堪(た)へず紅葉(こうよう)
「時雨(しぐれ)を急ぐ 紅葉狩(もみじがり) 時雨を急ぐ 紅葉狩 深き山路(やまじ)を尋ねん」 堵隠命(とがくれのみこと)は、今、その腕に雪那(せつな)を抱き風に乗っている。 堵隠命は、目の鋭い男神である。 それは、全ての魔の脅威となろう。 しかし、一方では慈愛の神としても知られていた。 「謡は、神無村(かんなむら)から聞こえてくる」 堵隠命が、雪那に言った。 彼は雪の精霊だ。 その精霊の力を発揮しない時は、黒髪のごく普通の青年の姿である。 聞こえてくる「紅葉狩」という謡曲は、彼等が棲む土地に伝わる物語であった。 そして今となっては二人だけが知る、実は悲恋の物語なのだが。 だから、この曲には惹きつけられる。 「紅葉の精霊達をすっぽかしてきたのだ。 鬼の姫のように、綺麗な子が舞っているといいな」 堵隠命が、そう言ってふふと笑った。 「べつに・・・一緒に来てくれなくてもよかった」 雪那がぶっきらぼうに言った。 「病み上がりだ、無理をするな」 堵隠命は、友を抱く手に力をこめた。 サムライ達が戦を繰り返したものだから、空はすっかり汚れてしまい、雪も汚れた。 当然、雪那の力も失われ、息も絶え絶えなところを堵隠命が自分の社で養生させた。 十年前、やっと戦が終わって彼の命も戻ってきたのだった。 二人を乗せた風は、神無村の鎮守の森を一気に駆け抜けて行く。 森の中央あたり、美しく紅葉した木々に囲まれたちょっとした広場に農民達が集まっている。 彼等の間を通り抜け、少し離れた木の上に堵隠命と雪那が降り立った。 農民の若者が一人、こちらを見たが、 彼等が意識しなければ人間には二人の姿を見ることはできない。 堵隠命と雪那は木の上からそっと、農民達に披露されている舞を見た。 「あっ!」 二人同時に声が出た。 男を誘惑する女を舞っている人の髪が、風を受けてなびく。 「黄金(こがね)の髪だ・・・」 雪那がつぶやいた。 里の秋を染める実りの色だ。 豊作、生の糧(かて)、人々の笑顔。 それは雪那にとっては拒絶の色だ。 人々に飢えと寒さと、時には死をもたらす雪の精とは正反対にある色なのだ。 扇をかざして、舞姫がこちらを見上げた。 舞い落ちる紅葉の間に、白い顔が見える。 女の艶(えん)を操って、男を陥(おとしい)れようとするその瞳が、紅く濡れていた。 彼のどこをとっても、このあたりの人間ではないことが知れた。 その異邦人に、平維茂だけでなく雪那も心をからめとられていく。 「月待つ程のうたた寝に 片(かた)敷く袖も 露深し 夢ばし覺(さ)まし給ふなよ 夢ばし覺まし給ふなよ」 女の姿が、紅葉の木の陰に消えた。 雪那と堵隠命は、息を詰めて見守る。 美女に勧められた酒を飲み、酔って眠ってしまった維茂。 それを討とうと、葉陰より二振りの刀を背中から抜きつつ鬼が躍り出た。 人々は驚き、悲鳴を上げる。 唖然としている、雪那と堵隠命。 「サムライ・・・か」 どちらともなく、つぶやく。 一度刀を抜けば、その冷たい刃で全てのものを切り裂く。 空を汚し大地を汚し、海を汚した。 その心は大戦が終わった今の世で、すっかり荒れていると聞く。 精霊と神に疎まれているサムライ。 しかし、雪那は美しく凶暴な鬼を演じる、 紅い瞳と黄金の髪を持つサムライを、憎むことはできなかった。 あんなに嫌っていたサムライの剣を、清冽と感ぜずにはいられなかった。 維茂役の男の刀が、鬼を貫いた。 雪那と堵隠命は、思わず身を乗り出す。 ゆっくりと倒れて行く、鬼の紅い上着の裾が翻る。 金色の髪が、紅や黄の葉の間に埋もれる。 目はかたく閉じられている。 穏やかな偽ものの死・・・。 鬼の白い頬の上に紅葉が降りかかる。 それが雪那には、血に見えて仕方がない。 サムライならばその者の死は、いずれはこのように訪れるに違いない。 雪那の心が痛む。 