乱れ髪8〜14
−銀色の髪を持つ二人の男−
※ 伊庭×土方の表現がありますので、 苦手な方はお気をつけください。 8 攘夷志士達を急襲し掃討した作戦が、天人達の間で高く評価され、 狼士組は正式に幕府の任を担うこととなった。 幾つかの組に分けられて、組織に組み込まれていく。 近藤を局長とした『真選組』と名づけられた隊は、 対テロ用特殊部隊として、警察庁長官に就任した松平の下に就いた。 伊庭は、やはり仲間を斬ったことが 問題となり、江戸での任務からは外された。 彼を長としたグループは、政府の実権を掌握した天道衆の故郷の星へ、 大使として赴任する人物の護衛につき、この国を離れることになった。 当然、土方は伊庭について行くつもりだった。 伊庭にも、そう告げた。 「馬鹿言っちゃ、いけない。 トシさんがいなくなったら、近藤さんは?真選組はどうなる?」 「近藤さんは、わかってくれる」 土方は、必死に伊庭に食い下がった。 彼は、渋々承知した。 出立の日、土方は近藤に書き置きを残して、真選組の仮の屯所を出た。 とある藩邸を、まだ改装中だが、屯所として使っているのだ。 近藤にも沖田にも、伊庭と行くことを言ってはいなかった。 阻止されるのが、怖かったからだ。 いや、何よりも、反対されて自分の心がぐらつくのが嫌だった。 朝の気配が微かに漂い始めた町の中を、ターミナルへと向かう。 まだ時間があるというのに、気が急(せ)く。 暗い道を、早足から駆け足へ変えて、急ぐ。 と、頭上をひときわ大きな船が、 宇宙(そら)へ向かって飛んで行く。 「伊庭!?まさか」 ターミナルで土方を待っていたのは、先ほどの大きな船で 伊庭達が旅立ってしまったという事実だった。 置き去りにされたということよりも、心も体も、 傷を負わせたまま彼を行かせてしまったことが悔やまれた。 そして、自分は彼の支えにはなれなかった・・・。 呆然と立ち尽くす土方のところへ、ターミナルの従業員が、 伊庭から預かったという手紙を持ってきた。 土方はゆっくりと、自分が走って来た道を見る。 もうすっかり日が上り、決して美しいとは いえない町並みが広がっていた。 重い足を引きずりながら、近藤と仲間達の元へと帰った。 玄関を開けると、近藤がいた。 「おう、トシ、お帰り。 俺も、ちょうど散歩に出るところだったんだ」 からからと笑って、近藤は土方の肩に手を置いた。 その手の冷たさが、服を通して伝わってくる。 (いつから、俺をここで待っていたんだろう) うつむいてしまう、土方。 きっと、近藤は自分の置き手紙を読んだに違いないのだ。 それでも知らん顔して、いつものように声をかけてくれた。 そして、中庭では、山崎がバドミントンの練習をしているのが見える。 他の隊士達も、木刀で素振りをしている。 沖田は、といえば、そこの柱の陰で おかしなアイマスクをして寝たふりをしている。 なのに、神経はこちらに集中しているのが、丸わかりだ。 いつから、こいつらはこんなに早起きになったんだ? 伊庭に、護られたのだと思う。 (伊庭は俺のこんな生活を護るために、俺をここへ置いて行ったのだ) どうして彼は、こんなにも完璧な優しさを、 自分にみせつけていくのだろう。 自分の中途半端な優しさなど、 木っ端微塵に打ち砕いてしまうほどに。 玄関の上がりがまちに足をかけた土方は、 そのまま前のめりに倒れていく。 近藤が支えようとしたが、それを振り切るように、 廊下につっぷしてしまう。 「四越(よつこし)デパートがまだ開いていなくてサ」 土方が小さな声で、訴える。 「そうか」 近藤は立ったまま、答える。 土方は、廊下に頬をすり寄せる。 木の廊下が、伊庭を追って熱くなっていた体を冷やしていく。 「帰って来ちまった」 くしゃりと、伊庭の手紙を握りしめた。 9 伊庭がいなくなった世界は、優しい色を失った。 土方は、真選組を強化することに没頭した。 どこからも、特に幕府や天人に、けちを つけられないよう、完璧な組織にしたかった。 気がつくと、『鬼の副長』などと呼ばれていた。 その鎧を身につけて、日々の任務をこなしていく。 この頃からだ、ヘビースモーカーになったのは。 天人の大使館が狙われる、爆破テロが続いた。 