飛翔(ひしょう) −森河穂様リクエスト−
「行けー!」 ヘイハチが、若いカツシロウにかけられる言葉はそれが精一杯だった。 自分の気持ちがカツシロウにうまく伝わったのか、彼にはわからない。 (君もサムライならば、私の屍を越えて行きなさい) やるべきことはやった。 カツシロウに後を託した。 今は、瓦礫に埋もれた格好で都(ミヤコ)から落ちて行く。 遠のいて行く意識に身を任せ、ヘイハチは目を閉じた。 (死ぬ直前というのは、それまでの人生が走馬灯のように見えるという) が、彼の目の前に広がったのは、砂漠だった。 「ああ、そうか。ここで初めて人を斬ったのだ」 そこは、サムライとしての新たな出発点となった場所だ。 戦場(いくさば)に立ったのは事実だったが、 人を斬ったことがないとカンベエにもゴロベエにも言えなかった。 自分をサムライと認めてくれた彼等を、騙しているようで心苦しかった。 焦りがなかったと言えば嘘になるが、それでも野伏せりとの戦いの中で 必ずそういう場面が出て来るだろうと、機会を待っていた。 人を斬った時、自分は変わるのだろうかとそんなことも考えていた。 「薪割流、ご披露!」 少しおどけて宙を跳び、ヤカンもろとも中の人間を斬った。 肉を骨を斬ったその衝撃は、刀を通じて伝わってきた。 途端に、のぼせてしまった。 だが地上に降り立った時、ヘイハチは自分の心がすっと透明になるのを感じた。 「私はサムライだったのだな」 今更ながら、気がついた。 カンベエに導かれて、ヘイハチは自分がいるべき場所へと帰って来たのだと悟った。 そのカンベエは、と見ると、熟練工のように野伏せり達を淡々と斬っている。 「かなわないなあ」 ヘイハチはその姿を横目で追いながら、刀を振り下ろした。 しかし、そのカンベエが銃の前に膝を折った。 シチロージが助けに走ろうとするが、ヒョーゴというサムライに阻まれてしまう。 「商人(アキンド)の用心棒が?」 これではっきりした、とヘイハチは憤る。 こちら側の誰かが情報を流している。 と、砂を巻いて何かが雷電に挑みかかった。 キラリと太陽の光を受けて、二振りの刀がきらめく。 「あれは、追っ手だった男」 ヘイハチは記憶をたどる。 確かに、蛍屋で自分達を襲った商人達の中に彼がいた。 男の金色の髪から砂がこぼれて散る。 それが金の粉のように彼を彩る。 紅い上着を風にはためかせ、彼が刀を振るうと 雷電はバラバラと崩れて砂の上に瓦礫を作った。 「どういうつもりか」 ヘイハチがシチロージに疑問の目を向けると、彼も同じように目を向けて来た。 そこに答えが見つけられないと、二人はゴロベエを見た。 何やら含み笑いで返された。 「あれは、カンベエ殿が惚れたサムライだ」 それがキュウゾウとの出会いだった。 そのサムライの迷いのない刀の力強さに、ヘイハチは見とれていた。 正直言って、嫉妬もある。 自分よりも若いであろうキュウゾウが、ずっと以前から人を斬っていた。 サムライ然として、戦場に立っていたのだ。 そしてそれは、今日まで失われていなかった。 「サムライが、まだいたか」 カンベエに、初めて会った時の印象と似ていた。 だがもうひとつヘイハチの興味を引いたのは、彼が現れた途端に、 カンベエとヒョーゴの間の空気が一変したことだ。 「もしや、ヒョーゴの私怨はこの紅いサムライ絡みか? カンベエ殿も受けて立っている様子だが」 ヒョーゴは、思いを残しながらも立ち去った。 彼を見送ったキュウゾウに、カンベエが声をかける。 「仲間の元へは、もはや帰れまい」 (え?) ヘイハチは、彼等の方へ進めていた歩みを止めた。 キュウゾウもまた、カンベエをたどって戦場に帰って来てしまったのだ。 それが『裏切り』という形になった。 再びキュウゾウに出会った時、彼は雷電を斬り伏せ更に裏切りを重ねていた。 怒ったヒョーゴは、彼に刀を突きつけ銃をも向けた。 「見捨てられましたな」 その様子を見ていたヘイハチはそう呟いたが、すぐに、 見捨てられたのはヒョーゴの方であったと気づかされることとなる。 友を斬って、キュウゾウはこちらの仲間になった。 これが、彼の決着のつけ方だったのか。 「キュウゾウ殿は、自分を許すであろうか」 動かなくなったヒョーゴの前にたたずむ キュウゾウの背中を見ながら、ヘイハチは思った。 その時、キュウゾウが首だけ回してヘイハチを見た。 視線が合う。 その紅い瞳に射竦められて、ぽつりとヘイハチはもらした。 「強いお方だ、あなたは」 自分の心の弱さを、見透かされたような気がした。 「本当に野伏せりなんかに、吹っ飛ばされてしまったのですか?」 ヘイハチは瓦礫の下から呟いた。 空を落ちて行く嫌な感じと瓦礫の重さに、 死期が迫っていることを悟って目を閉じた。 ふわりと急に体が軽くなった。 「あ。魂が体から抜けたのか・・・」 そっと目を開けると、キラリキラリと何かが光っている。 