「キュウゾウ」 維茂役のサムライが、倒れている鬼の名を呼んだ。 「キュウゾウ・・・」 雪那は、その名を心の深いところに刻みつけた。 体を起こしたキュウゾウが、こちらを見た。 間違いなく、雪那の瞳を見詰めている。 勘の鋭い者らしい。 雪那も、目を逸らすことができない。 と、雪那の前に影ができた。 堵隠命が彼の体を抱き込んで、キュウゾウの視線から隠してしまった。 「あいつは駄目だ。 光が強すぎて、きっとおまえを滅してしまう」 堵隠命の口調が、珍しく緊張していた。 (それは、いけないことなのだろうか) と雪那は友の腕の中で、ぼんやりと考えていた。 もう随分と孤独の中を、生きてきた。 この身が滅びてもよいから、あの紅い瞳に自分の姿を映してみたいと願った。 堵隠命は、友の心が揺れていることを感じていた。 その日から、どのくらい経っただろう。 雪那は自分の棲み処である山の中で、忘れもしないキュウゾウの気配を感じた。 と同時に、機械油と血の匂いも嗅ぎとった。 それをたどって行くと、キュウゾウが山賊にまで身を堕とした 機械のサムライ達を、斬り伏せているところだった。 雪那が黒髪の青年の姿で現れると、 最後の一人となった機械のサムライに捕まってしまった。 逃げるのはわけないことだが、雪那はキュウゾウがどう出るか試したくなった。 キュウゾウは雪那の目を見て、わずかに表情を動かした。 「どこかで・・・?」 と彼の口が動いた。 「ああ。遭っているよ」 雪那が笑った。 やはりこの男、勘がいい。 次の瞬間、キュウゾウはもう山賊の近くまで来ていて、ためらいもなくそれを斬った。 雪那を自分の背でかばっていた。 「怪我は?」 ないか、と振り返ったキュウゾウが目を見張る。 雪那は、白い袴姿でそこに立っていた。 短かった黒髪は、白いものとなり腰まで達していた。 それは氷のように輝いていた。 前髪の向こうの目は冷気を含み、寂しく揺れている。 肌の白さは、白という色の、まだその向こうにある 透き通るような白とでも表現したらよいのか。 その姿は紅く染まった山の木々の葉の中で、一際鮮やかに浮かび上がっていた。 「おぬし。物の怪か?」 キュウゾウは山賊達を斬ったばかりの刀を、雪那に向けた。 雪那はひるまず、むしろ挑戦的な目をして 華奢(きゃしゃ)な足を一歩、キュウゾウの方へと踏み出す。 地面がすうっと凍りついた。 キュウゾウは思わず、一歩退いた。 「逃げるな」 澄み切った雪那の声が、キュウゾウを制する。 キュウゾウは、両の手の刀を構え直した。 「俺を斬るか、キュウゾウ」 「俺の名を?」 キュウゾウが、地面を蹴って跳んだ。 雪那に向かって振り下ろした刀が、止められる。 雪那の手の中には、氷の刀が一振り握られていた。 氷の破片が飛び散る。 それがダイヤモンドダストのように、キラキラと輝いた。 キュウゾウは身を沈めて、雪那の足を狙って刀を横ざまにはらった。 雪那は木の上に跳んだ。 追ったキュウゾウが、下から刀を突き上げた。 紙一重のところでのけぞってかわす。 髪が数本切られて、宙に舞った。 髪は、雪の結晶となって消えた。 隙ができたところへ、キュウゾウが蹴りを入れようとしたが、氷の刃が向かってくる。 刀でそれを阻止しようとしたが、強い力で押し返された。 キュウゾウは、地面に向かって落ちて行く。 追う雪那が、キュウゾウの方へ手を差し伸べる。 だが、それを彼はパンと手ではらった。 雪那はキュウゾウの胸の上に乗る。 両の手それぞれに氷の刀が握られており、キュウゾウの首につきつけられた。 そのままキュウゾウは、背中から地面に叩きつけられる。 しかし、厚く積もった落ち葉によって衝撃は緩和された。 急いで身を起こそうとしたが、上から氷の刀が降りてきて、 彼の首の前で十文字に地面に突き刺さった。 刀の冷気のために、動けない。 キュウゾウにまたがった雪那が、彼の顔を覗き込む。 