Masquerade(マスカレード) − もも様リクエスト −
神無(カンナ)村を護るサムライに加えてもらえないことに怒り、 キクチヨが床にごろんとふて寝して、一応その場の話し合いに終止符が打たれた。 「では、参るか」 とカンベエがサムライ探しに出かけようとするのに、ゴロベエが問いかけてきた。 「時に、あの時のサムライは、いかがなされるおつもりかな?」 あの時のサムライ・・・彼は「キュウゾウ」と名乗っていた。 いきなりカンベエに、果たし合いを挑んできた若者である。 ゴロベエの話では、この虹雅渓(こうがきょう)の最高権力者であるアヤマロの御殿から 出て来たというから、明らかにこちらを抹殺しようとして現れたのだ。 それなのに、カンベエはキュウゾウとの戦いの中で、彼に声をかけた。 「村を救うために、力を貸してくれぬか」と。 カンベエ自身、そのような気持ちになったことに驚いたが、 彼を商人の用心棒に置いておくのは、もったいないと思った。 たぶん、彼は空へ行ったことがある。 空、つまり戦場(いくさば)に。 そこを揺さぶってやれば、おそらくこちらの手に落ちる。 キュウゾウは、戦場での血の高揚を忘れてはいない。 自分との一騎打ちでさえ、感情を高ぶらせていた、と カンベエはキュウゾウに斬りつけられた、右の首筋をなでた。 「もう一度、会えたら」 その様子をじっと見ていたゴロベエが、にやりと口角を上げた。 「カンベエ殿、それなら絶好の機会がある」 そんなゴロベエの言葉に、カツシロウもそちらをちらりと見た。 再び商人(アキンド)の用心棒どもと一戦を交えるというならば、 ぜひ自分も雪辱を晴らしたいと思った。 しかし、大人二人は顔を近づけて、何やらこそこそと密談を始めた。 最後にはにんまりと、目尻が垂れた妙な笑いを顔に張りつけていた。 カツシロウは、慌てて目をそらした。 「このちょい不良(ワル)おやじ達、何か企んでいる」 この二人、ちょいどころか、かなり不良である。 そして数日後、カンベエとゴロベエの企みは、 もう一人新たに仲間になった男ヘイハチを加えて、決行されたのであった。 都(ミヤコ)からの勅使を迎えて、虹雅渓の差配(さはい)アヤマロは浮かれていた。 今年も無事に御勅使殿(おんちょくしどの)を、この街の差配として自分が接待している。 つまり、自分に酔っていた。 今回は養子であるウキョウにも、何か勅使を喜ばせる余興をひとつ、任せた。 そうやって徐々に差配の仕事を彼に教え込んで、 いつかは楽隠居させてもらおうと考えていた。 まあ、ずっと後の話であるが・・・とアヤマロは頬を緩める。 ウキョウに任せたその余興が、今夜、この御殿の大広間で繰り広げられている。 仮装舞踏会である。 組主や商人達とその家族、家族ではないが親密な関係にある女達、男達、 それに癒しの里の妖艶な美男美女達が、 昼間以上に明るい大広間に、思い思いの装いで集まって来ていた。 その様子を階段の踊り場で見渡しているアヤマロは、会心の笑顔である。 このような催しに、大勢の客が集まるというのは、良いことだ。 権力の大きさを示している。 中世の西洋の女王のようないで立ちのアヤマロは、豪華でたっぷりとした衣装の中に、 首だけぴょこんとでているような面妖な格好で、左隣に立っているヒョーゴに尋ねる。 「はて?御勅使殿は、どちらに?」 「あちらに」 と指差すヒョーゴは、しどけない遊び女(め)の格好だ。 派手な女物の着物を着崩し、髪を簪(かんざし)一本でまとめているが、 まとまり切らずにこぼれている黒髪が艶めかしい。 いつものように眼鏡をかけて理知的なところが、今日の姿形とギャップがあって趣がある。 ヒョーゴが指し示した方向に、十二単の美女と談笑している甲冑姿の勅使がいた。 ご丁寧に、金ぴかの兜まで被っている。 十二単の美女は、ウキョウである。 おすべらかしにした長い髪が、艶やかに輝いている。 さて、とアヤマロはヒョーゴとは反対側、自身の右側に目をやった。 いつもの紅い戦闘服と、金色の髪が見えた。 「やれやれ、主人達がこんなに凝っているというのに、 キュウゾウはいつもの無粋な格好かえ?」 