鬼子(おにご) ―しお様リクエスト―

 広場で村の男衆達に弓の稽古をつけているキュウゾウの許へ、カツシロウがやって来た。 キュウゾウに客人だという。 カツシロウに後を頼んで、キュウゾウは脱兎のごとく走り出した。  その様が、ちょうど見回りから帰って来たカンベエとゴロベエの目に入った。 何事かと彼の後を追う。 二人は、先を行くキュウゾウから並々ならぬ殺気を感じていた。   ヘイハチは、旅の行商人の一行をギサクの小屋へと案内していた。 「虹雅渓(こうがきょう)では、キュウゾウ様にお世話になりました」  ヘイハチの隣で、男が笑った。 村から村へ渡り歩いている彼等の物腰は柔らかく、口調も滑らかだ。  ヘイハチは、その笑顔を全て信じているわけではない。 笑顔を返しながら、手は、いつでも抜刀できるように緊張させておく。  そこへ走り込んで来るキュウゾウ。 「あ。キュウゾウ殿、こちらが」  と、声をかけてきたヘイハチを、キュウゾウが飛び越えた。  ヘイハチの向こう側に降りた時、彼の隣で笑っていた行商人が、 斬られて地面に転がった。 背中の二刀を抜いているキュウゾウ。 「俺に客といえば、刺客に決まっている」  キュウゾウが、目を見張っているヘイハチに冷たく言った。  カンベエとゴロベエもキュウゾウにやっと追いつき、この光景を目の当たりにした。  キュウゾウに向かって、銃弾が放たれる。 行商人達が本性を現した。 一人の行商人が、腕に仕込んだ銃で攻撃してくる。    刀で全ての銃弾を弾き返しながら、その男に向かっていくキュウゾウ。 と、彼に横からタックルしてきた別の男がいる。  弾き飛ばされたキュウゾウは、岩肌を蹴って回転しながら、その男の肩に斬りかかった。 両肩にめりこむ二刀。 だが、刀はそれ以上進まない。 男が肩に刀をめりこませたまま、にやりと笑った。 「これで刀は使えまい」  キュウゾウが瞬間止まったため、銃を仕込んだ男が再び彼に向かって銃弾を発射させる。  キュウゾウは刀を握ったまま、タックル男の腹を蹴って逆立ちをしてしまう。  銃弾はキュウゾウに当たることなく、タックル男に撃ち込まれた。 それでも男はまだ立っていた。  その男の頭を蹴って、空中高く跳ぶキュウゾウ。 ひとつの刀は鞘に収めて、真っ直ぐに男へと落ちて行く。 残った刀に、全ての力をこめて男を突き通した。  倒れて行く男の体が、不自然に跳ねる。 その遺体を貫いて、銃弾がキュウゾウを襲う。  刀を口にくわえて、バック転で逃げるキュウゾウ。  ある程度距離を空けると、低い姿勢になって足に力を入れる。 ズザザザザーッと勢いづいた体は、後ろへ下がって止まる。 砂埃が舞い上がる。  その砂塵の中から走り出て来たキュウゾウの左右の手には、刀が握られていた。 そのまま、銃弾を撃ってくる男に突進して行く。 銃弾は全て刀によってなぎ払われる。 必死に銃を撃つ男。 「うわあああ!!来るなあ!」  彼の体を駆け抜けるように、二振りの刀が煌いた。  最期のあがきとばかりに、男は振り向きざまにキュウゾウの背に向かって銃を撃つ。 振り向きもせずに、自分の横を通り過ぎる銃弾を刀で切って落とすキュウゾウ。  無念、と男が倒れていく。 と、その男とは別の気配を感じて、キュウゾウは振り向いた。 倒れていく男の陰に、一人の少年が立っていた。 怯えた目を、キュウゾウに向けてくる。  その少年に向かって、走り出すキュウゾウ。 ためらいもせずに刃を振り下ろす。  が、それは刀によって止められた。 「!?」  見ると、ヘイハチが自身の刀を抜いて、キュウゾウを止めているのであった。 