白く長い髪が乱れ、キュウゾウの顔にかかった。 音もなく、二人に紅葉が降り注ぐ。 キュウゾウが雪那を睨む。 その紅い光にひるむが、ゆっくりと言の葉をかけていく。 「キュウゾウ、俺と一緒に生きてほしい」 雪那は、紅い瞳に映る自分の姿を見ていた。 憐れではかない雪の精霊・・・。 「おまえに、永遠の命をやろう」 「おぬしの目は、寂しい・・・。 闇の中にとりこまれそうだ」 ささやくようにキュウゾウが言う。 「キュウゾウ、目を閉じていてくれ。 おまえの目の光は、俺には強過ぎる」 吹雪の音が近づいてくる。 清く冷たい雪が舞い降りてくる。 キュウゾウが、ぎりっと自分の唇を噛んだ。 温かな血が、唇の端からすうっと流れた。 「!?」 雪那が動揺する。 痛みで、キュウゾウに体の感覚が戻ってきたようだ。 頭(こうべ)を振って、抵抗する。 「永遠の命など、いらぬ」 その激しい拒絶に、雪那は愕然とした。 「よせ!」 そしてキュウゾウの首の右側部分を、氷の刃が傷つけた。 「いけない!」 氷の刀が消え、雪那の姿も黒髪のそれへと変わった。 気を失うキュウゾウ。 傷ついた首筋から流れ出た血が、凍りついていく。 顔が蒼白になっていく。 「心臓まで、凍ってしまう」 雪那はキュウゾウを抱きかかえた。 「助けてくれ」 雪那の切迫した声に、堵隠命は振り向いた。 雪那が、キュウゾウを抱きかかえて立っていた。 人間の姿を見て、紅葉の君達が小さな悲鳴を上げて消えてしまった。 せっかく、先日すっぽかしてしまった罪滅ぼしに、物語りなどをしていたのに・・・。 「おまえは、疫病神だ」 と、堵隠命はため息をついた。 「早く!彼が死んでしまう」 「奥の社へ運べ」 そこならば、滅多に人は来ない。 杉木立を抜けて、暗く小さな社へとキュウゾウを運んだ。 堵隠命はキュウゾウの紅い戦闘服を脱がせると、その体を抱きしめて温め始めた。 「ふ・・・やはりサムライは嫌だな。 この血の匂いが鼻をつく」 堵隠命の腕の中で眠っているキュウゾウをじっと見ていた雪那が、羨ましそうに言う。 「いいな、おまえは。 命を救うことができて」 「雪那・・・」 「俺は、奪うことしかできない」 「永遠の命を」 「誰一人として、それを求める者はいない」 「キュウゾウも拒んだのか」 うつむいてしまう雪那。 「永遠にひとりぼっちだ」 雪那の寂しい言葉を拾うかのように、堵隠命は彼の方へ手を伸ばした。 「忘れるな、俺がいる」 その言葉が、友には届かないことを知っていた。 自分では駄目なのだ。 「ここに刀傷がある」 堵隠命は、雪那がつけた傷とは反対側の左側の首の傷を指差した。 「キュウゾウは、約束をしたらしい」 キュウゾウの体を抱いている堵隠命は、彼の記憶をすくっていた。 「その約束は、命をかけて決着をつけること、刀でな」 「何っ?」 堵隠命は、真っ直ぐに雪那を見た。 更に残酷なことを、言わなくてはいけない。 「キュウゾウはその約束が果たされるまでは、 その男、カンベエと生きて行く道を選んでいる」 カンベエ・・・確か神無村で平維茂役をやっていたサムライだ、 と雪那は思い出していた。 「あの拒絶は、そういうことだったか」 雪那は、埋まらない孤独感を抱きしめた。 奥の社の戸が開いた。 何事もなかったかのように、紅い戦闘服をきっちりと着込み、 背中に二刀を背負ったキュウゾウが出て来る。 月が美しい晩である。 その光を頼りに、キュウゾウは歩き出した。 山道を遠ざかって行く彼を見送る、影がふたつ。 「堵隠」 「ん?」 「あの男の命が果てた時、俺に教えろ」 「未練か」 「そうだな。 墓参りでもしてやるさ。 まったく、サムライっていうやつは」 そう言って、雪那ははかなく笑った。 一日でも多く、キュウゾウと同じ月を見ていたいと願っていた。 手に入らないとわかると、憧れは一層強く・・・。 