深雪(みゆき・後編) −マンゾウ・シノ親子とキュウゾウー

村に雪が来る頃、再びキュウゾウに会いたいものだとマンゾウは願った。 真っ白な雪に包まれた村を見て、彼は驚くだろうか。 「きっと、顔には出さねえな」  キュウゾウのぶすっとした顔を思い出して、マンゾウは笑った。 白い綿雪が金色の髪に冷たく絡みつくのを、 彼はやはり無表情で手で払うのだろうか。 だが初雪の前に、今度は天主が神無村を襲撃して来た。 カツシロウが駆けつけてくれたものの、他のサムライの姿は見えない。 「あのう、カツシロウ様、キュウゾウ様は後から来てくれるだか?」  マンゾウが尋ねると、 「キュウゾウ殿の行方は知らぬ。 だが、今頃は先生を斬っているかもしれんな」  そう言って、カツシロウは皮肉な笑みを浮かべた。  キュウゾウはカンベエと刀での決着をつけるためだけに、 野伏せりとの戦に参加したのだとカツシロウは教えてくれた。 カンベエの仕事を早く終わらせるために、手を貸しているにすぎない、と。 だが、マンゾウは首を捻る。 果たしてそれだけで、命をかけて村を護ってくれるだろうか。  もしかしたらキュウゾウ自身、自覚のないままに矛盾を抱えているのか。 それとも、周りの人間が彼を誤解しているのか。  いよいよ大きな天守閣戦艦の都が、姿を現す。 だがその時、雲霞の如く押し寄せる野伏せり達の向こう側に、 物見役のモスケが何かを発見した。 「おサムレエ様達が、戻って来ただあ!」  マンゾウはモスケを捕まえて、もつれる舌で訊いた。 「キ、キュウゾウ様も来てくれただか?」  モスケはにやりと笑った。 「紅い衣が、蝶のように舞っとるぞ。そのたんびに野伏せりが」  モスケは、マンゾウの目の前に拳を突き出した。 「ボーン!と爆発しておるわ」  パッと拳を開いて見せた。 マンゾウはガハハと笑った。 皆もつられて、大きな声で笑った。 「オラ達も、踏ん張らねば!」  男達が武器を担いだ。女達も隠し倉を出た。 シノも父親の横で、武器を取った。 マンゾウはもう娘に向かって、隠れていろとは言わなかった。 「オラ達は単純だ、キュウゾウ様。 あんたがどんな考えで、この戦に駆けつけてくれたのかはわがんねえ。 ただ、あんたも自分が護りたいもののために 戦っているんだったら、オラは嬉しい」  マンゾウは終始、真正面から敵を睨んでいた。 油まみれになって爆発炎上する彼等の末路を見届けた。  そして都が沈んだ。  武器を捨てた農民達は、サムライ達を迎えようと広場に集まって来る。 皆の顔は、戦火で真っ黒になっていた。  あんなに大きな戦艦が落ちたのだ。 サムライ達は無事だろうか。 「シノ、キュウゾウ様に、おめえを嫁に貰ってもらうだ」  マンゾウが珍しく軽口を叩いた。 そうやって不安を打ち消そうとした。 シノも笑って、父親の気持ちに応える。 「ええ?だって、お父う、 サムライの嫁にだけはなっちゃいけねえって、怒ったでねえか」 「キュウゾウ様には、それは言っちゃなんねえぞ」  親子の会話に、村人達がどっと笑った。  皆、その冗談にすがりつきたかったのだと、シノは今でも思い出す。 胸が苦しくなる程、その戦の後は静かだったから。 笑っていないと、村ごとその暗い静寂の中へ落ちて行くようで怖かった。  村に帰って来たサムライは カンベエ、シチロージ、カツシロウの三人だけだった。 彼等はぽつりぽつりと、ヘイハチとキクチヨの最期を語った。 「カンベエ様、キュウゾウ様は、どのように?」  マンゾウが思い切って、カンベエに尋ねた。 横からシノが、無理に明るく口を挟む。 「あのお方は、ああ見えて恥ずかしがり屋だぁ。 村には寄らずに旅に出ただ。なあ、カンベエ様」 「いや。奴は『村で待つ』と言った。 魂は、村(ここ)に帰って来ているであろう」  カンベエが暗い表情で目を閉じた時、カツシロウが崩れた。 「キュウゾウ殿は、私が・・・私が、殺しました。 私がこの手で、キュウゾウ殿を!」  村人達はきょとんとした。  マンゾウが、カツシロウの前に回った。 「わがんねえ。あんたが何さ、言ってるのか」  後ろから、カンベエが声をかけた。 「戦場では、何があっても不思議ではない。 味方の流れ弾に当たることもある」  村人達が息を呑む。  マンゾウがギロリと目を剥いた。 「おサムレエ様が、鉄砲を使っただか?」 「儂を助けるためだった」  カンベエの声は、あくまでも冷静だ。 それが余計に、マンゾウを苛々させる。 「キュウゾウ殿も、先生を助けに。 だが、私の位置からはキュウゾウ殿の姿が見えなくて」  カツシロウの言っていることは、 見苦しい言い訳にしかマンゾウには聞こえなかった。 マンゾウはカツシロウの肩に手を置いて、強く揺さぶった。 「キュウゾウ様は戦場で、いっつも誰かを助けていただ。 