光陰(こういん)後編 −ゴロベエとキュウゾウ−
カンナ村ではサムライ達を熱烈歓迎 というわけではなかったが、 カンベエの指揮の下、野伏せりとの 戦の準備が進められて行く。 「キュウゾウは手の空いた男衆に、 弓の稽古をつけてやってくれ」 とカンベエがキュウゾウに頼んだ時、 ゴロベエは思わずキュウゾウの顔を見た。 「承知」 とキュウゾウが短い言葉であっさりと 引き受けたので、胸を撫で下ろした。 カンベエとキュウゾウの間で、いつの間にか そういうことが決まっていたのかとも思う。 そして野伏せりとの初戦で成果を挙げたのは、 キュウゾウの指導した弓矢隊であった。 「よくぞ、ここまで育てた」 ゴロベエは、ごく自然にキュウゾウを賛美した。 キュウゾウは至極当然といった様子で、黙していた。 初めての勝利に浮かれて、 キクチヨがカンベエに駆け寄って来る。 「やったあ!やったな、オイ!」 カンベエは厳しい顔で、 振り向きざまに彼の首をたたッ斬った。 キクチヨの首が高く舞い上がり、地面に転がった。 「ふふ。第二幕の始まり、か」 とゴロベエはほくそえんだ。 これでなくては、カンベエと 戦場(いくさば)に立った意味がない。 カンベエは皆に、米俵に隠れる組と 農民に捕まった組とに分かれて、サムライ達が 野伏せりの要塞に侵入すると説明した。 キクチヨが首だけになって 聞いていたのが、可笑しかった。 カンベエはその後、農民に持って こさせた縄をゴロベエに差し出した。 「これで儂を縛ってくれ」 「いや。お主は指揮官ゆえ、 出て行くのはまずいだろう。 下手をすると、その場で打ち首になりかねん」 「しかし・・・」 「俺が行こう」 カンベエとゴロベエの会話を、 傍らで聞いていたキュウゾウが申し出た。 「行ってくれるか」 カンベエが確かめるように訊くのに、 「早くしろ」 とキュウゾウが睨んだ。 恐らく屈辱を感じているに違いない、と ゴロベエはこの誇り高いサムライが気の毒になる。 カンベエのやり方は、真っ直ぐに剣の腕を 磨いてきたであろう彼には、 時には合わせることが難しいかもしれない。 ならば、せめてつきあってやろうか。 「カンベエ殿、それがしも頼む。 なーに、縄抜けは得意科目だ」 カンベエがうなずいて、 ゴロベエに縄を掛け始めた。 「いやあ、縛られるのは久しぶりだなあ」 とゴロベエは、うきうきしながら言った。 「ゴロベエ殿、大丈夫であろうな」 カンベエが不安そうに尋ねる。 「あ。いや、これは失敬した。任せてくれ」 ゴロベエの次に、 カンベエはカツシロウを縛った。 「カツシロウ、縄抜けはできるか?」 ゴロベエに訊かれて、 カツシロウはもごもごと口ごもった。 「足手まといになるなよ」 カツシロウの様子を見ていると、 ゴロベエはついついいじりたくなる。 気がつくと、 キュウゾウと比べてしまうこともある。 七人のサムライのうちこの二人が若く、 また、年も近いように思えた。 「足手まといになど、なりません!」 感づいているのか、カツシロウはキュウゾウの 方をちらりと見てムキになって叫んだ。 霧の中、野伏せりは静かにやって来た。 手はず通り、農民達は捕縛したサムライ達と キクチヨの首を差し出し、隠し米も供出した。 緊張感の中、それでもコトは 順調に進んで行くかと思われた。 だが・・・。カツシロウ、そしてゴロベエ、 と検分していた雷電型の野伏せりが キュウゾウのところで目を止めた。 「これはこれは、キュウゾウ殿ではないか」 ゴロベエの息が一瞬止まった。 「ソウベエ・・・」 キュウゾウが、ソウベエを見上げる。 「光栄だな。名を覚えていてくれたか」 「・・・」 「ところでお主・・・ヒョーゴはどうした?」 (まずい!顔見知りであったか) ゴロベエは焦る。そういえば、 この雷電とは砂漠で会っていた。 その時、キュウゾウは彼の仲間だったのだ。 そしてキュウゾウは今、仲間を裏切りここにいる。 「キュウゾウ・・・お主、ヒョーゴを斬ったな」 ソウベエの声が、霧で冷たく なっている空気の中に響いて凍る。 キュウゾウはソウベエを睨んだままで、 何も言わない。 「ソウベエ、この者は?」 