乱れ髪22〜28
−銀色の髪を持つ二人の男−
※ 銀時×土方の表現がありますので、 苦手な方はお気をつけください。 22 銀時のまわりの空気が、しんと静まった。 伊庭が動いたのはわかったが、木刀が見えない。 と、いきなりあらゆる方向から攻撃を受けた。 相手は、伊庭一人だというのに・・・。 なるほど、体はひとつなのに八つの頭がある、 八岐大蛇とはよく言ったものである。 銀時は、防戦一方になってしまう。 銀色の髪が舞い、銀時を襲う。 最後に強烈な一発を食らって、銀時は 雪の積もる庭へと叩き出されてしまう。 木刀にすがって立とうとして、げほっと血を吐く。 真っ白な雪に広がる、真っ赤な血。 銀時はそれを、他人事のように見ていた。 その目の前に、すっと突きつけられる木刀。 顔を上げると、土方に微笑んでいた同一人物とは 思えないほど、酷薄な表情で伊庭が銀時を見下ろしていた。 「あんたを負かしたら、トシさんは返さなくていいんだな」 伊庭が、部屋の中にいる土方を見る。 「もっとも、最初から返す気はなかったけど」 「伊庭?」 土方が、不審そうに伊庭を見詰める。 「ごめん、トシさん、騙したみたいで。 縛られてくれよ」 伊庭は銀時に突きつけた木刀を左手一本で 持つと、機械の右手を、土方の方へかざす。 「俺の右手に」 銀時が、その右手に木刀を向ける。 「それじゃ、ますます、負けるわけにはいかねェな」 「てめェは、沈んでろ!」 木刀を銀時に向かって振り下ろす、伊庭。 銀時は、雪の中を転がってかわす。 伊庭が追う。 だが、その木刀はなかなか銀時を、捕らえることはできない。 庭の木の根元で止まる、銀時。 伊庭がここぞとばかりに、木刀を振り上げる。 銀時が、強く後ろの木を蹴る。 その枝葉に雪をためていた木が、大きく揺れて雪を落とす。 刹那、銀時の姿が見えなくなる。 木を蹴って跳躍した銀時が、 雪の間から伊庭目がけて突きを入れる。 それは、胸の皿を狙っていた。 避けた伊庭だったが、銀時の木刀は彼の機械の右腕を打ち砕いた。 木刀が吹っ飛ぶ。 伊庭自身もその反動で弾き飛ばされ、雪の地面に叩きつけられた。 仰向けになって、皿の無事を確認する。 「万事屋さんよ、皿はまだ割れてないぜ」 「てめェ・・・それほどまでに」 銀時は驚いて目を見開いたが、ゆっくりと伊庭に近づいて行く。 立ち上がれない伊庭の前に、銀時が立つ。 二人、睨み合う。 同じ髪の色、そして想う人も同じ・・・。 だからこそ、こういう決着のつけ方しかなかった。 銀時が、皿に向かって木刀を振り下ろす。 伊庭が観念したかのように、目を閉じる。 ガキッ! だがその木刀は、止められてしまう。 「なっ!?」 銀時と、音で目を開いた伊庭が、同時に声を発した。 銀時の木刀を止めたのは、伊庭に渡した木刀だ。 そしてその木刀を握って、銀時を阻んだのは・・・。 「土方・・・」 銀時はぼう然として、その主の名を呼んだ。 23 吹っ飛んだ伊庭の木刀を拾って、彼をかばったのは土方だった。 幕府から支給された冬用の黒のロングコートを、 寝巻きの上に着ている。 裸足のまま雪の積もった地面に膝をつき、 伊庭の前に出て銀時の木刀から彼を護った。 「入国管理局副局長、土方十四郎が、 局長の代わりにお相手致します」 「トシさん・・・」 伊庭が左手を伸ばし、土方のコートを掴む。 その手に、自分の手を重ねる土方。 「何で?」 信じられない、といったように銀時が訊ねる。 「おまえが副長といったら、真選組じゃねェのか? 忘れちまったのかよ!」 