あの人は、自分のことよりも人のことをかばっていただ。 それだのに、何であんた等は、キュウゾウ様を助けてやらなんだ!」  そんな理屈がサムライにとって何の意味もないことぐらい、 マンゾウは彼等と接して来てわかっているはずだった。  農民達は慌てて、マンゾウをカツシロウから引き剥がした。 「騒ぐな、マンゾウ」 「うんにゃ、オラは農民だ。 サムレエみてえに、冷(つべ)てえ顔はしていられねえ。 悲しい時には泣くだ。悔しい時には、悔しい時は・・・あああ!」  マンゾウは怒りをぶつけるかのように、長く吠えた。 「あれはいけなかったな」  マンゾウが、過去の自分に向かって呟く。 「あれじゃあ、生き残ったおサムレエ様達を責めちまったようなもんだ。 キュウゾウ様は呆れただろうに。 オラはいっつも、おサムレエ様達を困らせてばっかだった」  シノは、だが嬉しかった。 いつも自分のことだけで精一杯の父が、 あの時、感情を露にして人のために怒ったのだ。  シノはそっと、病に疲れた父親の背中をさすった。 それでもやはり、戦が終わった日のことを思い出すと辛い。  シノは取り乱しているマンゾウを村人に頼むと、すっとカンベエの前に立った。 そして上着を脱ぐと、膝をついた。 脱いだ上着を広げて、両手で捧げ持つ。 「カンベエ様、お疲れ様でごぜえました。刀を、こちらへ」  カンベエは黙って、右の手にあったキュウゾウの刀をシノに預けた。 「キュウゾウ様、お帰りなせえまし」  シノは、上着でそっと刀をくるんだ。 「お疲れ様で・・・ごぜえました」  シノの目から、ぽろぽろと涙が零れた。 村人達からも嗚咽が洩れる。  それから間もなく、神無村にその年、初めての雪が降った。 雨が夜のうちに雪になって、朝を迎える頃、 村は昨日までの冬枯れの景色をすっかりなくしていた。 家も田んぼも、戦で荒れた地も清い真っ白な雪に覆われていた。  マンゾウはシノを起こさないように、静かに家を出た。 昨夜ひとりで飲んでいた酒を抱えていた。  ギュッギュッと、歩く度に雪が鳴る。 足の下に新雪の軟らかさを感じる。  木の枝には、綿帽子を被ったように雪が積もっている。 それが花嫁を想像させて、マンゾウはほのぼのとしてしまう。 いつかシノもこのような汚れのない姿で、嫁に行くのだろうか。  坂を上って四人のサムライ達の墓にたどり着いた時、 マンゾウはうっすらと汗をかいていた。  休む間もなく、ひとりひとりに酒をかけて回る。 「ヘイハチ様は、握り飯の方がよかっただか? この酒も神無村の米でできとるだで、うめえだよ」  刀の柄のてるてる坊主が、笑っているような気がした。 「キクチヨ様には、足りなかっただな。勘弁してくだっせえ。 来年はもっとたんと、仕込みますで」  機械のサムライが、巨体を揺らして笑っている。 「ゴロベエ様、飲み過ぎねえでくだせえまし。 まあ、今日は無礼講でええか」  ゴロベエが目尻を下げて、微笑んだ。  マンゾウは改めて、丘の上から村を見渡した。 すっぽりと雪に埋もれているその様子を見ていると、 世界から取り残されたような気がする。 「つまんねえ村だぁ」  土地にかじりついて、一生を米作りに費やす。 その間に子供を産み育て、老いて死んで行く。 それを先祖代々、ずっと繰り返して行くのだ。  マンゾウは再び、四人のサムライに向き合う。 「でもな、オラ、この村が大好きなんだわ。 護ってくだすって、ありがとう」  マンゾウは、サムライ達にぺこりと頭を下げた。  キュウゾウの墓に交差させて刺してある、二振りの刀を見る。 未だ殺気に震えているようだ。 「キュウゾウ様・・・」  村には何度も雪が降るのに、それを見ることもなく逝ってしまった。 不憫でならなかった。 「雪が来ただよ。キュウゾウ様、待ってたのにな。 雪は冷(つべ)たいべ。びっくりしただか」  マンゾウはそう言って、キュウゾウの墓の雪を払った。 「マンゾウ・・・」  ふと名を呼ばれて振り返ると、カンベエが立っていた。 「雪のこと、話したのはお主であったか」  マンゾウはカンベエから、キュウゾウが村の雪のことを語っていたと聞いた。 「カンベエ、知っているか。この村には、雪が降るのだそうだ。 真っ白な雪が、山も谷も田んぼも全て包み込んでしまうのだそうだ。 お主、想像できるか」  声が少し弾んでいたそうだ。 「それで、お約束を?」  マンゾウが尋ねた。 「いや・・・」  カンベエの顔を盗み見ると、切なそうだった。 「一緒に雪を見ようと、約束したわけではないのだが」   そう言い訳して、カンベエは笑った。やはり寂しい笑顔だった。 (ああ、そうだ。この二人が約束したことは、ただひとつ)  穏やかに雪の話をしながらも、キュウゾウとカンベエは 刀を抜いて決着をつけたのだろうか。  はらりとマンゾウの顔を雪がかすめた。 