光陰(こういん)前編 −ゴロベエとキュウゾウ−

「キュウゾウ殿・・・お主と最初に会ったのはそれがしだ。 それがしの方が・・・カンベエ殿よりも先にお主に出会った・・・」   冷たい雨の中、ゴロベエは野伏せりの放った弾丸に吹き飛ばされた体を 必死に起こして、傍らに跪いたキュウゾウに言った。  キュウゾウの瞳は、ゴロベエが初めて見た日と同じ紅玉(ルビー)の色。 しかも戦を経て、その色は強く輝いていた。   朦朧とした意識の中で、ゴロベエは幾度か キュウゾウの名を呼んでいた。 「キュウゾウ殿は、男達と残党狩りに行っております」  とカツシロウが説明したが、 猶もゴロベエが切なそうにキュウゾウの名を呼ぶ。 そこで、農民達が手分けをしてキュウゾウを捜して来たのだ。   キュウゾウよりも他のサムライ達やリキチの方が、 ゴロベエとのつきあいは長い。 最期の別れをゆっくりとさせるために、後始末を買って出たのだろう。 ゴロベエはそんな気遣いがキュウゾウらしいと思う。  キュウゾウは、と言えば戸惑ったような顔をしていた。 「短い間だったが、お主とは・・・良い時間(とき)を過ごした」   苦しい息の下からゴロベエに言われて、 思い当たったのかキュウゾウが微かにうなずいた。   ゴロベエがキュウゾウと初めて会ったのは、双眼鏡を通してであった。 マサムネの「マロ様に目をつけられた」という言葉が気になった。 アヤマロの手先であるセンサー男とボウガン男を返り討ちに してしまったのだから、もう敵に回したということになる。  だったら何か先手を取れないかと、ゴロベエはサムライ探しもそこそこに、 リキチを連れてアヤマロの御殿の前に陣取って偵察しているのだ。 増設しているうちに複雑に入り組んでしまったのだろう パイプの群れの中に身を置いて、ゴロベエは双眼鏡を覗いていた。 パイプがこちらの身をも隠してくれるし、 距離も十分とってあるから御殿の護衛に見つかることもない。  少々大胆に身を乗り出して、御殿の中庭の方へ双眼鏡を向けた時だ。 双眼鏡の中を紅いものがよぎった。 「ん?」  ゴロベエはそれに焦点を合わせる。 紅い派手な色の上着をまとった、金色の髪の男が立っている。 そう、まるでこちらが観察しやすいように 動きを止めているといった感じだ。  ズーム・インしてみる。 「ほほう、まだ若いな。背負っているのは刀か。柄が上下についている。 上と下から抜く?二刀流か・・・不思議な形だ」  などと分析していると、下を向いていたその男が キッと顔を上げてこちらを睨んだ。 「あっ!」  視線が合ったような気がして、ゴロベエは思わず双眼鏡から目を離した。 冷や汗が背中を伝った。  それなのに、金色の髪から想像していた彼の目の色が 青玉(サファイア)ではなく、紅玉(ルビー)であったと、 そんなことが心に残る。  ゴロベエの声に、後ろからリキチが声を掛けた。 「な、何か?」 「うむ・・・まさしくサムライだ」  リキチには、誰のことを言っているのか分からない。 「行くぞ、リキチ。あの男を追う!」  リキチには益々分からない。  下に待たせておいたコマチを拾い、 ゴロベエは慎重に距離をとって紅い目の男を追った。 ゴロベエは鼻が利く。紅いサムライの気を頼りに追う。 (しかし、あの男は気がついていて、無視しているのかもしれない)  とゴロベエは考える。 というのも、彼もまた、誰かを尾行している様子なのだ。 恐らくキララとカツシロウではないだろうか。 ゴロベエの直感だった。  ならば、身を寄せているマサムネに迷惑が掛かってしまう。 「マサムネ殿のところにたどり着く前に、奴を斬らねばなるまい」  ゴロベエの手が刀を確かめる。 彼との勝負は、死と紙一重のものになるに違いない。 それを思うと、ぞくぞくっと鳥肌が立つような感覚に襲われる。 これを一般の人間には恐怖と感じるのだろうが、ゴロベエにはそれが まるでオーガズムに達したような歓びを感じてしまう。 その度に自分を叱咤し、今は彼を追うことだけに集中しようとする。  そんな心の中のせめぎ合いを見透かしたように、コマチが言った。 「ゴロベエ様、なんかヘンですよ。しっかりしてくださいです」  などとやっているうちに、紅い姿の気配がふっと消えた。  慌ててゴロベエは小路や露店の裏側を捜す。 サムライの姿はゴロベエしか目撃していないから、 リキチもコマチも訳が分からず彼の後からついて行くしかない。  彼等がやっと資材置き場で紅い姿を見つけた時は、もうソレは始まっていた。 