「俺は・・・伊庭が右腕を失くしたのは、 自分のせいだと思っている」 「トシさん、それは・・・」 土方が、伊庭の手を強く握る。 「そしてそン時、誓ったんだ。 俺はこいつのこと、一生護るって。 こいつの右手の代わりに刀を握って、護っていくのだと」 土方は振り向くと、伊庭の胸から小皿を抜く。 そして口にくわえた。 すっと立ち上がり、木刀を構える。 「わかった」 銀時は目を閉じる。 「それが、おまえの出した答えだというのならば」 再び目を開けた時、銀時の瞳に迷いはなかった。 「俺は、それを受け止める」 二人の間に、静かに雪が降る。 最初に動いたのは、土方だった。 銀時に、突っ込んでいく。 二本の木刀が、激しく重なる。 火花が出ようか、というほどだ。 土方をなぎ払う、銀時。 コートの裾を翻しながら、土方が銀時に迫る。 長く黒いコートに翻弄されて、銀時は土方の姿を見失ってしまう。 コートの陰から繰り出される木刀に、必死で応戦する。 銀時は体を沈めて、土方の足を狙って木刀を突き出す。 その木刀を蹴って、土方が宙を舞う。 一回転して真っ直ぐ、銀時に向かって落ちて来る。 木刀は、コートの中に隠して。 銀時もさっと木刀を、雪の中に隠してしまう。 二人の体が重なるか、というところで互いに木刀を向ける。 雷鳴のような音がして、二人の体が左右に弾け飛んだ。 すぐに地面を蹴って、走り寄って行く二人。 交叉した木刀が、それぞれの皿を狙う。 (銀時の皿を割れば、俺はもう戻れない) (土方の皿を、このまま割ってもいいのか。 あいつの意思を、確かめなくては) 迷いは二人の心の中に同時に生まれ、 皿を割ることをためらわせた。 木刀は皿を避け、二人の体を吹っ飛ばした。 二人共、傷だらけになっていた。 雪が衝撃を和らげたとはいえ、すぐには立てない。 土方も銀時も、のろのろと動く体を 叱咤しながら、何とか起き上がろうとする。 ようやく上半身を起こした土方、そして銀時。 「トシさん」 伊庭が自分を呼ぶ声に、土方が振り向いた。 24 パリンと、土方がくわえていた小皿が割れた。 伊庭が左手で、皿を割ったのだった。 土方は驚いて、固まってしまう。 銀時も驚いて、土方と伊庭を見詰めるだけだ。 「な・・・何で?」 土方がやっと、言葉を発する。 「それは、こっちの台詞(せりふ)だよ、トシさん。 何で、あんたが戦ってんのさ」 「それは・・・」 「万事屋の旦那と一緒に、帰んな」 「伊庭・・・」 「俺は負けたんだよ、このお人に。 トシさんを賭けてもさ、俺にはきっと取り戻せない、 あの日失ったあんたの笑顔は」 伊庭は乱れた土方の寝巻きの胸元を、きっちりと合わせてやる。 「嫌な目に遭わせて、すまなかった。 トシさんを苦しめるために、帰って来たんじゃないのに」 土方が、そんなことない、と首を左右に振る。 そんな幼い素振りに、伊庭は笑みを作り、 「俺が腕を失った時、俺を護るって言ってくれたよね」 と、確かめるように訊いた。 「今でもその気持ちは、変わらない」 「俺はそれだけで、満足しなくちゃいけなかったんだ。 トシさんの優しさを利用して、多くを求め過ぎてしまった」 「こんなモンが、優しさだろうか? 残酷だったんじゃ、ないだろうか」 うなだれてしまう、土方。 その頭に、白く雪が積もり始めていた。 「あーあ、トシさんまで、髪が白くなっちまって」 伊庭が笑いながら、左手で土方の頭の上の雪をはらってやる。 激しい感情が、伊庭の心にあふれてくる。 左手でしっかりと、土方を抱きしめる。 