背中に少年をかばっている。 「まだ、子供です。 奴等に脅されていたのかもしれない」  ヘイハチがキュウゾウの目を真っ直ぐに見て、言ってくる。  刀でキュウゾウに敵うはずがない、ということは承知していた。  怯えた少年の目が、かつての仲間と重なった。 自分が裏切った仲間達の中に、彼に似た少年がいたことが瞬時に頭に浮かんだ。 最年少の兵だった。  気がつくと、キュウゾウの前に飛び出していた。 「ヘイハチ殿!」  鋭くキュウゾウが、彼に呼びかける。 「俺を、目の前の仲間を信じろ!」  低く、しかしはっきりとヘイハチの耳に届いたキュウゾウの言葉。 はっと我に返ったヘイハチは、刀を外した。 「危ない、ヘイハチ殿!」  ゴロベエの声と、キュウゾウがヘイハチを蹴り飛ばしたのが同時だった。  キュウゾウは目の前の少年の紅い唇が、にいっと笑うところを見た。 彼は勝利を確信していた。  地面を蹴るキュウゾウ。 少年の体が、砂を撒いたように細かく散った。 ヘイハチを庇った分、自分への対応が遅れたキュウゾウは、 その砂に翻弄され吹き飛ばされた。 (ここまで独りでやってきたのに、仲間のことを考えた)  後悔というよりも、ヘイハチを説得しようとした自分の行動に驚いていた。  自分は死んではならない、と思った。 ヘイハチがまた、裏切って仲間を殺したと、 過去の罪にその罪をのせて自分を責めるに違いない。 握り飯を頬張って、笑っているヘイハチの顔が浮かんだ。 それが、消えてしまいそうになる。 慌てて手を伸ばす。  爆風に飛ばされ気を失ったキュウゾウを、リキチの家に運んで傷の手当てをした。 あれだけ近くにいたのに、大した怪我もしなかったキュウゾウに、 サムライ達は舌を巻いた。  布団に寝かされているキュウゾウを、カンベエとシチロージが見守る。 部屋の隅にはヘイハチが膝を抱えて、うなだれていた。 「うっ・・・!」  うなされながら、キュウゾウの手がゆっくりと上がっていく。 何かを追うように伸ばされる。  カンベエは思わず、その手をとった。 「しっかりせい、キュウゾウ」  キュウゾウの目が、かっと見開かれる。 と同時に、カンベエを投げ飛ばす。  それから素早く布団の上に起き上がり身構えると、片手で床を探る。 「キュウゾウ殿、刀をお探しですか?」  シチロージが、笑いながら声をかけた。 「その声は、シチロージ殿か?」 「はい。刀なら」  部屋の隅に、と言葉を続けようとしてシチロージは気がついた。 「キュウゾウ殿、まさか、目が見えませんか?」  はっと顔を上げて見る、ヘイハチ。 その顔には、焦りの色があった。  声を頼りに、シチロージの方へ顔を向けたキュウゾウ。 「くっ!痛っ・・・!」  目に激しい痛みを感じて、その場にうずくまってしまった。 「キュウゾウ!?」 「キュウゾウ殿!?」  シチロージが診たところ、眼球は傷ついていない様子だった。 何やら薬が仕込まれていたのでは、というのがシチロージ、 そして当のキュウゾウの見解だった。  シチロージがキュウゾウの目を洗い、村で重宝しているという目薬をつける。  その治療の最中、ヘイハチが泣き出しそうな顔で見守っている。 カンベエもシチロージも、慰める言葉が見つからない。  言葉をかけたのは、キュウゾウだった。 「ヘイハチ殿、気に病むことはない。 あれが奴等の手なのだ。 兵器を、一番弱く同情を買いそうなものに隠して近づいて来る」 「おぬし、心当たりがあるのか?」  カンベエが尋ねてくる。 「騙されて当然。 俺は知っていただけだ。 あの目を、以前にも見たことがあるから」  とキュウゾウは曖昧に答えた。 