ため息をつくアヤマロに、 「御前、その者はキュウゾウではございません」 とヒョーゴが、笑いをこらえながら言ってきた。 「え!?」 とアヤマロがよくよく見ると、キュウゾウよりも背が低く少し太めだ。 金色の髪が不自然なのは、カツラだろうか。 そして何より、目が違った。 鋭さはなく、おどおどとしていた。 「このかむろ、キュウゾウに憧れているとか。 ちょうどいいので、この姿で用心棒代わりに、おそばに」 「では、キュウゾウは?」 「少々ごねまして。 そのうち、現れましょう」 「うむ」 とうなずいて、ちょっと楽しみな気分のアヤマロであった。 重い衣装を引きずりながら、やっと階段を下りたアヤマロは、 ウキョウと勅使が手に手を取って、ダンスをしている方へと向きを変えた。 と、その前に何やら怪しい一団が、立ち塞がった。 さすがに、ヒョーゴは反応が速い。 腰の後ろに差してあった刀を抜いて、アヤマロを背にかばって構えた。 キュウゾウもどきは背中の刀を抜こうとするが、慣れていないのでもたもたしている。 アヤマロ達の前に立ち塞がったのは、三人。 「今夜は、こちらから出張って来てやったぞ」 と偉そうに言ったのは、目に痛いくらいの真っ白な衣装に、同じく白いマントの男だ。 頭にはリボンの騎士のような派手な羽飾りがついた帽子、目元はマスクで隠している。 隠していても、その目は死人(しびと)のようだった。 その手には刀を持ち、ヒョーゴと対峙している。 その騎士の右隣には、ゴツい女がやはり刀を抜いて微笑んでいた。 分厚い、真っ赤な唇が怖い。 大きなイヤリングをじゃらりとぶら下げ、金色の豊かな髪が頭を大きく見せている。 胸もでかい。 真っ赤なドレスから、こぼれ落ちそうだ。 ドレスの端から覗く、ハイヒールもでかい。 その女の容姿と化粧の匂いで、ヒョーゴは頭がくらくらした。 三人目、騎士の左隣に立つ女の体つきは小さい。 オレンジがかった髪をきっちりと結い上げ、質素な簪で留めてある。 だが着物は黒地に、派手に夜叉の絵が描かれている。 片肌脱いではいるが、胸には堅くさらしが巻かれていた。 その禁欲的な姿が、妙にそそられる。 刀を向けてくる女に、思わず「姐御(あねご)」と呼びたくなる。 (こんなに怪しい奴等を、どうして表のかむろ衆は通してしまったのか) とヒョーゴは心の中で思う。 だが周りを見れば、自分の主人を筆頭に、彼等に負けず劣らず 怪しい格好の輩(やから)ばかりだということに気がつき、ため息がでる。 騎士が、キュウゾウもどきに刀を向ける。 「どうだキュウゾウ、儂(わし)のところへ来る気になったか?」 だが、彼はすぐにそれが、キュウゾウではないことに気がつく。 「おぬし、キュウゾウとは似ても似つかぬ・・・。 というか、見ていると腹がたってくる」 「貴様、先程から何を言っている?」 ヒョーゴは、この男に訊きたいことがたくさんあった。 (何だこいつ、キュウゾウキュウゾウって、馴れ馴れしい) 「おぬし、もしやキュウゾウを隠したのか? 儂に盗られまいとして」 騎士の刀が、今度はヒョーゴに向けられる。 「はあ?」 馬鹿馬鹿しくなる、ヒョーゴであった。 「監禁してあんなことや、こんなことで責めているとか?」 隣で姐御があおる。 「そ、そうなのか? 羨まし・・・いやいや、何ということを!」 騎士が嫉妬からか、刀を振り上げる。 「落ち着いて」 とゴツい女が、騎士の服の裾を引っ張った。 「俺はそんなこと、やっていない!」 「俺はそんなこと、されていない!」 同時に、否定の言葉が聞こえた。 「やっていない!」と叫んだのは、目の前にいるヒョーゴ。 「されていない!」という叫び声は、上から聞こえた。 一同、「えっ!?」と見上げると、一人の貴婦人が降ってきた。 彼女はヒョーゴと騎士の間に降り立つと、キッと強く騎士を睨んだ。 騎士には、その紅い瞳に見覚えがある。 「おぬし、キュウゾウか?」 そのうきうきとした騎士の言葉に、刀を突きつけられているにも拘わらず、 アヤマロは首を伸ばして、その貴婦人の顔を覗き込んだ。 髪は短いながらも軽くまとめあげられ、目立たない色のリボンで留められている。 