その願いも虚しく、雪那と堵隠命が戦場に着いた時、 キュウゾウの命の火がもう消えようとしていることを悟った。 あの夜から、いくらも日がたっていなかった。 彼の気配がする「都(ミヤコ)」と呼ばれる天守閣戦艦は、瀕死の状態だった。 堵隠命が、雪那を抱いて風に乗る。 「爆風が邪魔をして、うまく飛べぬ」 都を取り囲んでいる、野伏せりと呼ばれる機械のサムライ達も気味が悪かった。 都の中の一番広い部屋に入った頃には、 雪那だけでなく堵隠命までもが息苦しさを感じていた。 そして、二人が見た光景は―。 キュウゾウが若いサムライの撃った銃の巻き添えになり、倒れていく姿だった。 「ああ!」 雪那がそちらへ駆け出そうとするのを、 堵隠命はしっかりと抱きしめて行かせなかった。 力なく倒れこむキュウゾウを、その胸に抱きとめたサムライがいた。 「カンベエ・・・」 彼の姿を認めて、嫉妬と憎しみが、冷たく雪那の心を支配する。 「キュウゾウ!」 カンベエが、キュウゾウの去り逝く命を呼び戻そうとするかのように、 必死に呼びかけている。 「俺との・・・決着を・・・忘れるな・・・」 苦しい息の下から、キュウゾウがカンベエに訴える。 約束は果たされないまま、彼を逝かせてしまうカンベエを、雪那は睨んだ。 しかし・・・、 「忘れてはおらぬ」 とキュウゾウに返したカンベエのもの言いが、あまりに優しくて彼を憎みきれなかった。 「もう帰ろう」 堵隠命が言うのに、雪那は首を振って拒否した。 「わかっていたはずだ。 キュウゾウは、カンベエを選んでいた。 おまえの入る余地はない」 雪那は堵隠命を振り払って、キュウゾウの前に立った。 「村で・・・待つ・・・」 カンベエに告げた後、キュウゾウの紅い瞳が、雪那の姿をとらえた。 いや、そのぼんやりとした瞳はもう視力を失っていて、 彼の気配を感じているだけなのかもしれない。 雪那の白い長い髪は、汚れた爆風になびいていた。 キュウゾウに手を差し伸べる。 「永遠の命を、俺と一緒に生きてくれ」 雪那の必死のそれには答えず、紅い瞳は光を失っていく。 それと共に、雪那の瞳も暗い永遠の闇の中へと沈んでいく。 自分が消滅してもよい、彼の紅い光を追って行きたかった。 サムライ達は敵を求めて去って行った、キュウゾウを残して。 しかし、雪那はキュウゾウの前から動こうとしない。 その異様な空気にいらいらして、 「彼は、帰っては来ないのだぞ!」 と堵隠命が怒鳴る。 雪那は、まだ温かいキュウゾウの体の上に自分の体を乗せた。 清冽な冷気がふたりを包む。 この戦場から、彼を守りたかった。 「キュウゾウを村へ帰す。 彼が望んでいた。 俺にできることは、それだけだから」 天井が落ち、あちらこちらで爆発が起きる。 「馬鹿!こっちへ来い!」 堵隠命が、雪那に向かって手を伸ばす。 その手の向こうに何があるというのだろう、と雪那は思う。 また同じ時の繰り返しだ。 満月の夜に孤独を思い知らされて、心魅かれた人は自分を拒絶し彼等の死を見送る。 「失うだけなんて、もう嫌なんだ」 堵隠命は、愕然とした。 冷静な彼の態度に安心していた。 辛いことも彼なりに乗り越えているのだと、勝手に思っていた。 もうぎりぎりの状態だったのだと、気づいてやれなかった。 大きな爆発が起こった。 船が大きく揺れる。 「雪那―っ!?」 雪那とキュウゾウの姿が消えた。 堵隠命は風に乗って、都を後にした。 「馬鹿野郎。 俺だって、おまえを失ったらひとりぼっちじゃないか。 全然、俺のこと、見てはくれないのだな」 「村で待つ」 それがカンベエの口から聞いた、キュウゾウの最期の言葉だった。 「お探しするべ」 神無村の青年、リキチが立ち上がって、皆に言った。 村人達が総出で、沈んだ都の瓦礫の中に、キュウゾウの姿を求めた。 「キュウゾウ、迎えが来たよ」 瓦礫の中で、キュウゾウをその冷気で包み込んでいる雪那が、 そっとキュウゾウに言った。 