「ヘイハチ殿、あの時、刀を退いてくれたのは俺を信じてくれたのだ、 と自惚れていたのだが、違ったか?」  キュウゾウの言葉に、ヘイハチの肩が揺れた。 「焦らなくても、あんたは信じられるものをひとつひとつ、見つけていけばいい」  カンベエとシチロージは、顔を見合わせた。 キュウゾウの心遣いが、ヘイハチの心に届けばよいと願う。  シチロージが細く切った清潔なさらしで、キュウゾウの目を覆っていく。 楽になった、とキュウゾウが礼を言って、立ち上がった。 「カンベエ、野伏せりとの戦には支障はないと思う」 「うむ。おぬしほどのサムライだ、心配はしていない」 「だが、普段の生活には困るようだ」 「ん?」 「出口はどこだ?」  はいはい、とシチロージがキュウゾウの肩に手を置き、再び布団に寝かせる。 「今日は、ゆっくりお休みなさい」  ヘイハチが、キュウゾウの傍らに来て座った。 「私が、今日からあなたの目になります」  だが、そのヘイハチの申し出をキュウゾウはきっぱりと断った。 「おぬしには、おぬしにしかできぬ仕事があろう」 「しかし・・・」 「先刻も言った。 責任は感じなくてよい。 俺は、足手まといにはなりたくない」  そう言うと、キュウゾウは布団を頭からすっぽりと被ってしまった。  ヘイハチは申し訳なさそうに、頭を下げた。  それからしばらく、キュウゾウは農民達やサムライ達に振り回されることとなる。 とにかく、皆、親切なのだ。 こんなに彼等が人の面倒を見ることを楽しむ人種だとは、思いも寄らなかった。  今まで、キュウゾウの半径何メートルかの彼のテリトリーには 絶対に近寄らなかった人々が、づかづかと入って来る。 不快に感じて眉間に皺を寄せても、無視され、手を取られた。  食事時、コマチやオカラまでもが、かいがいしく世話をしてくれる。 キュウゾウの手にしっかりと握り飯をのせてくれたり、 おかずを取ってくれたり・・・。  カツシロウはキュウゾウの隣に座り、汁物は熱いからこぼすといけない、 と言ってさじですくっては、ふーふーと冷ましてから飲ませてくれる。 「赤子ではないのだから」  キュウゾウが、鋭い声で威嚇するように言っても、 「こんな時ぐらい、お手伝いさせてください」 と明るい声に跳ね返されてしまった。 仕方なく、気の済むようにさせておいた。  見回りに行くというキュウゾウにくっついて来た キクチヨは、更にエスカレートした。 「ええい、面倒でござーる」  と、キュウゾウをお姫様だっこしてしまったのだ。 「何をする? よせ!やめろ!おろせー!」  珍しく焦った声で喚くキュウゾウの声が、 ドスドスというキクチヨの重みのある足音と共に遠ざかって行く。  それを村人達が、温かく見送った。 「キュウゾウ様も、この頃、人間が円くなっただなあ」   日が暮れてキュウゾウがリキチの家に戻ると、 ゴロベエがてぐすねひいて待っていた。 「キュウゾウ殿、風呂が沸いておるぞ。 それがしが、入れてやろう」  キュウゾウは、身の危険を感じる。 「いや、風呂なら独りで入れるが」 「駄目だ、転んだらどうする?」 「本気で遠慮したい」  と固辞するキュウゾウを、半ば力ずくで風呂場へ引きずって行くゴロベエ。 これを楽しみに途中でカンベエを撒いてきたというのに、 ぐずぐずしていれば彼にこの役を盗られてしまう。 どうやら、大人の駆け引きがあるらしい。  脱衣所であれよあれよという間に、 ゴロベエに服を剥ぎ取られてしまうキュウゾウ。  ぼっちゃんと、湯船に浸けられてしまった。  熱いッ! 「ふう。少しぬるいが、まあいいか」  と、ゴロベエは満足している様子だ。  