化粧(けわい) −まみえ様リクエスト−
波瀾に満ちた旅を終えて、 ようやく神無村に入った サムライ達は、 村の長老ギサクと対座していた。 だが、長老の物言いは どことなくはっきりしない。 重い空気の中、キクチヨが 隠し倉を見つけたと、 米俵と一人の娘を担いでやって来た。 「やめてくれ! シノが化けモンに食われっちまうだ!」 取り乱して叫ぶマンゾウが、 キクチヨに飛びついた。 「化け物だと?」 とがめるカンベエに、 ギサクが重い口を開いた。 「実は、あんた達が来る少し前に、 化けモンが現れてな。 そこのマンゾウの家に白羽の矢を 立てていきおったんじゃ」 「人身御供・・・ですか」 ヘイハチが呟く。 「シノを花嫁に。 その隣に男の人形をこさえて 置いておけ、と言い残していっただ」 「やれやれ、 野伏せりの前に物の怪とひと合戦ですな」 シチロージが、カンベエを見て言った。 「そうなるな」 カンベエが、髭に手をやり考え込む。 マンゾウもシノも、 青くなって震えている。 カンベエはその傍らに膝をつき、 優しく声をかけた。 「案ずるな。 娘は囮にも使わぬ」 カンベエは立ち上がると、 サムライ達を見回した。 ゴロベエが期待したような 顔で、こちらを見る。 「いや、 お主が花嫁役というわけには」 カンベエは、やんわりと ゴロベエから視線を外した。 「先生、ぜひ私に!」 と前に進み出たカツシロウの目は、 正義感でキラキラと光っていた。 (花嫁姿は一番似合うだろうが、 しかし・・・) とカンベエは不安に思う。 正体のわからぬ化け物を前にして、 冷静に駆け引きなどはできないだろう。 カンベエの目は、皆から離れて 興味なさそうに水車小屋に もたれているキュウゾウを捉えた。 「キュウゾウ」 サムライ達が、 一斉に振り返って彼を見る。 「お主に頼みたいが」 キュウゾウは、目を閉じたままである。 立ったまま眠っているのか。 「娘御を、助けてやってはくれぬか」 畳み掛けるようにカンベエに言われて、 「承知」 面倒そうに、 目を半分だけ開いて承諾した。 話は聞いていたらしい。 「カンベエ様」 キララが不安げに光る水晶を 握り締めながら、それ以上に 不安そうな瞳を向けて来る。 カンベエはそれを手で制すると、 村人達に向かって言った。 「皆は、雛人形というものを知っているか。 商人(アキンド)達はこぞって、娘のために 豪華な物を揃えたがるが、元来これは 人の災厄の身代わりをさせる物でな。 紙で作った人形に、 災いを背負わせて川へ流したりしたそうだ」 カンベエは、サムライ達の方に顔を向けた。 「我等は、雛人形になる」 サムライ達がうなずいた。 翌日、化け物と花嫁のための新居が、 鎮守の森に建てられた。 サムライ達はその小屋の中に入り、 各々雛人形になるべく準備を始める。 村人達は、木で人形を作った。 ゴロベエとヘイハチは、村の女達が 供出した着物を身につけた。 そして旅芸人一座から、ちゃっかり 失敬してきた白粉や口紅で 念入りに化粧をする。 三人官女の中に紛れ込むのだ。 カツシロウは五人囃子の中に入って しまえば、ほとんど見分けがつかない。 「拙者は、何になればいいでござるか?」 キクチヨがいそいそと、 カンベエに訊きに来た。 カンベエは、弓矢を携えた左大臣役だ。 右大臣に扮するのは、シチロージである。 「お主は・・・その面構えにその巨体 故に、牛車の牛がいいだろう」 「わかったでござる、牛だな。 って、カンベエ! それはないでござるよぉ」 キクチヨは不満気に、 頭から煙を噴き出した。 「子分、どうした?」 小屋を覗きに来ていたコマチとオカラが、 キクチヨに声をかけた。 その二人を、シチロージが手招きする。 二人の少女に用を頼み、さて、と キュウゾウの方を見たシチロージは慌てた。 覚悟を決めたように正座をしている キュウゾウが、官女のゴロベエとヘイハチの 毒牙にかけられそうになっていたのだ。 