攘夷浪士の中でも過激派の中心人物である、 桂小太郎が動いているという情報を掴んだ。 監察を使い、ようよう、彼等の拠点を探り当てた。 ここが正念場とばかりに、重装備で踏み込む。 蜘蛛の子を散らしたように逃げる テロリスト達の中に、白銀の髪を見つけた。 土方の息が止まった。 「伊庭?」 大勢の人間の中、その髪の男しか目に入らなかった。 そんなわけがない、伊庭がテロリストの仲間だなんて。 「オイ」 と声をかけ、男に斬りかかった。 抜群の反射神経で、土方の一撃をかわした。 だが彼は、伊庭とは似ても似つかない、 死んだ魚のような目をしていた。 そんなことに、腹が立った。 それなのに、彼は体を張って爆弾を始末してしまった。 「てめーら、あんな真似、できるか?」 誰に問うこともなく、つぶやいていた。 近藤との因縁で、二度目にその男に出会った時、 もう伊庭の姿を重ねることはなかった。 彼を、彼自身として認識した。 誰でもない、『万事屋の坂田銀時』として。 こちらが本気で彼に斬りつけ、傷つけたというのに、 彼は土方の刀を折るだけに止(とど)めた。 「はァい、終了ォ」 と言った彼の語調も、どこか優しい。 「なぜ?情けをかけたのか?」 斬り合いを始めた時から、妙に彼が気遣いをしている感があった。 手心を加えられたと、憤る。 「そんなんじゃねェよ」 と、銀時が笑った。 「おまえが真選組を護ろうとしたように、 俺にも護るモンがあるんだよ。 俺の武士道(ルール)って、ヤツがさ」 別な時が、動き出した。 伊庭との間に流れていた時とは違った色を持って、 自分と銀時の間の時が流れ始めたことを、土方は感じた。 真選組の屯所に帰ると、土方は廊下につっぷして、頬をつけた。 「前にもこんなことが、ありましたねィ」 沖田が呆れて、言った。 銀時との斬り合いで持った熱を、冷ましていく。 時々、土方は、人の出会いというのは、 天が仕組んでいるのではないかと思う。 それからはことあるごとに、 銀時のルールっていうやつを見せつけられた。 そのたびに、おまえの生き様も見せてみろ、 と言われているような気がした。 銀時の前では、自分のまとった鎧など、崩れてしまいそうだった。 10 「あの日、俺がどんなにトシさんを、連れて行きたかったか」 伊庭が、再び土方をかき抱く。 土方は、はっと我に返った。 伊庭を前にして、銀時のことを考えていたことに狼狽する。 彼に、気がつかれなかっただろうか。 「だけど、あのまま、あんたを連れていっちまったら、 二人共駄目になるってわかってた」 あの日、ターミナルで渡された 伊庭の手紙と同じことを、彼は口にした。 「俺はトシさんに甘えて、わがままになっただろう。 そんな俺の隣で、あんたは罪の意識にさいなまれるんだ」 「それでも、よかったのに・・・」 土方がぽつんと漏らした言葉に、伊庭の腕に力がこもった。 「痛いよ、伊庭」 と、土方は伊庭の顔を見上げて、息を呑む。 こんなに苦しげな彼の表情を見るのは、初めてだった。 まるで・・・、そう、まるで自分の感情と 必死に闘っているようだった。 「毎日、後悔したんだ」 伊庭が、微かに笑う。 それは、土方に向けられたものではなく、 自嘲している、そんな笑顔だった。 「どうして、あの時のトシさんの一時(いっとき)の感情を 利用してでも、連れて来なかったんだろうって」 これが、伊庭の本音なのだろうか。 ならば、と土方もあの時の気持ちをぶつける。 「一時の感情じゃ、なかった」 「そう。じゃあ、今度こそ、俺のところへ来てくれる?」 「え?」 「迎えに来たんだよ」 もう、伊庭の顔からは迷いが消えていた。 「入国管理局の局長の椅子が、空いたって。 何でも、長谷川っていう男から、よく替わるらしいよ、局長が。 難しい部署なんだな。 だから、俺を手伝って欲しいんだ」 「俺は・・・真選組が」 「一度は、俺のために捨ててくれただろ」 「俺が・・・真選組を、離れる?」 土方の声が、揺れてしまう。 「わかった、トシさん」 伊庭が、にいっと、歯を見せて笑った。 「ごめんよ、意地の悪いことを言って。 助けが欲しいのは、本当だ。 でも、真選組だって、頭脳であるトシさんを失うのは痛手だろ。 