ここで水を所望すれば彼に負けたことになるから、と我慢する。 妙なところで勝ち気なところがでるキュウゾウであった。  ドタドタと脱衣所の方が騒がしくなって、浴室の扉が開いた。 「ゴロベエ、卑怯ではないか!」  カンベエがその場で、服を乱暴に脱ぎながら文句を言っている。 「おや、策士のカンベエ殿が珍しい。 出遅れたか」  ゴロベエが、カラカラと笑う。 「キュウゾウ殿の背中を流すのは、それがし、だからな」 「な、なにイ―! キュウゾウ、おぬし、そのような約束をしたのか? あれ?キュウゾウ? キュウゾウはどこだ! どこへ隠した?ゴロベエ」 「何を寝ぼけたことを。 キュウゾウ殿なら」  と横を見たが、先程まで一緒に肩を並べて入っていたキュウゾウの姿がない。 足の先に軟らかいものを感じて、ふと下の方へ目を移すと、 果たして、彼が湯船の底に沈んでいた。 「おわあ! キュウゾウ殿!しっかりせい!」  カンベエも浴室に飛び込んで来て、キュウゾウを引き上げるのを手伝う。 「う!何だ、この湯の熱さは! 湯あたりしたか。 ゴロベエ、おぬしの厚い面の皮にはちょうどいいかもしれんが、 キュウゾウの肌は繊細なんだぞ」  風呂場の騒がしさを聞きつけて、外から帰ったばかりのシチロージが顔を出した。 そして子供のような言い争いをしている大人二人と、 ぐったりしているキュウゾウを見て一喝したのであった。  キュウゾウを布団に横たえ、カンベエが団扇であおる。 ゴロベエが水で濡らした手拭いで、赤くなった皮膚を冷やす。 シチロージは、目を覆うさらしを取り替えていた。 「いささか、困っている」  キュウゾウが心境を思わず吐露したのに、カンベエとゴロベエがくすりと笑う。 シチロージが二人を睨んだ。 小さくなってしまう、大の男が二人。 「まあ、今までおぬしは完璧だったからな。 弱いところを見せられて、皆、親しみを感じているのではないか」  と、カンベエが慰めるように言った。 「まあ、親しみを超えて、うっとうしい方々もおりますがね」  釘を刺すのを忘れない、シチロージであった。  何が完璧なものか、とキュウゾウは思う。 でなければ、こんな無様なことになりはしない。 だが・・・。 「目がこうなってから、見えてくるものもあるのだな」  キュウゾウの素直なもの言いに、サムライ達の心がなごんだ。 「しかし・・・」  キュウゾウの顔が曇る。 「ヘイハチ殿は、あれから俺を避けているようだ」  はっとするサムライ達。 「儂(わし)から話してみようか」  とカンベエが申し出るが、 「いや」  とキュウゾウが拒む。  カンベエはふと、気になっていたことを口に出してみた。 「おぬし、あの少年の目を知っていたと言っていたが」 「ああ。あれは人の目ではない。 兵器の目だ。 事実、そうであったろ」 「どこで、見たのだ?」 「・・・遠い・・・昔だ・・・」  言葉が、途切れてくる。 「それは、もしや・・・おぬし自身のことなのでは?」 「・・・眠る」  後は、寝息になってしまった。 「カンベエ様」  シチロージが、声をかけた。 「昔、人間型の兵器を生み出し、サムライの代わりに、 これを戦場へ送り込んでいた国家があったことを、覚えていますか?」  ゴロベエも、記憶を手繰る。 「ああ。それなら、それがしも覚えている。 全世界から総すかんを食って、その兵器の製造を中止したとか」 「中止というか、処分したのだとか・・・」  シチロージは、思わず眠るキュウゾウの顔に目を落とした。 『処分』という言葉に、カンベエもゴロベエも眉をひそめた。    