彼はカンベエと斬り合いをしていたのだ。 やはり男は二刀流であった。  カンベエと男の互いの刀が相手の首筋にぴたりとつけられ、血を流している。 そして二人は動くことができない。二人を囲んで渦巻く気。 (しまった・・・。先(せん)を越されたか)  ゴロベエはカンベエに嫉妬した。 彼(か)の紅い人と刀を突きつけ合っているのは、 本当は自分であったのに、と歯噛みする。 その刃の冷たさ、流れる血の温かさを想像すると、 再び意識はイッてしまいそうになる。  先に動いたのはカンベエだった。 刃から首をずらすと、紅い服のサムライの耳元に口を寄せ、 「惚れた」  と囁いた。 彼等の闘気でその場は水を打ったように静まり返っていたから、 その声は下の資材置き場へ通じる階段の踊り場にいた ゴロベエ達のところまで届いた。  ゴロベエは思わずニヤリとする。 言われた相手は、明らかに動揺している。 「やはり、若いな」  それは皮肉ではなかった。 彼ほどの剣客が、カンベエのような老練な大人のしたたかさに引っ掛かって、 若さをポロリと見せたことをゴロベエは微笑ましく思ったのだ。  だが、次にカンベエが、野伏せりとの戦に力を貸して欲しいと 口説いた時には、もう若者には迷いもなく 「断る!」 とカンベエに突っ込んで行った。 そう、迷いはなかった・・・と見えたが、 冷徹な紅い瞳を持つ男にこんな一面があったのか と驚くほど、彼は熱くたかぶっていた。 「『惚れた』なんてふざけるから、あの紅いおサムライが怒ってるです」  コマチが文句を言った。 「いやいや、それはサムライに対する最高の褒め言葉であってな」 「へえ、そうなんですか」  それがしも惚れたらしい、 とゴロベエは、紅いサムライの刀の動きを目で追いながら苦笑した。  自分の武骨なそれとは違って、まるで、 水の流れに逆らわないような澱みのない動きにため息が出る。 刀の閃きは、川面に反射する日の光か。彼の魂の光か。  奔流のように突っ込んで行ったかと思うと、 カンベエの仕掛けに対する反応は冷静で、水の清冽さを思わせる。  それは鍛錬の賜物だけでなく、天性のものなのか。 ゴロベエはいつの間にか自分が、彼に嫉妬していることに気がついた。  斬り合いは、カンベエが若いサムライに背を向けたことで膠着した。 「キュウゾウといったか」  カンベエが彼の名を口にする。 (キュウゾウ・・・)  ゴロベエは心の中で、その名を反芻した。  カンベエに背を向けられたことで、 キュウゾウは己の発した殺気の行き場を失って、戸惑っている様子だった。 しかし先ほどのこともあったので、キュウゾウは いつカンベエが斬り掛かって来ても対処できるよう刀を構え直した。  カンベエはといえば、殺気を潜めてはいるが、 後ろにいるキュウゾウの動きはしっかり牽制している。 (あの距離だ。勝負は一撃で決まる)  ゴロベエの口の中が一気に乾く。  男達の気が澱み張り詰めているところへ、 あふれんばかりのお気楽な活気が飛び込んで来た。 キクチヨである。 「危ねえ、カンベエ!」 「あ!おい!」  とゴロベエが止める暇もなく、 ドスドスと機械の体を軋ませながらゴロベエ達の横を通り過ぎ、 キクチヨはカンベエとキュウゾウのど真ん中に飛び下りて行った。  振り向きざまキュウゾウが左手の刀で、 キクチヨの渾身の一撃を弾き返した。 しかも驚いたことに、その勢いでキクチヨの大刀が吹っ飛ばされたのだ。 「お見事!」  と思わず賛辞を送ったゴロベエを、ギロリとコマチが睨んだ。 「ゴロベエ様は一体、どっちの味方なんですか」  続けてキュウゾウは、右手の刀でキクチヨを斬ろうとした。 カンベエがその刀を叩き落とす。 キクチヨも、散らばっていたパイプに足をとられて 無様にひっくり返ったお陰で、キュウゾウから逃れることができた。  カンベエには、キュウゾウを斬る絶好の機会だった筈だが・・・ ゴロベエは首をひねる。 キュウゾウもまた、体を回して左の刀でカンベエを斬ることができた。 二人共、それを潔しとしなかったようだ。  ここでキュウゾウは、カンベエに叩き落とされた刀を 足先に引っ掛けて蹴ると、右手で摑みあっさりと鞘に収めた。 「気が失せた」  よほど気が張っていたのだろう。 キクチヨに滅茶苦茶に掻き回され、 キュウゾウの集中力が切れてしまったらしい。 それはカンベエも同じだったようで、ほっとした顔を見せた。 「いずれ、また」  キュウゾウが、再び剣を交えることをカンベエに約束させている。 