研修っていう形で、少しの間、 入国管理局(うち)に来てくれないか? 近藤さんは、トシさん次第だって言ってた。 どうする?」 冗談だと言われて、ほっとした自分に、嫌悪感を抱いた土方だった。 これがあの時だったら、一も二もなく、彼のもとへと行っただろう。 だが、今は返事ができない。 この場所で生きることが、当たり前になっていたから。 困って、胸のポケットに手をやり、煙草を取り出す。 「トシさん、煙草を喫(の)むのかい?」 驚いた伊庭の顔。 ああ、そういえば、こいつは知らなかったんだな。 自分と伊庭の時が止まっていたことに、今更ながら気がついた。 11 伊庭は、傷ついていた。 戸惑うだろうが、土方は自分の申し出を 受け入れてくれると思っていた。 なのに、この間(ま)はなんだろう。 拒絶するというのか。 やはり、あの日、彼の手を 振り切ってしまったのは、間違いだったのか。 土方の黒い髪の中に顔を突っ込んで、 すっと滑らせ、耳を探し当てる。 そっと口を寄せる。 「忘れようとした、トシさんを」 「う・・・ん」 「見合いもして、身を固めようとした。 でも、できなかった。 女じゃ駄目なのかって、男の方も向いてみた」 寄せては返す波のように、伊庭は自分の感情に翻弄されていく。 「でも、違うんだ。 俺は、トシさんでなきゃ駄目なんだよ」 「伊庭、何のこと?」 「すまない、もう少しこのまま聞いてくれ。 あのさ、トシさん」 右腕と引き換えに、自分の本当の気持ちに気づいた。 言わずに、彼を手放してしまってから、 どのくらいの年数がたったろう。 「俺がトシさんに感じているのは、友情じゃないんだ」 「え?」 「どうして、こんなに好きになっちまったんだろう。 馬鹿だよね、トシさんを恨んだこともあった」 腕の中に土方を捕らえて、自分の気持ちを 彼にぶつけて追い込んでいく。 「家を借りた。 庭もついていて、小ぎれいな家だ。 ・・・一緒に、住んでほしい」 「それは・・・」 「断るって言うなら、俺はずるい手を使いたくなる。 この右腕のことを利用して、トシさんを 手に入れたいって、思ってしまう」 右腕だけに力をこめる。 彼に、この腕を失った時のことを、 思い出させようとするかのように。 機械の腕を通して、土方の体が震えたのを感じた。 「トシさん、ここから、あの日の続きをしよう。 あんた、失くした俺の右腕になってよ」 あの日止まった時が、動きだす。 12 「土方君・・・」 後ろからかけられた声に、土方は、振り返らなかった。 代わりに、伊庭がぱっと顔を上げて、声の主を見た。 先ほど、沖田が『万事屋の旦那』と呼んだ男だった。 「あんた、何で? ここは、部外者以外、立ち入り禁止だぜ」 伊庭が不愉快そうに、坂田銀時に言い放った。 こんな場面で、土方に声をかけてきたのが、気に入らない。 声をかけられて、土方が動揺しているのが、気に入らない。 何より、自分と同じ、銀色の髪を持っているのが、気に入らない。 だが、そんな伊庭の威嚇をものともせずに、 銀時は土方に問いかけてくる。 「何だよ、これ。 お妙と九兵衛の時と、同じじゃん。 おまえ、あいつらに、自分のこと、重ねてたのか」 「ああ、そうかもしれねェ」 やはり、振り返りもせずに、土方が答える。 彼が振り返らないのは、伊庭がしっかりと 抱き込んでいるせいばかりでは、ないようだった。 「だったら、答えはわかっているだろ」 銀時の声が、怒っている。 (俺の知らないことを、二人で話している) 伊庭の心の中に、嫉妬の火がともる。 「違う答えが」 土方が、ぽつんと言葉を投げ出す。 「え?」 銀時が、真っ直ぐに土方を見る。 「あいつらとは、違う答えがあるかもしれない」 「そう・・・なのか」 ため息混じりの言葉を残して、銀時はきびすを返す。 「あ、土方君」 顔だけこちらに振り向かせて、銀時が声をかけてくる。 「そいつも、銀髪だよね。 もしかして、俺を見るたびに、そいつのこと、思い出してた?」 土方は答えない。 銀時も、それ以上は何も言わずに去って行く。 彼の後ろ姿を見送ったのは、伊庭だけだった。 (あいつも、嫉妬している) どきどきしながら、土方に訊いてみる。 「彼とは、何か?」 