見上げると、また雪が降って来た。  マンゾウは以前、キュウゾウの前でそうしたように、掌を広げた。 雪が舞い落ち来ては、すうっと消えて行った。  キュウゾウの命のようで、辛くなる。 優しく掌を閉じて、それを包み込んだ。  カンベエは?と見て、マンゾウはどきりとした。  あの日のキュウゾウのように、空を見上げていた。 顔に降りかかる雪を払いもせず、 カンベエはじっと思いを馳せているようだった。  彼の顔の熱で融けた雪が、水の玉を作っては流れて行く。 幾筋も幾筋も・・・。マンゾウにはそれが涙に見えた。  神無村に春が来た。 雲雀(ひばり)が空高く舞い上がる頃、カツシロウは旅立った。 田植えが始まると、カンベエとシチロージも去った。 その後三人の姿を、再び村で見かけることはなかった。 「カンベエ様と何か、約束をしただか?」  シノが顔を上げて、マンゾウに尋ねた。 「うんにゃ、してねえ。オラが勝手にな。 その年の初めての雪さ降ったら、カンベエ様の代わりに 墓参りに行って、キュウゾウ様と話すだ。 もっともあの人は、あの通りなーんも話してくれねえが、な」  マンゾウは笑いながら、体を横たえた。シノが布団をかけてやる。 「話し疲れたべ。昼飯ができるまで、眠ったらええ」  台所に立ったシノの後ろ姿に、マンゾウはまた笑った。 「やっぱり、サムレエの嫁にしなくて、よがった」  目を閉じると、徐々に闇がマンゾウを包んで行く。  気がつくとマンゾウは、広大な雪原に立っていた。 誰かに名を呼ばれたような気がして、そちらの方へ歩いて行く。  すると雪の中に、紅いサムライの後ろ姿が見えた。 金色の髪が、雪明かりに輝いている。  彼がゆっくりと振り返って、マンゾウを見た。 強く紅く光る瞳に、マンゾウは魅入られて行く。 「キュウゾウ様・・・あんたはいつまでも若くて、綺麗だな・・・」  キュウゾウの口が微かに動く。    布団の中で眠っているマンゾウが、微笑んだ。  表で遊んでいた子供達も、村の寄り合いに行っていた夫も帰って来た。 「お父う、起きれるか?皆帰って来たから、飯にすべえ」  台所で食器を揃えながら、シノは父親に声をかけた。 返事はない。 「お父うは、後にするべか。起こすのはかわいそうだな」  ドサッと、庭の木から雪が落ちる音がした。 シノはハッとして手を止めた。 「お父う・・・」  もう一度、マンゾウに声をかけてみる。 やはり、返事はない。シノは恐る恐る父を見た。  奥の部屋で子供達と夫が濡れた着物を着替えているのだが、 その騒々しい声もシノには聞こえなくなった。  ふらふらと、眠っている父の側へ行った。 その穏やかな寝顔に不安になる。 「お父う?」  震える手で、マンゾウの額に触れた。 「え?お父う・・・氷みてえでねえか」  シノは驚いて、父親を揺さぶった。 「お父う!駄目だ!行っちゃ駄目だあ!」  その尋常ではない様子に、夫も子供も駆けつけて来た。  神無村に今年初めての雪が降った日、マンゾウは逝った。                   (終) ☆ あとがき 最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。   お疲れ様でした。      26話で神無村に降っていた雪がとても綺麗だったので、 あの雪を見ずにキュウゾウ殿が逝ってしまったのが切なくて、 この物語ができました。  雪の中のお墓のシーンも、悲しいですね。  次回、キュウゾウ殿と絡むのはリキチさんです。   ☆ こちらの作品にはコメントを二人の方からいただきました。  お一方は、管理人へのコメントでしたので  ここでは公開致しません。  いつも読んでくださっているので、恐縮しております。  SKIPの返信のみ載せておきます。 ありがとうございます お忙しいところ、読んでいただいてありがとうございました。 今回、一番切なく描けたかな(勝手にですが) と思えた部分を気に入っていただけて、とても嬉しいです。 これからも、よろしくお願い致します。 | 2006-02-27 | ティッシュなしにはおれません!(luna様より) いつもいつも、素敵な話を読ませていただき、 ありがとうございます。 今回も、最初から最後まで、 ティッシュなしには読めませんでした。 これからも、切なくも美しい (それ以外でも、もちろん歓迎ですが) 小説を読ませてください。 | 2006-02-27 | こちらこそ、ありがとうございます(SKIP) lunaさん、いつも読んでいただいて、 こちらこそありがとうございます。 コメントもありがとうございます。 何よりも励みになります。 これからも、頑張って新作をUPしていきたいと 思いますので、よろしくお願い致します。 | 2006-02-27 |