待ち焦がれて − クリスマスイブに −
クリスマスの前日、訪ねて来た客人に、真選組屯所に緊張感が走った。 「土方君、いますか?」 本人が不在だったので、局長である近藤勲が応対に出た。 「雪辱戦でも、仕掛けに来たのか」 近藤は不快感を隠さずに、その客、 北大路斎(きたおおじ いつき)に言い放った。 彼は、柳生四天王の一人だ。 先日の試合で、土方とやり合い撃沈した。 「いや」 と、北大路はこの男にしては珍しく、 表情を揺らして、近藤の言葉を否定する。 「今日はクリスマスイブだし、約束が・・・」 後は口の中でもごもごと言っていて、要領を得ない。 (こんなキャラだっただろうか) と近藤は訝(いぶか)しがりながらも、座敷に上げた。 それから、隊士達に土方の行方を尋ねる。 「見廻りでしょう」 という答えが、返って来る。 その時、屯所の電話がけたたましく鳴り響いた。 「土方副長から、緊急連絡です。 手の空いている者は、新宿の料亭Sに集合せよ。 バズーカ砲、及び市街地戦用自動小銃を、携行すること」 すわ、大捕り物か、と屯所内は騒然となった。 座敷の隅でふざけたアイマスクをつけて 昼寝をしている男に、近藤は声をかけた。 「おい、総悟、起きろ、仕事だぞ」 しかし、返って来るのは、わざとらしいいびきだけ。 「寝てるなら、しょうがないか」 「いいのか?」 と驚く北大路。 「あんたは、行かないのか?」 重ねて、近藤に訊いてみる。 「俺は客の相手を、しなくてはならんからな」 そう言って、近藤は北大路を指差した。 指された北大路は、苦笑いする。 孤軍奮闘する、土方の姿が浮かんだ。 隊士があらかた出払ってしまったので、 近藤自ら茶を淹れて運んで来た。 「で、本当のところ、今日はトシに何の用だ?」 沖田の大きないびきも、ぴたりと止んだ。 「あ・・・。で、出前を届けに」 「ほお。蕎麦屋にでも職を替えたか」 「・・・」 数時間後、攘夷浪士達を連行して隊士達が帰還した。 そのうちの一人を捕まえて、近藤が尋ねた。 「トシも帰って来たのか?」 「いえ。副長は逃げた浪士達を、追っています」 それは北大路のところまで聞こえ、彼は大きなため息をついた。 市中では何度も見かける真選組の副長さんには、 本拠である屯所では会うことができない、ということか。 こんなことなら街中(まちなか)で拉致すれば よかった、などと物騒なことを考えてしまう。 その後、一台、また一台と、パトカーが逮捕した浪士を連行して来る。 「あと一人、副長と山崎さんが追っています。 そいつ、ジャスタウェイを所持しているらしいんです」 まだ当分、帰ってきそうにない。 ため息が半分出たところで、北大路の携帯電話が鳴った。 「あ、もう、そんな時間ですか。 わかりました、準備してください」 北大路は電話を切ると、隊士達を労(ねぎら)っている近藤に、 土方への出前が届くので座敷を使わせて欲しい、と願い出た。 「そういえば、トシの奴、昼飯もまだだったな。 じゃあ、テーブルの上にでも置いといてくれ」 そんなやり取りがあって間もなく、大型バスやら トラックやらが数台、真選組の屯所に乗り込んで来た。 バスから降りて来たスタッフ達を、 北大路が会議用の広い座敷に案内する。 すぐに座敷の蛍光灯が、スタッフによってシャンデリアに交換された。 綺麗な白いテーブルが運び込まれ、その上にはやはり 真っ白な染みひとつないテーブルクロスがかけられた。 大きなクリスマスツリーが、でんと据えられる。 赤や青の豆電球がちゃかぽこと点滅し始め、 屯所内は、安穏としたクリスマスムードに包まれた。 トラックは荷台の部分がそのまま厨房になっているらしく、 コック達がその中で忙しそうに動いている。 屯所内に、いい匂いが漂い始めた。 それをただ呆然として見守る、近藤と隊士達。 いつの間に来たのか、沖田が近藤の横に立っていた。 「スゲーや、近藤さん。 盆と正月とクリスマスが、いっぺんに来たみてエだ」 「いや、これはクリスマスだけだろ。 北大路はトシへの出前だと、言っていたが」 そこへ原田隊長が携帯電話を手に、駆けて来る。 「局長、山崎からです」 「おう」と言って出ると、山崎の緊張した声が聞こえてきた。 「浪士が、民家に立てこもりました」 まずいな、と近藤もしかめっつらになる。 「今、副長が説得しています」 山崎の報告を聞いている近藤の横を、『マヨネーズ』 と大きく書かれた段ボールが通って行く。 「あ、山崎、こんな時になんだが、トシに、出前が届いているから なるべく早く戻って来い、と伝えてくれないか」 「出前?ですか、副長に」 すると、ぼそぼそと低い土方の声が聞こえてきた。 近くにいるらしい。 