「トシさん・・・トシさん」 その狂おしいほどの感情をこめて、彼の名を呼び続けた。 もう彼には決して告げてはならない、やるせない思い・・・。 銀時は目のやり場に困って、うつむいて雪を蹴った。 しばらくして伊庭の声が聞こえなくなったかと思うと、 「万事屋さん」と自分を呼ぶ声がする。 顔を上げると、伊庭がこちらを見ていた。 「ありがとう、助けてくれて。 俺は一番大切な人を、踏みにじってしまうところだった」 「俺こそ」 「え?」 「礼を言いたい。 あんたは、間違っちゃいなかったよ」 銀時は、ぷいと伊庭から視線を外す。 「この国に、土方を置いていってくれて、ありがと、な」 銀時は照れ臭そうに、鼻の頭をかきながら土方をちらりと見た。 背中しか見えないが、伊庭の左手に優しく抱かれていた。 その小さな背中を見ながら、銀時は少しだけ微笑んだ。 25 帰るのは明日にしろ、と言ってくれた伊庭を断って、 傷の手当てだけして土方と銀時は伊庭の屋敷を出た。 なぜそんなに性急に伊庭の屋敷を 辞したかというと、雪が止んだからだ。 真夜中のこの時間ならば、誰にも侵されていない 真っさらな雪が二人だけのものだ。 そんな子供じみた考えが、土方の心を浮き立たせた。 なぜか、銀時もそう思っているのではないか、と確信していた。 積もったばかりの雪が、二人の足の下で きゅっきゅっと音をたてている。 道には、二人の足跡だけが並んで続いて行く。 土方は入国管理局の制服ではなく、私服である和装であった。 袂(たもと)から煙草を取り出したが、また戻してしまった。 「どうした?」 銀時が、一連の行動を見ていたらしい。 「いや、雪の上に灰を落とすのも、な」 「殊勝なことで」 ふっと表情を和らげてから、土方はずっと 気になっていたことを切り出した。 「おまえ、近藤さんに頼まれて来たのか?」 「違うよ」 と一言だけで返したが、足りないと思ったのか言葉をつけ足した。 「俺がさ、おまえが笑っているか 気になって・・・なんていうのは嘘だな」 「え?」 「ただ、会いたかった、おまえに。 顔を見たかったんだ」 と銀時が真剣な顔で言うから、土方は 彼から目をそらせなくなってしまう。 「なあんちゃって」 銀時が、はぐらかす。 「・・・バーカ」 町中の埃を雪がその身にからめとって、町の底へ沈め、 その上から綺麗な白いベールですっぽりと 町全体を包(くる)んでいるようだった。 自分達の住んでいる町を、こんなにも 美しいと思ったのは初めてであった。 街灯よりも明るく感じる雪明かりの中で、 土方と銀時は互いを見詰めた。 「おい、てめェ、その後ろに隠してるもんは何だ?」 「土方君こそ、目が凶悪になっているんですが」 その言葉が終わらないうちに、二人はぱっと 離れ、手に握った雪玉をぶつけ合った。 「あ!このヤロー!」 「てめェこそ、卑怯だぞ!」 罵り合いながら、夜中に雪合戦をしている大の男が二人。 「痛ェ!こっちは伊庭とてめェを相手にして、 満身創痍(まんしんそうい)なんだよ。 少しは、加減しろ!」 銀時が、外に置いてあったゴミ箱の 蓋で雪玉を防ぎながら、攻撃をする。 「甘い!ここは、既に戦場だぜ」 家の塀に身を隠しながら、連続攻撃を仕掛ける ために雪玉作りにいそしんでいる土方。 「でもさ、おまえ、剣の腕、上がったよな」 「あん?」 思いがけない銀時の言葉に、土方は手を止める。 「悪くなかったぜ、いや、むしろ楽しかったな、 おまえと剣を合わせるのは」 「それは・・・俺だって」 「はい、土方君、みーっけ!」 