野伏せりの大将らしき紅蜘蛛型の 野伏せりが、ソウベエに尋ねた。 「はッ。シュウサイ殿、 このキュウゾウという男、 商人に雇われていた犬だったのですが」 「それが何故、農民達に雇われたのか」 ソウベエはシュウサイから再び、 キュウゾウへと向き直った。 「もはやここまで堕ちようとはな」 「あんたもな」 黙って聞いていたキュウゾウが、 間髪入れずに切り返した。 ゴロベエは冷やりとした。 「儂が堕ちただとォ!?」 ソウベエは斬艦刀を大きく振りかざし、 キュウゾウ目がけて一気に振り下ろした。 その迫力に農民達は腰を抜かし、 カツシロウは腰を抜かさなかったものの、 真っ青になって体を退いた。 ゴロベエは踏みとどまり、キュウゾウを見た。 彼の足元数メートルあるかないかの所に、 斬艦刀が刺さっていた。 キュウゾウは一歩も退かず、 更にソウベエを睨んだままだった。 その豪胆ぶりに舌を巻く。 「堕ちたのはお前だけだ。 裏切り者がどうなるか、わかっているのだろうな」 ソウベエが低くうなる。 (カンベエ殿、どうする?この計略は失敗だ。 キュウゾウを失ってしまうぞ) ゴロベエは積み上げてある米俵を見た。 カンベエ達には、この状況が 見えていないのかもしれない。 ソウベエは刀の先を器用にキュウゾウを 縛(いまし)めている縄に引っ掛けると、 それをブッツリと切った。 バラバラと縄は解けて、キュウゾウの足元に落ちた。 ソウベエの合図で通称ミミズクと呼ばれる機械の サムライが、キュウゾウの上着をはぎとった。 キュウゾウは動かない。 その左肩にソウベエは刃先を 食い込ませると、ギリギリとゆっくりと 右胸の方へ斜めに移動させて行く。 深い傷ではない。皮一枚を切って行くのだ。 それでも痛々しく赤い血が流れる。 「謝れ!先ほどの暴言、無礼であろう」 「断る」 「その強気、いつまで保(も)つかな」 ソウベエが嫌な笑いを浮かべる。 「押さえろ」 ミミズク達がキュウゾウの 左右の手を、それぞれ摑んだ。 「ムチ打て!」 ミミズクの一人が進み出ると、 指先が伸びてそれをムチのように しならせ、キュウゾウの背中を打った。 農民達が恐怖の声をあげる。 カツシロウが目を逸らす。 ゴロベエは無表情のまま立っていた。 (ままよ。作戦続行だ) ただ、キュウゾウが短気を 起こさぬよう願うばかりだ。 暴れるのはここではないのだ。 それが身勝手な願いであることは、 承知している。 人前でムチ打たれることなど、 キュウゾウにとって、いやサムライに とっては屈辱の極みである。 しかし、彼なら耐えるであろうという自信もあった。 それにしても・・・とゴロベエは唇を噛んだ。 ソウベエという野伏せり、楽しんでいやがる。 イッちまってんじゃないのか。 「ゴロベエ殿」 隣にいるカツシロウが囁いた。 「キュウゾウ殿を助けなくて、 良いのですか。このままでは」 「黙っていろ!」 ゴロベエの怒りでくぐもった声に、 カツシロウは驚いて口をつぐんだ。 キュウゾウがこのサディストに、 声もあげずに耐えているというのに、 こちらが動揺してどうするのだ。 と、ゴロベエはカツシロウを怒鳴りたかった。 キュウゾウの皮膚を破って飛び散った血が、 ゴロベエの頬についた。 彼と痛みを共有した気分になった。 「もう、よさぬか」 さすがにシュウサイもソウベエの性癖に うんざりしたのだろう、止めに入った。 ソウベエは渋々キュウゾウを解放した。 ミミズクが摑んでいた腕を放しても、 キュウゾウは立っていた。 口元の血を、手の甲でキュッと拭うと 口の端を少し上げて不敵に笑った。 ゴロベエはそれを見て、この戦の勝利を確信した。 キュウゾウが動くと、ミミズク達が刀を突きつけた。 構わずキュウゾウは上着を拾うと、 何事もなかったかのように身にまとった。 あっけに取られているミミズク達に向かって、 キュウゾウはさらりと言った。 「縛らなくていいのか」 再び縛られたキュウゾウとゴロベエ、カツシロウが 野伏せりの要塞へと引き立てられて行く。 カツシロウは何か声をかけずには いられなかったのだろう、 キュウゾウの横に歩みを進めた。 