天国の光にしては小さいのでは? ぼんやりと紅い影が見える。 「えっ?!キュウゾウ殿?」 キュウゾウが刀で瓦礫を切っては、外へ蹴り出している。 キュウゾウはヘイハチの体を押し潰していた瓦礫を全て 取り除くと、振るっていた刀をくわえ、彼を抱えて跳んだ。 岩場の陰にヘイハチを横たえると、キュウゾウは 彼の胸元をくつろげるために、上着のボタンを外して行った。 しかし・・・。 「ふ・・・正直なお方・・・だな」 ヘイハチは、キュウゾウがわずかに表情を曇らせたのを見逃さなかった。 そして彼は、もうひとつ気がついていた。 キュウゾウが刀を左腕だけで振るっていたこと、 そして今、ボタンを外す時左手しか使わなかったことに。 「右の・・・腕を・・・」 キュウゾウはさっと左手で右腕を隠す仕草をしたが、 ため息をついて左手をヘイハチの方へかざした。 「左腕はまだ使える」 強気な言葉に、ヘイハチは嬉しくなってしまった。 だが、右腕の損傷は激しいようだ。 (治療しても、元のように使えるかどうか) あの華麗な二刀流が見られなくなるのは、あまりに残念だ。 あるいはシチロージのように、機械の腕にするか。 (そうはしないだろうな) ヘイハチは苦く笑う。 ここまで彼が来たのも、カンベエとの勝負にこだわったからだ。 カンベエが生身の人間のままならば、キュウゾウもそうするだろう。 (しかし片腕だけで、あのカンベエ殿に勝てるだろうか) 「痛むか?」 思いがけず、キュウゾウから優しい言葉をかけられて、ヘイハチは驚いた。 「いえ・・・。あなたが生きて・・・カツシロウ・・・ 慌てもの・・・あなた・・・死んだ、と」 ヘイハチの言葉は自分でも情けなくなるぐらい、ところどころ途切れてしまう。 「あまり喋るな」 「今、喋っておかないで・・・いつ、あなたと・・・喋る・・・です?」 辛そうに自分を見るキュウゾウに、ヘイハチははっとした。 (この人は距離を置いて私達を見ていると思っていたが、 実はいつも寄り添っていてくれていたのではないか) そしてヘイハチは、離れていたのは自分の方だったと気がつく。 「あなたの目が・・・怖かった」 「?」 「あなたの目の色・・・私の裏切りで・・・ 死んだ・・・仲間の・・・血を思い出す」 「そうか・・・」 「あなたのせいでは・・・ない。・・・すみません」 「もう、許してやれ」 「え?」 「自分を」 「では」 とヘイハチは、キュウゾウを真っ直ぐに見た。 「あなたも・・・許すなら」 「俺は」 「友を・・・斬ったこと・・・許していない・・・でしょう」 キュウゾウは一瞬目を見張ったが、すぐに表情を和らげた。 「お互い、難儀だな」 たぶん二人共、鼓動が最後のひとつを打ち終えるまで、自分を許さないだろう。 「斥候に出て雷電を斃した時、無傷の銃を見てすぐにお主を思い出した」 ヘイハチの脳裏に、大きな銃を担いで崖を登って来たキュウゾウの姿が浮かんだ。 あれは格好良かった。 「持って帰れば、喜ぶかと」 「それはどうも」 そっけなく返しながらも、ヘイハチは嬉しかった。 キュウゾウのような剣士には、自分の存在など目に入っていないと思っていたからだ。 「面白かったな、ヘイハチ殿」 「はい」 「お主と同じ戦場に立てたこと、誇りに思う」 そう言って、キュウゾウは立ち上がった。 「行くのですね」 「カンベエが、まだ、あの中で戦っている」 キュウゾウが顔を上げた。 都は瀕死の状態になりながらも、まだ動いていた。 「その腕で」と言いかけて、ヘイハチは止めた。 先程キュウゾウは左腕がある、と言ったではないか。 彼を引き留める理由にはならない。 代わりにこちらも、強気なことを言わせてもらった。 「よかった・・・私の死に水を取るまで・・・いるのかと」 キュウゾウが、困ったように少し笑った。 ヘイハチは表情を引き締める。 「行け!」 キュウゾウもまた口を真一文字に結び、黙ってうなずいた。 そして紅い上着を翻して、斬艦刀に向かった。 (私はもう一度、あなたが空を駆け上がる姿を見たい) ヘイハチは、キュウゾウを目で追っていた。 (霞むなよ、私の目。もう少しだから) 斬艦刀が飛びたった。 見上げた空が、眩しかった。 (あなたが空を飛んでいる限り、大丈夫、この戦、勝てますね) 勝利を確信すると、ヘイハチは笑った。 「いいなあ・・・私も・・・空を・・・翔けたかった・・・」 ヘイハチの目から、ゆっくりと光が失われて行った。 (終) ☆ あとがき 森河穂さん、リクエストありがとうございました。 「ヘイハチとキュウゾウ」で、ということでしたが いかがでしたでしょうか。 イメージが異なってしまったら、ごめんなさい。です。 こちらの作品は、リクエストしてくださった 森河穂さんに限り、お持ち帰りどうぞ。です。 皆様も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。