という、銀時のふざけた声が上からした。 驚いて上げた顔に、思い切り土方は雪の玉をぶつけられた。 「こ、こンの、詐欺師め!」 「策士って言ってくれるかな」 土方は後ろから雪の玉を投げながら、銀時を追う。 銀時の足が、急に止まる。 また何か策を弄(ろう)してくるかと、土方が身構える。 「はァい、終了ォ」 と銀時が振り返って言った。 「は?」 ほれ、と銀時は上を指差した。 「俺んちだよ。 万事屋銀ちゃん」 「あ。ああ、そっか」 と土方も、見上げた。 『万事屋銀ちゃん』という看板も、雪に覆われていた。 「じゃ、俺も帰るわ」 行こうとする土方の腕が、引っ張られる。 え?と見ると、銀時に掴まれていた。 「あのさ、よかったら、寄ってかねェ? 今夜、俺、独りなんだ」 26 銀時は土方の幸せな姿を見たら、やけ酒を どこか場末の店ででも飲むつもりだった。 伊庭と勝負になるならば、病院行きを覚悟していた。 だから、神楽は新八の家へ預けてあった。 「真選組に門限があるんなら、無理にとは言わねェけど」 何を弱気なことを、と心の中で自分に喝を入れる。 土方が銀時に、向き直る。 「別に・・・。門限も怖いお父さんもいないから、構わないぜ」 銀時が先に階段を上り、土方が続いた。 「滑りやすくなってっからな、気をつけろよ」 と、銀時が後ろを向いて土方に注意した途端、彼が足を滑らせた。 「言ってるそばから」 銀時は苦笑しながら、しっかり土方の体を抱き留めた。 初めてだった。 偶然とはいえ、彼をこんなふうに抱きしめたのは。 意識してしまうと、もう彼を離せなくなってしまった。 誰にも盗られないように。 「悪ィ」 謝りながら土方が体を離そうとするが、 銀時はますます強く抱きこんだ。 こんなにも、人とは温かい生き物だったのか。 「銀時・・・?」 戸惑いから自分の名を呼んでくる土方に、顔がほころんでしまう。 「嬉しい」 「ん?」 「今日二回目だ、俺の名を呼んでくれたの」 「そうか?」 「土方君、俺の名前、いつ知ったの?」 「いつって・・・」 「俺はね、初めて会った時、おまえの瞳の色を覚えた。 二回目会った時、おまえが護っているものを知った。 三回目に会った時、土方君の名前を知ったんだ」 「俺の・・・名を?」 「十四郎」 耳元でささやくように告げられた自分の名に、土方が体を震わせた。 「正解」 照れたような土方の声に、銀時は更に強く土方を抱きしめる。 驚いたことに、銀時は自分の背中に手が回されるのを感じた。 「十四郎?」 抱きしめるとまではいかない、おずおずと背中を なでているのは、間違いなく土方の手だった。 銀時が土方の黒い髪の中に、顔を埋める。 そして土方も同じように、銀色の髪の中に顔を埋めた。 互いの唇で、互いの髪をまさぐった。 この感触が、いとおしい。 「俺の髪の色を見ると、伊庭ちゃんを思い出す?」 「失礼な。伊庭はおまえと違って、死んだ魚の目はしていねェ」 「あれ?『のような』はどうしたの? 決まり?死んじゃってるんですか」 あはは、と土方が笑う。 銀時も彼の笑顔を見て、笑う。 「今日で何回目になったのかな、おまえに会ったのは。 今日は、おまえの笑顔も見れた」 馬鹿、と土方がそらす顔を、両手で捕らえる。 「それから」 と言うと、銀時は土方の顔に自分の顔を近づける。 彼の唇に、自分の唇を重ねた。 (おまえの唇の柔らかさを、知った) ひとつずつおまえのことを知るのが、嬉しい。 急がずに、一歩一歩、距離を縮めていくのがいい。 銀時は、口づけを深める。 (俺はまた、重い荷を背負ってしまったのかもしれないなあ) 護りきれないかもしれない。 だけど、俺は知ってしまったんだ。 こいつがいないと寂しくて、どうしようもなくなる自分の心を。 ふっと、唇に感触がなくなった。 「?」と見ると、土方が雪の中に顔を突っ込んでいる。 「ええーっ!?どうした?」 「お、おまえ、キス、長ェ・・・」 熱を冷やしている土方に、何度も「ごめん」と 謝りながら、銀時は大きな声で笑った。 久しぶりに。 27 伊庭は旅支度を整えて、先祖代々の墓で手を合わせていた。 しかし右の服の袖は、ひらひらと風に舞うばかりだ。 右手は銀時に砕かれてから、新しいものにしていなかった。 伊庭の道場の創設者、代々の当主、 そして父も母もここで眠っている。 「俺の右手、トシさんの長い髪、も」 ここに土方と二人で来た晩のことを、想い出す。 土方が長い髪を自分の目の前で切った後、 彼の短くなった髪が月の光の中で乱れていた。 その髪を、残された左手でなでた。 伊庭は、左手を見詰める。 あの時の手触りを、忘れたことはない。 後ろから、走って来る足音がした。 「伊庭!」 伊庭は、静かに振り返った。 土方が肩で息をしながら、立っていた。 「別の星へ行くって、本当か?」 切羽詰まった顔で、土方が訊いてくる。 「ああ。央国星のハタ皇子が、この間の仕事を気に入ってくれてね。 入国管理局全員を、ヘッドハンティングだな」 と笑って、答えた。 本当は、彼から逃げるのかもしれない。 この話を受けようと考えた時から、 自分を捉えていたもう一つの理由だった。 土方が伊庭の隣に並んで、墓に手を合わせた。 その姿を見て、自分の考えを否定する。 (いや、違うな。 俺は、この人の前で醜くなってしまう自分から逃げるんだ) 唇を噛んで、土方から目をそらす。 「バカ皇子相手じゃ、苦労するな」 土方が、屈託なく話しかけてきた。 「いや、ああいう手合いは、こつさえ 掴んでしまえば御(ぎょ)し易いのさ」 はは、と二人で笑った後、口をつぐむ。 郊外のこの小高い丘から見える町は、 雪が残っている所は白く融けた所は黒く、 と何とも中途半端なものになっていた。 このあたりは気温も低いので、 雪は春先まで残っているかもしれない。 落とし切れなかった雪は、墓石に凍りついていた。 「ごめん、な」 急に、土方が謝罪してくる。 「俺、伊庭とは行けない。 一生護るって、言ったのに」 その言葉に心がざわめかなかった、と言えば嘘になるだろう。 だが、刀を土方の首筋に突きつけた時は、 冷静だったと伊庭は思う。 「トシさんに護ってもらわなくったって、俺は大丈夫だ。 あんたのお荷物には、ならねェ」 さすがに、土方は刀の柄で伊庭の刃を止めていた。 「俺とトシさんは、対等だ。 右手をもう一度失って、ようやく気づいた」 伊庭が、刀を収める。 「どっちが護ったって、いいじゃないか。 護って、護られて・・・。 な、それでいいだろ? 俺達の間で、ややっこしいことは、ナシだぜ」 少々照れながら、土方に言った。 彼は真っ直ぐに、伊庭を見た。 「ああ」 とうなずいただけなのに、伊庭は一瞬、息が止まるかと思った。 人は幸せならば、その断片というものが、 ほろりとこぼれ落ちるものなのだろうか。 自分と一緒にいた時には、決して見られなかった。 今、彼がまとっているほのかな笑みが、とても美しい。 寒さにかじかんでいた気持ちが、温まっていく。 こんなにも違うものなのか、寄り添う人間によって。 そして、それは自分ではないのだ。 