キュウゾウは、闇の中を歩いていた。 遠くに光がぽつんと見える。 目を負傷してから、ずっと探していた光だ。 キュウゾウは、それに向かって駆け出した。 迫ってくる光の中へ、飛び込むと―。 軍服に身を包んだ大人達がいた。 彼等は、とても大きく見えた。 キュウゾウは、少年の頃に戻っていたのだった。 「おまえ達のうち半分の者だけに、握り飯を配った。 今日の飯にありつきたければ、奪え。 殺しても構わん」  軍人の言葉に反応して、そこにいる少年達が刀を抜く。  キュウゾウの手にも、握り飯の包みがあった。 それを奪おうと、一人の少年が襲いかかって来る。 彼の歪められた唇は、紅かった。 あの兵器の少年に似ていた。 キュウゾウは握り飯を懐にしまい、背中の二刀を上と下から抜く。 突進してくる少年。 彼の刀を止める。 火花が散る。 ああ、今の自分の目はきっと、彼と同じなのだろう、とそんなことを考える。 刀を思い切り振って、少年を吹っ飛ばす。 壁に叩きつけられて、へたりこむ。 その彼に向かって、刃を突きつける。 しかし、キュウゾウはその刀を背中の鞘に収めてしまう。 それから、懐から握り飯の包みを出す。 ひとつしかないそれを半分に割って、一方を少年に差し出した。 「これなら、二人、生きられるだろ」  少年が、握り飯とキュウゾウの顔を交互に見る。 キュウゾウがうなずいて、握り飯を取るように促す。 少年の手が、握り飯に伸びる。 が、次の瞬間、それが叩き落される。  見ると、一人の軍人が恐ろしい顔をして立っていた。 彼はキュウゾウの金色の髪を鷲掴みにすると、床へ引きずり倒した。 彼の髪を掴んだまま頭を持ち上げて、耳のそばで喚いた。 「どこで、そんなことを覚えた? 人間みたいじゃねえか。 おまえ等は兵器だ。 人を殺してナンボなのに、助けてどうするんだ、馬鹿野郎!」 「俺は、サムライだ」  キュウゾウは苦しそうに、しかし、はっきりと言った。 「俺は兵器じゃない、サムライだ!」  そのままキュウゾウは、床に叩きつけられた。 「はっ!」  自分が上げた小さな悲鳴で、キュウゾウは目を覚ました。 と言っても、目はさらしに覆われていて、外の世界を見ることはできない。 布団の上に体を起こした。 空気が朝のものになっていた。  近づいて来る人の気配を感じて、キュウゾウはそちらに顔を向けた。 「ヘイハチ殿か?」 「はい」  と返事をした声が、かすれていた。 「キュウゾウ殿、散歩に行きましょうか」  声がわざと明るくなった。  ヘイハチがキュウゾウの紅い上着を、彼の肩にかけた。  ヘイハチはずっと迷っていた。 自分と葛藤していた。  人を信じることにあんなに臆病になっていた自分が、 昔の仲間に似ているからと簡単に信じた。 同時にそれはキュウゾウへの裏切りとなり、彼を傷つけてしまった。 赦されては、いけないと思った。 自分がホノカやマンゾウに対して刀を振り上げたように、 誰かが自分に向かって刃を振り上げるべきだと思っていた。 その役は、キュウゾウだろうと・・・。 だが、彼はこれは裏切りでも何でもないと言う。 自分の罪は、ぶらんと宙に、格好悪く浮かんでいるようだ。 自分はそれをどうにもできなくて、ぼんやりと眺めているだけ。 「・・・ハチ殿・・・ヘイハチ殿!」 「え?はい?」  キュウゾウが数回呼びかけたが、ヘイハチから返事がなかったので、 少し強めに名を呼ぶと、やっと気がついた様子。 「連日、作業に追われているらしいが、ちゃんと休んでいるのか?」  今は、体を動かしていなくてはとてもやり切れない。 「大丈夫ですよ」  と笑えば、声が疲れている、とキュウゾウに見破られてしまった。  