがとうございました。   遅くなって申し訳ありませんでした。  「キュウゾウがアヤマロのボディーガード   になる経緯を読んでみたい」   ということでしたが、だいぶ捏造してしまいました。   キュウゾウ殿、ボディーガードの前は仕事人でした。(笑)   イメージが違ってしまったら、ごめんなさいです。  尚、リクエストをしてくださった ユキさんに限り、お持ち帰りどうぞです。    最後まで読んでくださった皆様も、 ありがとうございました。