「ゴロさん、ヘイさん、 花嫁さんの支度はアタシにお任せを」 「ええっ!そんなあ。 せっかく、私達みたいに綺麗にして あげようと思ったのにィー」 「そうよそうよ。私達の色気に、 お化けだってイチコロよん」 とまくしたてるその姿に、 シチロージは大きくため息をついた。 もう、人格がサムライどころか、 官女でもない・・・。 「お二人共、 おしとやかにお願いしますよ。 それから、白酒飲んだでしょ。 しっかりして下さい」 シチロージに釘を刺されて、 二人は大人しくなった。 「お待たせしました、キュウゾウ殿」 シチロージに呼ばれて、 キュウゾウは顔を上げた。 その目の色を見て、 シチロージは紅(べに)の色を決めた。 男しかいないが気を遣って、 シチロージは小屋の隅に 布を垂らして更衣室を作った。 シチロージとキュウゾウがその中に消える。 そこへコマチが、袋を持って飛び込んで来た。 「モモタロウ!お米の粉です!」 「ご苦労」 カンベエが、その小さな手から袋を奪った。 「あっ!おっさま、ズルイ!」 コマチの抗議も無視して、 カンベエは布の間から袋を差し入れた。 「シチ」 「どうも」 カンベエは隙間から中を覗こうとしたが、 シチロージにサッと布を閉められてしまった。 カンベエの背に、コマチが一言。 「スケベ」 弁解しようと振り返ると、コマチは 黒牛になったキクチヨをからかいに、 そちらへ走って行った後だった。 村人達が雛壇を作ったり、人形を 運び込んだりして仕事が一段落ついた。 部屋の隅に垂れていた布が動く。 粗末な農民の着物をまとってはいるが、 気品に溢れたキュウゾウが、 シチロージに手を引かれて立っていた。 髪は軽くまとめて、 質素な髪飾りで留めてある。 きめ細かな肌に薄く米の粉を刷いて、 ますます白く輝かんばかりの 初々しい女雛が出来上がっていた。 カンベエばかりでなく、 その場にいたサムライ達に見詰められて、 キュウゾウは少し怒ったように シチロージの手を振り払った。 そして大股で歩いて行こうとするのを、 シチロージが目で押しとどめた。 「キュウゾウ殿」 とシチロージが差し出した手に、 キュウゾウは再び自分の手を預けた。 雛壇を上って、一番上の少々煤けた 金屏風の前にキュウゾウが納まった頃、 オカラが籠一杯に赤い実を摘んで戻って来た。 「赤い実っていってもいろいろ あったからさ、全部摘んで来ただよ」 と報告するオカラに、 甘く微笑んでみせるシチロージ。 「可愛い娘ちゃん、気が利くでげすねェ。 いいお嫁さんになりますよ」 「しししし・・・」 いつもの皮肉っぽいオカラの笑いが、 女の子の恥じらいを秘めていた。 シチロージは、キュウゾウの前に座った。 「キュウゾウ殿、目を見せて下さい」 雪洞(ぼんぼり)の灯りに、 キュウゾウの紅い瞳が揺れる。 シチロージは赤い実を口の中に入れては 噛み砕き、その汁を小指につけ 自分の白い手にすっと塗り、色を確かめる。 複数の実を混ぜることもあった。 やがて、思い通りの色が出来上がったのか、 シチロージは自分の唇の端に滲み出て来た 赤い汁を小指の先につけては、 キュウゾウの唇に引いて行く。 キュウゾウのぴんと張り詰めた殺気が、 紅によって封じ込められて行く。 二人の雰囲気が何とも妖艶で、 カツシロウは頬を赤く染めて 見とれているし、村人達は 見てはいけないものを見ている ような気がしていた。 カンベエはというと・・・ もう二人の姿以外、何も目に 入っていなかったであろう。 村人達が、小屋を出て村へ帰って行く。 今夜は村人達は男も女も全て、 水分り(みくまり)の社に身を寄せて 巫女の祈りの中で過ごすのだ。 キュウゾウが扇で顔を隠して、後は 化け物が現れるのを待つばかりとなった。 夜半過ぎ、キュウゾウは隣に置いてある 男の人形に気配を感じた。 いつの間にか、物の怪はこ の小屋の中に入っていたのだ。 (カンベエは、気がついただろうか) 不安はなかった。 だが、嫌な感じなのだ、とても。 男の人形が生臭い息を吐きながら、 首だけ動かしてキュウゾウを見た。 人形には化け物が乗り移り、 ぎごちなく体を動かして キュウゾウにのしかかって来た。 抵抗もせずに、 押し倒されるキュウゾウ。 木の人形だというのに、 とてつもなく重い。 小さく震えてみせると、 人形は嬉しそうに目を細めた。 「可愛がってやるからね。 その後は、骨一本残さずに 食ってやるから安心しな」 男の人形は、キュウゾウの着物の 裾を割って手を忍び込ませて来る。 「あ・・・!」 扇に隠れて女の声を真似て 小さく叫ぶと、人形は興奮し、 真っ赤な舌を伸ばして キュウゾウの胸元をまさぐった。 弓を射る音がした。 人形の舌に矢が突き刺さり、 そのまま舌をちぎって金屏風を貫いた。 「うぎゃあああ!!!」 人形は、口を押さえてのたうった。 カンベエがすっくと立って、 弓を構えている。 「キュウゾウ殿!」 シチロージが、キュウゾウに 刀を投げて寄越した。 キュウゾウは人形を牽制するように 体の前で刀を持つと、 上と下から同時に抜いた。 支えを失った鞘が、 雛壇を転げ落ちて行く。 両の刀を構える。 舌のなくなった口で、人形が囁いた。 「キュ・・・ウゾウ」 その声に聞き覚えがある。まさか・・・ 「ヒョーゴ・・・?」 「覚えていてくれて、嬉しいぞ」 人形の顔が、ヒョーゴに変わる。 「化け物に魂を売ったか」 「暗い奈落の底へ沈んで行く中で、 お前と再び剣での勝負を願ったのだ。 気がついたら、 この物の怪が俺に擦り寄っていた。 そして、この神無村に先回りしていたのだ」 「哀れな」 言うが早いか、キュウゾウは ヒョーゴに斬りかかって行った。 が、弾き返される。 その手には、まがまがしい光を 放つ妖刀が握られていた。 「というわけだ、カンベエ」 キュウゾウは、ヒョーゴを睨んだまま言った。 「うむ。我等は手出しできぬ、か」 しかし、と前に出ようとする カツシロウを、ヘイハチが抑えた。 「いざ、勝負!キュウゾウ!」 振り下ろされた剣を避けて、 キュウゾウは横に飛び壁を蹴り、 ヒョーゴの頭上から斬りかかった。 と、ヒョーゴの頭から化け物が踊り出し、 キュウゾウの喉笛を捕らえる。 髪をまとめていた髪飾りが落ちる。 化け物はキュウゾウをくわえたまま、 天井を突き抜けて外へと飛び出す。 その正体は、巨大な古狐であった。 地面に転がるキュウゾウは、 化け物の顔がヒョーゴに変わるのを 髪の間から見つめていた。 彼が嬉しそうに、キュウゾウの血を吸う。 体温も力も奪われて行く。 刀を握っている指が痺れてきた。 小屋から、サムライ達が飛び出して来る。 キクチヨがキュウゾウを助けよう とするのを、ゴロベエがたしなめた。 「これは、あの砂漠での決着の続きなのだ」 「奴は死なぬ。 儂との勝負がまだついておらぬからな」 カンベエが、闇に目を 凝らしながら静かに言った。 キュウゾウは、両の手の刀を交差させる。 刃が彼の気を感じて震え、唸る。 ヒョーゴが不快そうに口を離すと、 キュウゾウはその肩口に刀を突き刺した。 どうっと倒れるヒョーゴ。 その姿が闇に消えてしまう。 月も星もない晩である。 辺りは全くの暗闇に沈んでしまう。 刃が空を切る音がして、 キュウゾウは避けた。 着物の袖が切られる。 ヒョーゴの姿が現れ、 続けて打ち込んで来る。 二振りの刀で防ぐキュウゾウ。 そして弾いた。 次の瞬間、キュゾウの右の刀は ヒョーゴの喉を、左の刀は 剣を握った右腕を貫通していた。 みるみるうちにヒョーゴの姿が、 巨大な古狐の姿に変わった。 襲いかかる物の怪に挑んで行くキュウゾウ。 刀を交差させて斬り刻みながら その体を駆け上って行き、首を刎ねた。 天高く飛んだ首を目で追いながら、 キュウゾウは男の名を呼んだ。 「カンベエ!」 