まやかし −カツシロウとキュウゾウ−

 その光景は、急に目の前に現れた。  カツシロウの目の前に立ち塞がっていた 天主(あまぬし)の近衛兵が、倒れたのだった。  全身に銃弾を浴びたキュウゾウが、放心したように立っている。 「キュウゾウ殿!」  カツシロウは叫ぼうとするが、声が出ない。  喉に手をやろうとすると、自分が銃を握っていることに気がつく。  慌てて銃を放り投げた。  崩れるように倒れていくキュウゾウ。  カツシロウはいつの間にか彼に馬乗りになって、 胸から銃弾を掴み出しては床に捨てていた。  金属音が大きく響く。  そのカツシロウの手を、倒れているキュウゾウがぐっと掴んだ。  みるみるうちにキュウゾウの手は 機械の手に、そして巨大化していく。  キュウゾウは巨大な機械のサムライ、野伏せり となってカツシロウに襲いかかって来る。  カツシロウは、腰の刀を抜いた。  先ほどまでの悲しみも後悔も、すっかり吹き飛んでいた。  次から次へと現れる野伏せり達を 斬って行く、その高揚感に全身が震えた。  最後の野伏せりを追い、斬りつけた。  振り返ったその野伏せりの顔は・・・。 「キュウゾウ殿!」  自分の発した声で、カツシロウは目を覚ました。  農家の納屋の軒下を借りて雨宿りをしていたのだが、 どうやら、立ったまま眠ってしまったらしい。  単調な雨の音が子守歌になったのか、ほんの わずかな間に眠りに落ち、昔の夢を見た。  カツシロウは手を見る。  銃の感触が、まだ残っているような気がする。  硬く荒れてしまった手は、刀のみを握ってきた。  高く結い上げていた長い髪も、肩の ところでばっさりと切ってしまった。  頬もそげて、精悍(せいかん)な顔つきになった。  しかし、目元に残る甘さが、いくぶん少年らしさを感じさせた。  まだ二十歳にも満たなかった。  カツシロウは笠を被り直すと、軒下を出た。  天主が死んで、覇権争いが商人(アキンド)達の間で起きている。  だが、彼らは利益にならない戦はしない。  戦は大きくなることもなく、小競り合いの規模でぽつぽつと 思い出したように、そちこちで起こるだけだった。  それでも、そんな時にはサムライが雇われるわけだから、 カツシロウも戦の匂いを嗅ぎつけては刀を振るっていた。    街に入ってすぐの所で、もめごとだろうか人だかりがしていた。  通り過ぎようとすると、「虹雅渓(こうがきょう)の キュウゾウ」という名が人々の口からこぼれている。  足を止めて、近くの者に尋ねてみた。  死んだと思われていたキュウゾウが、この街に現れた。 彼に因縁をつけてきた男と、これから果たし合いをするらしい。  興奮して喋る男に、そのキュウゾウは 本物なのか、とカツシロウは訊いた。  男は、姿形は噂通りだ、と答えた。 カツシロウは、人々の輪の中心へと向かう。 「これは、ひどい」  と思わず口に出してしまうほど、 キュウゾウの偽物はお粗末だった。  染料が落ちかかっている金色の髪は、 ところどころ黒くなっている。  紅い戦闘服は、何やら派手さばかりが目に立つし、背負った 二刀は、一本の鞘の上下に収まったあの独特のものではなかった。  二振りの刀を、交差させて背中に くくりつけてある、といった格好であった。  その男の目の鋭さは、剣の腕によるもの ではない、とカツシロウはがっかりする。  他人の名を騙(かた)って狡猾に 世の中を渡ってきた、濁った目の光だった。 「おぬし、本当にこのキュウゾウに、背中の刀を抜かせる気か?」  相手のサムライがひるむ。  人をたぶらかす人間というものは、カモに する人間の匂いを嗅ぎ分けられるらしい。 「どうだ、ここは金で収めてやっても良いぞ」  ううむ、と唸る相手。 「おぬしもまだ、刀を抜いてはいないのだ。 金で解決しても、恥にはならんだろう」  サムライが懐から薄っぺらな財布を取り出した 時には、野次馬達も呆れてばらけ始めていた。  偽キュウゾウも金を受け取ると、そそくさと街の出口へと急ぐ。  稼いだら、面倒なことにならないうちに街を出るのか。  カツシロウは、彼の後をつけていく。 「おぬし、俺に何か用か?」  偽キュウゾウが、苛々したように振り返った。 「街を出てから」  と、カツシロウが言うのに、ひどく怯えた様子を見せる。  街の中なら、まだ護られているような気がするのだろう。  一歩でも出れば、そこは無法地帯だ。 「別に、私はここでも構わんが」  カツシロウは男が動きそうにもないので、 カンベエから譲り受けた刀に手をかける。 「ああ、あんた、さっきの、見てたんだね」  男が卑屈に笑う。  カツシロウが自分のカモになるような 男ではない、と気がついているのだろう。  先ほどのサムライに対してのように、挑発をしてこない。  キョロキョロとせわしなく、目を動かしているだけだ。 「無駄だ。 私はおまえを逃(のが)す気はない」 「に、逃げやしないが」  男はばたっと、倒れるように膝をついた。  こちらが目をそむけたくなるぐらい、 浅ましく地面に額をこすりつける。 「申し訳ない! 俺は、虹雅渓のキュウゾウなどでは、ないのだ」 「そのようなこと、承知している」  へ?と間の抜けた声を発して、男は顔を上げた。 「じゃ、じゃあ、なんで? あっ!そうか、金!金だな」  男は懐から財布を取り出し、カツシロウの足下へ投げた。  彼が財布に目もくれないのを、男は不思議そうに見ている。  が、何か思い当たった様子で、恐る恐る訊いてくる。 「まさか、貴殿がキュウゾウ殿か?」 「違う」  かっと、頭に血が上る。 「私など、あの方の足下にも及ばない」  そう、亡くなった今では、永遠に、だ。  その言い方に、カツシロウがキュウゾウの知り合いだと 察したのであろう、男は再び地面に額をこすりつけた。 「頼む、見逃してくれ。 これからは絶対に、キュウゾウ殿の名を騙らぬ、と約束致します」  カツシロウは、刀から手を放した。  その気配を感じ取り、男は顔を上げる。 「かたじけない」 ぱんぱんと膝の埃を掃(はら)って立ち上がると、 にこにこしながらカツシロウに近寄って来る。  カツシロウは無表情で、男を斬り捨てた。  その場に転がった男は、匕首(あいくち)を握っていた。  油断させて、カツシロウを刺すつもりだったのだ。  男は、サムライですらなかった。  勝利を確信していたのか、顔には笑顔を張りつかせたままだった。 「カンベエ(先生)だったら、斬らなかっただろう」  自分にも、彼を殺さずに、この場を切り抜けられる器量はあった。  だが、斬った。  カンベエから譲り受けた刀ではなく、自分自身の刀で。  夜の闇が迫る街の外へと、カツシロウは足を踏み出した。  次の戦場へ、急がねばならない。  (終)