カンベエは受けるしかないだろう。 ゴロベエはカンベエの顔をじっと見た。  「欲しい・・・」  去って行くキュウゾウの背に向かって、カンベエがため息と共に呟いた。  それはゴロベエも同感で、彼がこちらについてくれれば多大なる力となろう。 「しかし、敵に回したら」  これほど恐ろしい男はいない。 たぶんキュウゾウは、カンベエの太刀筋を見切っている筈だ。 果たしてカンベエと自分とで倒せるか。  ゴロベエは複雑な思いを抱きながら、 彼の横を通り過ぎて行こうとするキュウゾウを見ていた。 と、キュウゾウは首を少し傾けて彼に会釈した。 (それがしに、気がついていた!?)  ゴロベエの背を、再び冷たい汗が流れて行く。 双眼鏡の中で彼と対峙したのがゴロベエであることを、 キュウゾウは気がついていたのだ。  それが恐ろしくもあり、 自分を知っていたという嬉しさも感じたゴロベエであった。    次にゴロベエがキュウゾウと会ったのは、 癒しの里にある「蛍屋」という店であった。 アヤマロが提唱した「サムライ狩り」に、彼も参加していた。  しかし、キュウゾウはカンベエ達を捕まえる気などないようで、 その態度はまるでカンベエの無事を確かめに来たかのようだった。 カンベエもまた、キュウゾウに何か言いたげにじっと見詰めているものだから、 ゴロベエは二人の間に入って商人の手先共を蹴散らした。 彼もまた、キュウゾウの様子を伺う。  キュウゾウはまだ心を決め兼ねているのか、とゴロベエは思案した。  そして場を移して砂漠へと、商人達はカンベエ一行を追いかけて来た。 彼等は野伏せりと手を結び、カンベエ達を追い詰める。  だが、その窮地を救ったのは外ならぬキュウゾウであった。 彼が砂塵を巻き込んで空へと駆け上がり、 雷電をバラバラにぶった斬って行く様を見て、ゴロベエは愉快そうに叫んだ。 「これはまた、派手な!ヤツこそ六人目のサムライに相応しいではないか」  シチロージやヘイハチも笑った。  しかし、味方からの銃撃を受けたにもかかわらず、 キュウゾウはカンベエの誘いに乗らず何処(いずこ)かへ立ち去ろうとする。 思わず、ゴロベエはその前に立ちはだかった。  ゴロベエよりも背の低いキュウゾウが、ゴロベエを見上げる。 ゴロベエも「行くな」という願いを込めて、キュウゾウを見下ろした。 「行かせてやれ」  カンベエの言葉に、仕方なくゴロベエは道をあけた。 「踏ん切りがつかぬ、のか」  ゴロベエは、キュウゾウの後ろ姿を見送りながら呟く。 苛立たしくもある。 「まあ、もう暫く待とう」  カンベエが静かに、ゴロベエを制するように言った。 「誘ったのは酷だったか」 「こちら側につくとなったら、裏切りということになりますからねえ」  とシチロージが、カンベエを慰めるように言った。 「いや」  とヘイハチが割り込んで来た。 「あのお方の剣を見ていると、 商人の御殿という温室で花を咲かせるお方ではないですよね」 「確かに。どちらかというと、 このような荒れ地を駆け抜けて行くような太刀さばき」  シチロージが答えると、ゴロベエの頭の中に、 たった今見せつけられたキュウゾウの戦いぶりが鮮やかに蘇った。 「あれこそが、キュウゾウ殿に相応しい。 本来の自分の進むべき道を選ぶのか」  ヘイハチが目を大きく開けて、呟く。 「商人の用心棒として、踏み止まるのか」  とゴロベエが続けた。 「しかし、我等につくという選択をした場合、 それが裏切りとしてキュウゾウ殿の心の中に残るのか。 それとも、自分の生き方を選んだと誇りを持つのか」 そう言いながら、ヘイハチの目が伏せられて行く。 「儂としては、キュウゾウは欲しい。 野伏せりとの戦を思うとな。 こちらへ来てくれれば歓迎したい」  カンベエの言葉に皆がうなずく中で、 ヘイハチだけはポツンと言葉を落とした。 「裏切りと思えば、それは死ぬまで自分を赦さない」  その言い方が普段からは考えられないぐらい 暗いものだったので、ゴロベエは気になった。  そして・・・キュウゾウは答えを出した。 仲間のサムライを斬って、カンベエ達に加わることを表明したのだ。 これほど明確な答えの出し方があったろうか。 「キュウゾウ・・・何故か」  と死に際に彼に問いただす仲間に対して、 「生きて・・・みたくなった」  とキュウゾウは答えた。そう言い切った彼を、 ゴロベエは眩しく感じた。 キュウゾウの側で、彼の生き様を見届けたいものだと願った。   (後編に続く)