「土方スペシャルでも、とったっけかな? ま、いいや、そっちで適当に片づけてくれ」 「え?食っちまっていいのか?」 近藤が嬉しそうに返すが、次に 聞こえてきた山崎の焦った声に驚く。 「副長!何処へ行くんですか? 俺が援護に回るまで、待っててください、土方さーん! あれ?万事屋の旦那?」 そこで電話は切れた。 「本人の承諾済みだ。 ありがたくいただきやしょう」 沖田が、しれっとして言った。 テーブルの上には、料理が並び始めていた。 オードブルやローストターキーが、綺麗に皿に盛りつけられている。 シャンパンとピカピカに磨き上げられたグラスは、 シャンデリアの明かりに輝いている。 「貴様らに食わせるために、貯金をはたいたんじゃない!」 地の底から響いてくるような声に、 近藤も沖田も「ひっ!」となって振り返った。 北大路が、無表情のまま立っている。 いや、眼鏡の奥で光っている目は、恐ろしく不機嫌だ。 その時、近藤の腹が派手な音をたてて鳴った。 「一口でも食ったら」 北大路が眼鏡を人差し指で、くいっと上げる。 「殺すぞ」 静かに宣告する。 しかし、鳴り止まない近藤の腹。 「いや・・・、ほんとに・・・すみません」 近藤は、腹の代わりに謝った。 大きなクリスマスケーキが、座敷の真ん中に 慎重に置かれて、準備は全て整った。 ひとつひとつ確かめていく北大路の脳裏に、土方の言葉が蘇る。 「俺を釣りあげてーなら、極上料理(フルコース)に、 マヨネーズぶっかけてもってきな」 特大マヨネーズが、何本もテーブルの上に飾られている。 抜かりはない、と北大路は満足げにうなずく。 クリスマスイブのこの日に、土方と約束したわけではない。 電話一本入れておけばよかったか、と少し 後悔したが、その場で断られるのが怖かった。 「戻ったぞ」 玄関の方で、間違いない、土方の声がした。 遠巻きにして、北大路と料理を眺めていた 近藤や隊士達が、ほっとしたように玄関へと向かう。 北大路は、座敷から動かない。 「こいつをぶち込んでおけ!」 土方の機嫌の悪そうな声に、北大路はびくりとする。 あんなに待ち焦がれていたのに、もうすぐ 彼に会えるとなると、何やら居心地が悪い。 俺の顔を見て、怒りだしたらどうしよう。 料理が、口に合わなかったらどうしよう。 不安になる材料は、いくらでもあった。 「お邪魔しまーす」 何だ?この間延びした声は。 どこかで聞いたような・・・。 北大路の心の中に、黒い雲がぽつんと浮かんだ。 「あれ?万事屋の旦那」 沖田の言葉に、あの銀髪の侍、坂田銀時の顔を思い出す。 「俺のお陰で、事件は万事解決したよーん」 「勝手なこと、しやがって」 「何言ってんだ。 てめエ、いっぱいいっぱいだったじゃねえか」 喧嘩しながら土方と坂田が、こちらに向かって来る気配がする。 北大路は、座敷の入口の方へ顔を向けた。 (約束だ。 俺に、釣りあげられてくれよ) 「おまえさ、大丈夫か、足。 抱っこしてやるよ」 坂田の声が急に優しいものになって、北大路は不思議に思う。 じたばたと抵抗する音がしたが、どうやら 土方は、坂田に抱っこされたようだ。 「やめろ、誰かに見られたらどうすんだ」 と、とまどう土方の声は、怒ってはいない。 むしろ、甘えているような感じだ。 「銀時、何であんな所にいたんだ?」 「へへへ。 俺の股間のセンサーがさ、十四郎の危機を感じたんだよ」 「股間・・・って」 呆れたのか土方が、黙ってしまう。 坂田も黙っている。 (何だ、この間は?) 小首を傾げた北大路は、からりといきなり 開いた入口に目が釘づけになってしまう。 坂田が足で、座敷の戸を開けたのだ。 そして、彼の腕の中には、土方がお姫様抱っこ されていて・・・二人の口はくっついていて・・・。 (こ、これは・・・せ、せ、接吻!?) かーっと、北大路の顔が一気に熱くなる。 「あり?」 北大路の存在に気がついた坂田が、 土方から口を離して間の抜けた声を出した。 目をつぶって彼を受け入れていた土方が、その声に目を開ける。 「あっ!?て、てめエは!」 その時、座敷の中央に置かれた特大 ケーキが、派手な音をたてて割れた。 と言うよりも、中から破壊された、と言った方がいいだろうか。 「メリーぃ!クリスマースぅ! 恋人達の夜に、かんぱーい!」 という野太い声と共に現れたのは、ミニスカートの サンタクロースの衣装に身を包んだマドマーゼル西郷だった。 北大路は驚く。 猫耳をつけたブリッコキャラな女の子に、この役を頼んだはず。 彼女の言いなりに、高い金を払ったのに。 だが、今となってはどうでもいいことだった。 高らかに、マドマーゼル西郷がクリスマスソングを歌い始める。 お互いの状況に、固まりまくる男が三人。 ・・・明日はクリスマス。 (終)