照明に、金色の髪が星のようにキラキラと輝いている。 薄く施された化粧が、彼の品の良い顔を引き立てていた。 キリリときつい強気な目は、見る者を惹きつけるが、同時にはねつけてもいる。 (この男・・・マロも欲しいと思ったが、誰のものにもならないのだろうな) とアヤマロは惚(ほう)けて見ていた。 「そういうおぬしは、カンベエだな」 言うが早いか、キュウゾウは体にぴったりと合った質素なドレスを翻して キュウゾウもどきの背後へ回り、その背中にあった二刀を上から下から抜いた。 「ヒョーゴ、本物をこいつに持たせてどうする?」 「悪かった」 キュウゾウは右手の刀はカンベエに向け、左手の刀はヒョーゴに突きつけた。 「捜していて、遅くなった」 「愚痴は後で聞く。 敵はあっちだから」 ヒョーゴも、刀を構え直す。 この時になって、やっと警備のかむろ衆がやって来て、賊を取り囲んだ。 「キュウゾウ、追って来い!」 とカンベエが叫んだのと、姐御が懐から取り出した物を床に投げつけたのが同時だった。 煙幕が発生する。 それでもキュウゾウとヒョーゴは、彼等の姿を捉えていた。 追おうとして、キュウゾウはドレスが足にまとわりつくのを気にする。 「邪魔だ」 さっと刀を振って、膝上二十センチ程を残して、ドレスの裾を切ってしまった。 スラリと現れる、キュウゾウの形の良い白い足。 カンベエを追う、キュウゾウ。 煙幕の中から、突然、美脚を惜し気もなくさらしながら現れたキュウゾウに、 かむろ衆があてられてバッタバッタと倒れて行く。 「こら、味方を攻撃してどうするーッ!?」 混乱の中、ヒョーゴは真っ赤にのぼせた顔でひっくり返っている かむろ衆を避けながら、キュウゾウの後を追う。 庭園に飛び出したところで、ヒョーゴは行く手を、ゴツい女と姐御に阻まれた。 「まーったく」 とゴツい女が、ドスを利かせた声で言う。 「気が利かないねえ、あんた」 「二人っきりにして、差し上げなさいよ」 と続けた姐御の目は、笑っていなかった。 カンベエは庭園の中ほどで、キュウゾウを待っていた。 闇の中でも、白い衣装は浮かび上がってよく見えた。 「来たか、キュウゾウ」 人影がこちらへ走って来て止まるのを認めて、カンベエは静かに言った。 ちょうど雲の間から、月が顔を覗かせた。 「やっと会えたな、キュウゾウ・・・って、 な、何という格好をしておるのだ?おぬしは」 短いドレスの裾から伸びたキュウゾウの長い足が、月の光にまぶしく白く光っている。 「スカート丈は、膝上十センチまでと、校則になかったか?」 「決着は、野伏せりを斃(たお)してからではなかったのか」 カンベエの戯言(ざれごと)などあっさり無視して、キュウゾウは問いかけた。 「なに、もう一押ししようと思ってな」 カンベエは顎を撫でながら、やはり戯言のようなことを言ってくる。 「答えは同じだ!」 カンベエの飄々(ひょうひょう)とした余裕のある態度が、気に入らない。 キュウゾウは二振りの刀を握る手に力をこめて、カンベエに向かって行った。 だが、それは初めて会った時と同じく、完璧に止められてしまう。 「やはり、いいな、おぬし」 などと笑われると、からかわれたような気がして、キュウゾウは更に打ち込んで行く。 「惚れ直すぞ」 耳元でささやかれ、キュウゾウはカンベエから急いで体を離した。 この男の言葉には、心を乱されてしまう、悔しいが。 キュウゾウには、カンベエと言葉で渡り合う器量はなかった。 ならば刀で返すのみ、とキュウゾウは再び気を入れる。 「我等が求めるサムライは七人!」 カンベエが、キュウゾウに斬りつけてくる。 「今、三人、いや、もう一人当てがあるから四人、決まった」 キュウゾウが地面を蹴って、上からカンベエを襲う。 見上げたカンベエの目には、ドレスの中のモノが・・・。 「わ!わ!キュウゾウ、それは凶器だ!」 カンベエは目のやり場に困って、取敢えず逃げる。 キュウゾウの刀は獲物を失って、芝生を切った。 「チッ!」 「二人だ!」 とカンベエが、指を二本立てて叫ぶ。 「補欠が二人いる。 奴等の精進次第で、正規のサムライに昇格だ!」 キュウゾウが、カンベエに向かって行く。 