「伊庭」 と土方に、呼びかけられた。 「でもな、覚えておいてほしい。 おまえが苦しい時は、俺を呼んでくれ。 俺は必ず、助けに行く」 頼もしい友の言葉に、伊庭は力強くうなずいた。 「トシさんも、万事屋の旦那に冷たい 仕打ちをされたら、俺に連絡するんだぜ。 すっ飛んできて、今度は俺が勝負を挑んでやる」 「な、何の話だ」 赤くなる土方を、まぶしく見詰める伊庭だった。 28 遠い星へ旅立つ船を見送る場となっているターミナルの デッキで、土方は煙草をふかしながら空を見上げていた。 空は、先日の雪ですっかり洗われたように、青く澄みきっている。 先ほど船出した央国星へ向かう船は、もう小さくなって、 ほとんど肉眼では判別できないほどだ。 それでも土方は、もう少しあともう少し、と思いながら その場を立ち去れずに、船を見送っていた。 結局、何も答えは出ず、以前と同じように 伊庭は旅立ち、自分はここに残されたように思う。 (伊庭、おまえ、俺に気を遣ってこの国を出たんじゃないのか) 最後まで、訊けなかったことだった。 土方の心とは反対に、煙草の煙はのんびりと空へと消えていく。 「あいつ、行っちまったか?」 とぼけたようなその声に、 「ああ」 土方は、空を見詰めたまま答える。 声の主が、自分の隣に立つのがわかった。 「また、会えるさ」 「ふふん、妬けるねェ」 「だろ?」 と、土方が隣の男に笑いかけると、肩をすくめて銀時も笑った。 「伊庭ちゃん・・・何か言ってた?」 「ああ。おまえと別れたら、すぐ連絡しろって」 「え?それって」 銀時が、土方にすっと寄り添う。 「伊庭ちゃんに、認められたってことかな」 その甘えたもの言いに、くすぐったさを覚える土方。 「さあな。 俺としては、やっと動き出した、っていう 感じだけどな、時間(とき)が」 「俺は、随分、おまえに近づいたと思うよ、十四郎」 と言いながら両手を回して、土方を包む銀時。 「銀時」 「ん?」 「おまえは俺のこと、護ろうなんてするなよな」 銀時の手が、動揺したように震えた。 だが、出てきた言葉はいつものように、 ひょうひょうとしたものだった。 「ああ、そうだな。 でも土方君は、俺のこと護ってくれよ。 善良なる市民を護るのは、警察官のお仕事だからな」 土方がゆっくりと振り返る。 そうして、意識して極上の笑顔を浮かべた。 息を呑む、銀時。 「承知。 品行方正で、家賃もきちんと払い、従業員に給料を 支払う、善良なる市民ならば、護ってやるぜ」 ひとつひとつの言葉をわざと区切って、強調する。 「え?え? ハードル、高くねェ?」 「がんばれ」 そう言い残して、土方は銀時の腕を するりとくぐり抜けて、出口へ向かう。 さて、追いかけたものかと銀時がためらっている様子に、 土方は笑いを抑えながら彼を呼んだ。 「おい、早く来いよ。 ターミナルに、うまい店があるらしい」 ぱっと明るい顔になって、銀時は土方の方へ走って来る。 「おごってくれるの?」 「制服だからな。 俺がおまえにおごってもらったら、 賄賂(まいない)だと思われちまう」 今日の天気のように、二人の間にゆったりと時間が流れる。 そんな感触を、土方は楽しんでいるようだ。 もちろんもう一方、伊庭との間に流れる時間(とき)も、 確かに存在するのだと感じていた。 (終) ※あとがき 無駄に長くなってしまったかな、という感もありましたが、 皆様、おつきあいくださってありがとうございました。 お疲れ様でした。 銀さんと土方君は、ちょっと甘かったでしょうか。