「いや、何も」 何もないさ、と、土方が繰り返して言ったのが気になった。 13 沖田に、土方と伊庭の因縁を聞かされた後、 銀時の足は自然に、真選組の屯所に向かっていた。 「伊庭さんは、土方さんがずっと好きだったんでさァ。 だから、ためらいもなくあの人を護って、右腕を失った」 伊庭という男の情念の凄まじさを、銀時は感じた。 「土方さんが置き手紙を残して伊庭さんを追った時、俺達は てっきり土方さんもそうだと思ったんですがねィ、違ったようだ」 「どんな風に?」 「あの人は、純粋に、伊庭さんの右腕になろうとしたらしいです。 まァ、恋愛感情、抜きでね」 「そのことを、伊庭はわかっていたのかな?」 「さあね。 でも、確かなのはネ、伊庭さんがあの頃の気持ちのままだったら、 今度こそ、土方さんを連れていっちまうだろうってことでさァ」 旦那はそれでいいんですかィ?と、 沖田はにこりともせずに、訊いてきた。 銀時は、何で俺が?と笑って、逆に訊いてやったが、 自分の頬が引きつるのを感じた。 (それは、ないだろ。 こんなところで、試されるのかよ、俺が) 銀時は不愉快というよりも、不安になった。 だって、俺とおまえって、どういう関係よ? 何も、確かめ合っていない。 土方とどのくらいの距離をとればいいのかわからなくて、 喧嘩をして離れてみたり、真選組絡みの依頼を 引き受けて近づいてみたり・・・。 改めて振り返ると、彼に対して、随分滑稽な行動をしてきたと思う。 「なぜ?」 と自分に問う。 なぜ、土方、なのか?と。 真選組の屯所の玄関で、伊庭に抱きしめられている土方を目撃した。 銀時が声をかけても、こちらを見ようともしない。 (そうか、これがおまえが考えている、俺とおまえとの距離なんだな) そして銀時は自分のそれではない、伊庭の銀色の髪をまぶしく見た。 土方が銀時と顔を合わせる時、決まって戸惑いの表情を 見せていたのは、自分の銀色の髪に伊庭の姿を 重ねていたからなのかもしれない。 (俺を見ていたわけでは、ない。 俺を通して、あの男を見ていたのだ) そう思うと、たまらなく寂しかった。 土方が、伊庭と一緒に行くことを選んだとしても、 「俺には、止められない」 と、銀時は唇をかんだ。 14 まもなく、土方は研修という形で、入国管理局へ出向していった。 取りあえず研修の間だけ、真選組の屯所を出て、 伊庭の家に一緒に住むことにしたらしい。 その数日後の夜、妙から銀時に電話が入る。 「近藤(ゴリラ)がさ、荒れてンのよ。 どうにかしてくれない?万事屋さん」 真選組に連絡しろよ、と言おうと思ったが、 土方がいないことに気がついた。 舌打ちをする。 「仕方ないな」 近藤の気持ちも、わかる。 妙の働いている店へ行くと、近藤が テーブルの上でぐったりと伸びていた。 床には、大量の酒瓶が転がっている。 「おいおい、おまえが伸しちまったんじゃないだろうな」 「違うわよ」 と、妙はそっけなく言った後、 何かあったのか?と銀時に訊いてきた。 「女房役の副長さんが、留守してるからな、寂しいんだろうよ」 と、努めて明るく答えてやった。 「お妙さん!」 がばっと身を起こした近藤が、 電光石火の早業で、妙の両手を握りしめた。 妙はその倍のスピードで、近藤を殴り飛ばした。 「お妙さんは、良かったんですか?」 壁に体をめりこませたまま、近藤が尋ねる。 「柳生の小僧、いやお嬢さんと一緒にならなくて。 我々は、いらぬおせっかいをしたのでは?」 「今更、何言ってるの」 妙は、近藤の頭を掴むと、めりめりと壁にめりこませる。 「私がここにいるっていうことが、答えになっていると思うんだけど」 店から蹴り出された近藤を拾い上げて、 銀時は真選組の屯所へ向かう。 「なあ、あいつ、帰って来るんだろ。 このまま、帰って来ないなんて・・・ないよな?」 うう、と近藤がうめいた。 「伊庭は、いい奴だよ。 本当に、トシのことを想ってる」 「そんな奴は、どうでもいいんだよ」 銀時は、いらいらして怒鳴った。 「どうしたんだ?万事屋」 「大事なのは、土方の気持ちなんだよ」 「万事屋・・・」 「あいつ、今さ、笑っているのかな」 「そりゃあ・・・」 近藤の言葉は、そこで消えてしまった。 (つづく)