カンベエはすかさずキュゾウに向かって 大きく踏み出し、手を組み合わせた。 キュウゾウがそちらへ走り、 カンベエの手を踏み台にして飛んだ。 首を追って飛んで行くキュウゾウ。 その気配に振り返った古狐の顔に、 淡くヒョーゴの顔が浮かんだ。 驚きに目を見開いている。 「キュ、キュウゾウウオオ!」 何のためらいもなく、キュウゾウは その首に向かって刀を交差させた。 先に地面に落ちたのは、血だるまに なった巨大な古狐の頭だった。 その近くに音もなく降り立つキュウゾウ。 しかし、体がぐらりと大きく揺れた。 「いかん」 地面に倒れるところを、 カンベエが抱き留めた。 やはり、生身の人間が物の怪と 戦うには無理があったらしい。 そのままキュウゾウを抱き上げる。 心配そうに、サムライ達も寄って来た。 翌朝、恐る恐る鎮守の森へ様子を 見に来た村人達は、そこにバラバラに なった巨大な古狐の死体と、 小屋の中で眠っているサムライ達を発見した。 お内裏様を失ったお雛様が、 左大臣の腕の中で眠っていたそうだ。 (終) ☆ あとがき まみえさん、リクエストありがとうございました。 神無村の人間雛飾り・女雛はキュウゾウ殿 をキー・ワードに書いてみました。 が、ごめんなさいです。 可愛らしいお話になるかと思ったのに、女雛のキュウゾウ殿、 大暴れという結果になってしまいました。 しかも血まみれです。 失礼致しました。 こちらのお話は、リクエストしてくださったまみえさんに限り、 お持ち帰りどうぞ、です。 皆様も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。 ☆ こちらの作品にコメントをいただきました。 SKIP様(まみえ様より) こんな素晴しいお話を しかもこんなに速くに読ませて頂けるとは・・・・ 細かなところまでしっかり描写されていて とても読み応えがありました 美人な上に凛とした女雛のキュウゾウ殿 それでいて 滅法強いなんて もう素敵すぎます シチさんはいろいろと大変だったのですね お疲れ様です(笑) でもって 一番オイシイ目をみたのはおっさまですか キュウゾウ殿は雛装束のままですよね とても嬉しくてたまりません 本当にありがとうございました これからも素敵なお話をお願いいたします まみえ拝 | 2006-03-10 | まみえ様、ありがとうございます(SKIP) まみえ様、読んでいただいてありがとうございました。 シチさんは蛍屋でも、細々と気を遣っていたのではないか と思いまして、中心になって働いていただきました。 お化粧とか、着付けとか、上手そうですよね。 ハイ。おいしいところだけを、 かっさらっていったのはカンベエ様です。 ご褒美もないと、この後、 野伏せりと戦う気力も湧いてきません。 キュウゾウ殿は、カンベエ様の腕の中で 気を失ってしまったので、雛装束のままでございます。 着替えさせようとすると、またそこでひと騒動起こりそうなので。 おサムライの皆さん、触らぬ神に祟りなし! といった心境でしょうか。 素敵なリクエストを、ありがとうございました。 また機会がありましたら、よろしくお願い致します。 | 2006-03-10 | もうお一方から、管理人宛にコメントをいただきました。 SKIPの返信のみを公開いたします。 ありがとうございます いつも読んでいただいて、ありがとうございます。 コメントもありがとうございました。 何より励みになります。 描ききれなかった部分もあるので、いろいろと 想像して読んでいただけると嬉しいです。 シチさんがキュウゾウ殿と向き合って化粧を施す場面は、 とにかく美しく、そして妖しい雰囲気がでればいいな・・・と。 気に入っていただけて本当に嬉しく思います。 次の作品まで少し時間がかかっておりますが、 楽しみにしていただけると励みになります。 ありがとうございます。 | 2006-03-14 |