「申し訳ありませんでした、キュウゾウ殿。 私は、その・・・何もできなくて」 「言うな」 とキュウゾウは低く一喝した。 (お馬鹿!) 縛られていなかったら、カツシロウは キュウゾウに殺されていたのではないか、 とゴロベエはため息をついた。 ゴロベエが確信した通り、 要塞での戦いはサムライ達の勝利に終わった。 要塞は、煙を吐きながら谷底へと沈んで行った。 (あの傷で、良くあれほど動けるものだ) とゴロベエは、キュウゾウに感服していた。 ソウベエに対して、きっちりと借りを返したし。 だが、何とキュウゾウはその足で独り、 斥候に出てしまった。 ゴロベエが止める暇もなかった。 「あ、おい!キュウゾウ!」 「どうした?ゴロベエ殿」 とカンベエが不思議そうに尋ねて来る。 何でもない、とゴロベエは慌てて手を振った。 やはりカンベエは知らないのだ。 ならば言わぬ方が良いだろう。 たぶんキュウゾウも望まない。 心を残しながらゴロベエは、 皆に続いてその場を後にした。 彼の人がカンナ村へ帰って来たのは、 もう日が沈もうとしている頃だった。 ゴロベエは染まって行く空を見上げながら、 その男の瞳の色を思い出していた。 「ゴロベエ殿、キュウゾウ殿が戻られました」 カツシロウが息を弾ませながら、知らせに来た。 彼も、キュウゾウのことを心配していたのだろう。 安堵の色が見えた。 ゴロベエははやる心を抑えながら、 農民達に指示を与え リキチと見張りを代わってもらうと、 キュウゾウが向かったという森へ足を向けた。 「慎重だな」 ゴロベエは呟いた。 「来るなら明日」とキュウゾウが自分で 報告したと聞いたが、にもかかわらず、 屋外に身を置いて野伏せりの襲撃を警戒している。 彼は初戦でも野伏せりの気配をいち早く 感知し、弓矢隊を配置につかせてしまった。 さすが、としか言いようがない。 「ふむ。言いようがないのだが・・・」 それよりも今は、休養をとってもらいたい。 傷も心配だった。 森から、カツシロウが走り出て来るのが見えた。 「何だ、お主」 「あ。ゴロベエ殿」 「キュウゾウ殿はここに?って、お前、 何を赤くなっておるのだ? ははあ、お主、キュウゾウ殿を襲って 返り討ちにされたな」 「わ、私は、襲ってなどおりません。 ただ・・・」 「ただ?」 何でもない、と繰り返しながら カツシロウは行ってしまった。 彼をからかうのは面白い、 とゴロベエはその後ろ姿にニヤリと笑った。 それから、森の中へと入って行く。 「キュウゾウ殿、ご苦労であった。 雷電を斬って来たそうだな」 とゴロベエは声を掛けながら、大木の根元で 休んでいるキュウゾウに近づいて行った。 血と油の混じった強い臭いがした。 (斬ったのは雷電だけではないな) キュウゾウが傍らに置いてあった鞘に、 刀を収めるところが見えた。 「ご冗談を。刀を抜いて待ち伏せか?」 「何か?」 キュウゾウに訊かれて、 ゴロベエは懐から薬の容器を取り出した。 「傷の手当てを。それがしは商売柄、 傷薬を持ち歩いておってな。 これは効くぞ。ほれ、上着を脱げ」 キュウゾウはためらっている様子であった。 「男同士だ。恥ずかしがるな」 ゴロベエがもう一度促すと、 キュウゾウはゆっくりと上着を脱いだ。 ボディスーツも脱がせる。 白い肌に、ムチで打たれた赤黒い傷が痛々しかった。 「遠慮なしに、やってくれたものだな」 ゴロベエは、傷口に丹念に薬を塗り始めた。 「これだけで」 キュウゾウの低い声が振動して、 ゴロベエの指先に伝わる。 「ん?」 「赦されたとは、思ってはおらぬ」 仲間を裏切ったことを・・・か。 キュウゾウのポツリと落とした言葉が、胸に痛い。 ヘイハチと重なる。 「厳しいな」 と慰めてから、ゴロベエはわざと明るく言った。 「お主、色は白いし、肌も美しいのぉ。 どうだ、今度それがしと一緒に 女装をしてみるか?ウケるぞ」 キュウゾウが体を退いた。 「いやいや、冗談だ。すまぬ」 ゴロベエは再び、薬を塗り始めた。 「カンベエは?」 制裁を受けたことを、カンベエが 知っているのか気にしているらしい。 