外へ出ると、肌に湿った冷気を感じた。 「霧が?」  キュウゾウが問うと、 「ええ。今日は特に濃いですね」  と返ってきたヘイハチの言葉に、嫌な予感がする。 疲れているところを悪いが、ヘイハチには少しつき合ってもらおう。  キュウゾウは、ヘイハチの腕に軽く腕を絡ませて歩き始めた。 「大戦時、科学ばかりが発達した国がありました」  ヘイハチがお伽話を紡ぐように、話し始めた。 (やはり、あの少年のことが糸口になったか)  と、キュウゾウは覚悟を決めた。 「まだ機械のサムライが一般化する前の、戦が始まった頃の話です。 サムライよりも兵器を重んじた国は、 神の領域に踏み込むことにも、ためらいはなかった」  キュウゾウの手に僅かだが、力が入る。 「続けても、よろしいですか?キュウゾウ殿」 「その国は・・・滅びた」  キュウゾウの口の中が、一気に渇く。 言葉はあちらこちらに引っ掛かりながら、ようやく出てきた。 「はい、内乱で。 でも、きっかけはたった一人の生き残った兵器だった、とか」  キュウゾウの見えない目の裏側に、真っ赤な炎がみえる。 自分の紅い瞳を見るたびに、罪を思い知らされる。 「その国の兵器には、必ず紅い印があると聞きました」 「そう、たとえば、瞳が紅い・・・とか?」  キュウゾウが、ヘイハチの腕を強く引っ張った。 ヘイハチはよろけ、キュウゾウの懐に引き込まれた。 ヘイハチの前に、キュウゾウのさらしに覆われた目が迫る。 「兵器は・・・サムライでは、ないな。ヘイハチ殿」  キュウゾウの声は、震えていなかっただろうか。 (違う、違う)  ヘイハチは頭(かぶり)を振った。 彼を、追い詰めたかったのではない。 あの時の自分の無知さを、謝りたかっただけなのだ。 「皆を、騙している。 俺は、サムライではなく」  キュウゾウの口を、ヘイハチは咄嗟に手で塞いだ。 「あなたは、立派なサムライです。 他の五人のサムライ達にも、訊いてごらんなさい。 皆、同じことを言うでしょう」 見えない目で、キュウゾウはヘイハチを見詰めた。  二人、はっとして体を離し身構えた。 すらりと刀を抜いて、深い霧の中、 こちらへと向かって来る気配に、神経をとがらせる。 「ヘイハチ殿、すまぬ。 この状態でどのくらい戦えるか、試してみたい」 「わかりました」 「背中を預けたい。よいか?」 「光栄です。 キュウゾウ殿の後ろを守れるなんて」  キュウゾウは、刀を持つ手に力をこめた。 「私の背中は、もちろん、あなたが守ってくれるのでしょう」 「承知」 不快な機械音が、迫って来る。 「ヘイハチ殿、またひとつ、信じるものが増えたな」 「はい。お陰様で」 「では、参る!」  二人同時に、戦いの場へと飛び出して行く。  信じるものも罪も、全てその胸にかき抱いて。 (終) ☆ あとがき   4444を踏んだ、しお様、遅くなってすみませんでした。   ヘイハチさんとキュウゾウ殿というリクエストでしたが、   いかがだったでしょうか。   ちょっとヘイハチさんが、ヘタレていましたが、   ラストは、いつもの強いヘイハチさんに戻ってくれました。   妄想が爆走してしまい、キュウゾウ殿の過去をすっかり捏造してしまいました。   カンベエ様とゴロベエ様が、ヘンなおじさんになってしまいましたし・・・。   皆様のお怒り、覚悟しております。 皆様、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。   尚、こちらの作品はリクエストしてくださった、   しお様に限り、お持ちかえりどうぞです。