呼吸は乱れ、目には力がない。 やがて村人達が、キュウゾウを見つけて集まって来た。 「こんなに綺麗に・・・」 「まるで、眠っておられるようだ」 人々の間から、感嘆の声が上がる。 キュウゾウを抱きしめている雪那の姿は、誰にも見えない。 「さようなら、救えなかった命」 雪那がふわりとキュウゾウの唇に、口付けをした。 その時リキチは、ひとひらの雪がキュウゾウの唇の上に舞い降りたのを見た。 冷たい彼の唇の上で、それは融けることなく彼に口付けていた。 キュウゾウから体を離した雪那が、空に上っていく。 名残惜しそうに、彼に向かって手を差し伸べている。 今にも消えそうになっている雪那に向かって、風が来ていた。 雪道を、カンベエは四人のサムライが眠っている丘へと向かっていた。 深い雪は村からすっかり色彩を奪い、白い単調な色でくるんでいた。 丘を登り切ると、先客がいた。 黒い髪の青年が、キュウゾウの墓の前に立っていた。 キュウゾウの知り合いだろうかと訝(いぶか)しんでいると、 その青年が墓に交差して刺してある二振りの刀に手をかけた。 すわ、刀泥棒かと、カンベエが青年に向かって駆け出した。 「おぬし、その刀をどうするか」 青年はキュウゾウの二振りの刀を手にした。 そして何のためらいもなく、カンベエに向かって突進してくる。 青年の方角から、吹雪が起こり、カンベエを襲う。 視界が遮られたが、青年の気配を感じて刀を抜こうとした。 だが、その鍔(つば)は一方の刀によって押さえられ刀を抜けず、 もう一方の刀はカンベエの喉元に突きつけられた。 青年の姿が、冷気を含んだ寂しい目が印象的な妖しいものに変わっていた。 長い白い髪が、吹雪の中に舞っていた。 「なぜ、約束を果たしてやらなかった?」 そう問う青年の声は、心臓が凍るかと思うほど冷たいものだった。 「キュウゾウのことか?」 カンベエは、青年に逆に尋ねた。 「貴様が天空(そら)へ連れて行き、むざむざと殺してしまった」 青年の言葉が、カンベエの胸をえぐってくる。 あの戦で、自分も死ぬだろうと思っていた。 すぐに冥府でキュウゾウに追いついてそこで決着をつけようと、 御伽話(おとぎばなし)のようなことを考えていたのだ。 だが、自分は生き残り、キュウゾウとの約束だけが残った。 「儂を討てと、望んだか・・・キュウゾウが」 喉元に突きつけられたキュウゾウの刀が、震える。 青年の目は殺気をまとっているが、悲しみの方が大きいと、 カンベエは刀よりもそちらが気になった。 このような物の怪さえも惹きつけていたキュウゾウを、 カンベエは今更ながら面白い男だったと思う。 そして、もっと長い時を一緒に過ごしてみたかった、と。 ふっと刀が、二つとも外された。機を逃さずカンベエは、刀を抜いた。 青年の姿は目の前から消え、吹雪も止んだ。 そしてキュウゾウの刀は、元通りに墓に突きたててあった。 近づいてみると、刀はかたく凍りついていた。 「カンベエ、貴様は生きろ」 風に乗って、先ほどの青年の声が聞こえる。 それはもう、ぞっとするような冷たさではなかった。 「この時代に、あがいて生きてゆけ」 はかなく空へと消えて行く声。 「それが、キュウゾウの願いだ・・・」 あれはキュウゾウの使いだったのかと、カンベエは空を見上げた。 どんよりと曇った空を削ったような雪が、舞い降りて来た。 (終) ☆ あとがき 雪那と堵隠命は、赤ばっと様のHP「恋人はスナイパー迷(フリーク)」に載せて頂いた 「御伽噺・鬼神編」で登場したSKIPのオリジナルキャラです。 妄想が暴走しまくりで、すみませんでした。 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。 ※ 謡曲「紅葉狩」 観世音小次郎信光 作 参考文献 新潮日本古典集成「謡曲集」