「カンベエ殿には、言ってはおらぬ」 「かたじけない」 カンベエにだけは、弱味を見せたくないらしい。 口を固く結んだ横顔が、何ともいじらしかった。 ゴロベエは思わず、くすりと笑ってしまった。 キュウゾウが非難するような目を向けて来るので、 「いや、怒るな。 こうして間近に見ていると、 キュウゾウ殿は可愛らしいな、と思ってな」 とゴロベエは笑いながら言った。 キュウゾウの手が刀に伸びる。 「キュウゾウ殿、冗談でござる」 真面目な顔をして言った。 いじるとカツシロウよりも面白い。 斬られるかもしれないと、命がけなところもいい。 とゴロベエは不謹慎なことを考えていた。 ゴロベエがキュウゾウと二人きりで 過ごした時間は、この時だけだった。 ゴロベエは薬を塗りながらキュウゾウに 軽口をたたき、キュウゾウは時々 眉をひそめて反応するのみだった。 だが、ゴロベエはあの時座っていた 草の柔らかさを覚えている。 キュウゾウが寄り掛かっていた、 木の幹の色を覚えている。 木の間から見えた、月の形を覚えている。 「歌?」 ゴロベエは閉じていた目を静かに開けた。 まだ雨が降っている。 その雨音に混じって、歌声が聞こえて来る。 肌に突き刺さるような雨が、 優しいものに変わった。 誰が歌っているのだろうと見ると、 キュウゾウがいた。 彼はゴロベエの方など見ずに、 雨に向かって歌っている。 まだ自分の側にいてくれたか、 とゴロベエはほっとした。 あの森での二人の時間の延長のようだ。 キュウゾウの薄い唇から流れ て来る曲は、子守歌だろうか。 異国の言葉で歌われているのだが、心が落ち着く。 彼の故郷の歌なのか、あるいは見知らぬ 土地で安らぎを覚えた歌なのか。 キュウゾウの口から、 過去のことは聞いたことはなかったが。 「そっちへ行ったぞ!」 「逃がすな!射落とせ!」 残党狩りに出た男達が、騒いでいる。 キュウゾウが立ち上がった。 が、またすぐにゴロベエの傍らに 膝をつくと彼の耳に口を近づけて、 「いずれ、また」 と告げた。 走り去って行くその紅い後ろ姿に、 「惚れた・・・」 とゴロベエが呟く。 ずっと言えなかった言葉。 「命、買い受けた」 二人の様子を黙って見守っていた カンベエが、ゴロベエに言った。 「ご冗談を」 ゴロベエの目が静かに閉じられて行く。 キュウゾウの生き様を見届ける役は、 カンベエ殿、お主に譲ろう。妬けるが・・・。 だが、それがしも、キュウゾウと果し合いの 約束をしたからな。これだけは誰にも売らぬ。 (終) ☆ あとがき 最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。 長くてすみません。お疲れ様でした。 次回キュウゾウ殿と絡むのは、ユキノさんです。 ん?絡むのは、もしかしてカンベエ様の方かな?(笑) え〜、何はともあれ、ユキノねえさん視点です。 ☆ この作品に、コメントをいただきました。 遅いコメントですが (森河穂様より) ■初めてお邪魔します、こんにちは。森河穂です。 ■ゴロさんとキュウゾウさん小説、お疲れ様でした。 ゴロさんもキュウさんと戦ってみたかったかも知れないですね。 この2人は14話でチームを組んでる(?)割には お話を見かけなかったので、新鮮でした。 意外と楽しいコンビかも、と思いました。 キュウゾウをからかう事に熱意を燃やすゴロさん。 命懸けですけどね。(笑) ■ではでは短いですが失礼します。 これからも頑張って下さい〜。 | 2006-01-19 | ありがとうございます (SKIP) 森河さん、こちらでは初めましてですね。 このようなところまで、 足を運んでくださってありがとうございます。 励まし、ありがとうございます。
本編では、キュウゾウ殿と他のメンバーとの 絡みがあまりなくて・・・その分妄想爆走で、 それはそれで楽しい(?)ですが。 これからも、乏しい想像力を全開にして 書けていけたらと思います。 森河さんの作品、いつも楽しく拝見しております。 毎日更新されていますよね。 凄いです。パワーに圧倒されております。 連載物はたいへんですね、お疲れ様です。 | 2006-01-20 |