刀を合わせる二人。 闇の中、何度も火花が散る。 「だから席は、あとひとつしかないのだ、キュウゾウ」 「ふん」 「再び、空へ行きたくはないか?」 キュウゾウの目が、大きく見開かれ力がわずかに抜ける。 キュウゾウの刀を、なぎ払うカンベエ。 右手の刀が、吹っ飛び地面に刺さった。 「おぬしをあの天空(そら)へ連れて行ってやれるのは、サムライである儂だけだ」 カンベエが、刀で空を指し示す。 月の光を受けて、刀は空への道筋を示しているようだった。 「商人などが、行くものか」 キュウゾウはカンベエを睨んだまま、立っている。 「話はそれだけだ」 カンベエは自身の刀を鞘に収めると、 地面に刺さったキュウゾウの刀を抜いて、彼の方へ歩いて行く。 それをぼんやり見ている、キュウゾウ。 (あの時と同じだ。 俺はまた、カンベエに斬りつけられなくて、迷っている) カンベエが刀を差し出したので、受け取ろうとキュウゾウは手を伸ばした。 だがカンベエはキュウゾウの手が届く寸前、刀から手を離して地面に落としてしまう。 そして素早く、伸ばされたキュウゾウの手を掴んだ。 「なっ!?」 カンベエに引き寄せられたかと思うと、唇を重ねられた。 驚いて左手の刀を振った時には、カンベエは背を向けて去って行くところだった。 「儂の衣装、気がつかなかったか?」 くるりと振り向いて、 「怪盗だよ。 おぬしの唇を盗んでやったわ」 と満足そうに言う。 「今すぐ、斬るぞ」 怒るキュウゾウを残して、怪盗は笑いながら走って行ってしまった。 キュウゾウは、その場にヘナヘナと座り込んでしまう。 「あの、おやじ・・・」 どこまで本気なのやら、わからない。 常に大人というものを見せつけて、自分は子供扱いだ。 足音がしたので振り返ると、ゴツい女と姐御が立っていた。 「キュウゾウ殿、某(それがし)、ゴロベエと申す。 先日、お会いしたな」 と赤いドレスのゴツい女のゴロベエは、キュウゾウに手を差し伸べた。 その手は借りずに、キュウゾウは立ち上がった。 ゴロベエの隣の姐御も、 「お初に、お目にかかります。 ヘイハチと申します。 あなたは何人目のおサムライ様に、なるのでしょう?」 「俺は・・・」 と言ったきり、キュウゾウは黙ってしまう。 ゴロベエとヘイハチは、顔を見合わせた。 何も言わずに、ゴロベエが歩き出す。 「では、いずれ、また」 と、ヘイハチがキュウゾウににっこりと微笑んで、ゴロベエの後を追った。 どこかで聞いたような台詞だな、とキュウゾウは二人の後ろ姿を見送った。 ヘイハチといったか、柔らかな笑顔の向こうに、こちらが気圧される何かがある。 あんなサムライ達が、カンベエの下(もと)に集まっているというのか。 キュウゾウは、空を見上げた。 「天空(そら)へ・・・か」 月が大きく輝いている。 ずっと自分の心を支配していた、空への願望。 十年間抑えてきたのに、カンベエの一言で、あっさり呼び戻されてしまった。 カンベエとの斬り合いで体の底から沸き起こった この熱に、身を任せても良いのだろうか。 迷いながらも、もう既に自分の中で何かを決めてしまったような気がする。 カンベエは言った。 自分のためにひとつ、サムライの席を空けておくと・・・。 (終) ☆ あとがき 5000を踏んでくださった、もも様のリクエスト作品です。 たいへん遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。 ヘイさんとキュウゾウで。 ということでしたが、カンベエさんとキュウゾウ殿になってしまいました。 この二人の組み合わせもお好きだということでしたので、お許しくださいませ。 それから女装キュウも出してほしい、ということでしたので、 ついでに、おサムライ様・商人様達に女装していただきました。 女装祭りのようになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。 素敵なリクエストを、ありがとうございました。 皆様も、最後まで読んでいただいてありがとうございました。 尚、リクエストしていただいたもも様に限り、お持ち帰りどうぞです。