銀燭(ぎんしょく)4 −銀時と土方−
銀時は自分の出した大声で、目を開けた。 そこは、銀色に輝く川のほとりではなく、 いつもの見慣れた自室であった。 慌てて土方を見ると、規則正しい呼吸をしながら、眠っていた。 そっと、その頬に触れてみる。 温かかった。 「よかった、生きてる」 当たり前なのに、ほっと安堵する。 「近藤が迎えに行った方が、いいのかな」 返事をしない土方に、訊ねる。 「だって・・・俺じゃ、駄目なんだろ?」 先ほど見た光景が蘇る。 手で作った銃が本物だったら、と思うと、ぞっとする。 そして、そのことが自分に見せつけるように、 行われたということは・・・。 「俺が嫌いか?土方。 そうだよな、おまえがこんなに 苦しんでいるのは、俺のせいだもんな」 松平と相談して、近藤に全てを話すことにした。 近藤は沖田を伴って、万事屋(よろずや)にやって来た。 和室に案内すると、そこに眠っている 土方を見て、近藤は顔を強張らせた。 「何だよ、万事屋。 トシはずっと、おまえの所にいたのかよ」 銀時は近藤を興奮させないように、 わざと抑揚のない声で、今までの経緯を説明した。 半分は、自分の感情を抑えるためだった。 煉獄関(れんごくかん)を知り、 土方の忠告を無視して、銀時達が乗り込んだこと。 結果、土方が身も心もぼろぼろにされるまで、制裁を受けたこと。 近藤は銀時を、責めなかった。 煉獄関のことを知ったならば、 自分もそうしただろう、と静かに言った。 「近藤さんには、言うなよ」 ファミリーレストランで、土方は沖田に釘を刺していた。 今更ながら、納得する銀時であった。 「許せないのは、天導衆だ。 わざわざ俺を呼び出して、とがめないと 言っておきながら、陰でトシにこんなことしやがって」 近藤は膝の上の拳を、ぎゅっと握り締める。 「トシもトシだ。 そんなオークションなんか、突っぱねれば良かったんだ」 銀時は、頭に血が上った。 「護ったんだろうが、真選組を! でなきゃ、難癖つけられて、潰されちまっただろうよ」 「わかってるよ!」 負けずに、怒鳴る近藤。 「だから、堪んねェんじゃねェか!」 「近藤・・・」 「こうやって、何もかも自分一人で背負い込みやがって。 周りにいる人間は、堪んねェんだよ。 自分の無力さを、思い知ってさ」 悔しそうに、近藤は拳で自分の膝を叩いた。 今まで黙っていた沖田が、口を開く。 「まったく・・・こちらの考えの先へ先へと手を回しちまう。 この野郎は、むかつくほど頭がいいんでさァ。 で、独りで、こんな馬鹿なことをやっちまう。 俺達は、いつの間にか置いてきぼりでさァ」 最後の方は、声が震えていた。 二人が落ち着くのを待って、銀時は本題に入った。 「近藤、おまえじゃなきゃ、土方は帰って来ねェ、きっと」 じっと銀時の話を聞いていた近藤は、 「その川は、俺達の故郷の川かもしれんな。 あいつは何かあると、よくあの川原に行っていたからな」 と言って、微笑んだ。 銀時の心を、一抹の寂しさがよぎった。 やはり近藤と自分では、土方と一緒に過ごして来た年月が違う。 彼を理解する、度合いが違う。 「定春、頼むな。 この近藤(ゴリラ)を、土方の所へ連れて行ってやってくれ」 わざと、おどけた言い方をする、銀時。 「ワン!」 定春が元気に鳴いて、近藤の頭にガブリと噛みついた。 「イテテテ! こんな痛い目に遭わないと、トシの所へ行かれんのか?」 近藤の頭から赤い血が流れ、畳の上に落ちた。 「あれ?川が見えてこないか。 おまえにとっちゃ、懐かしい故郷の川なんだろ?」 「あ。見えてきた。 え?トシじゃなくて、死んだお婆ちゃんが、 向こう岸で手を振っている」 「おい!そりゃあ、三途の川だ。 渡っちゃ、駄目だぞ!」 銀時は慌てて神楽を呼ぶ。 神楽は慣れたもので、定春を近藤からあっさりと引き離した。 その定春の前に、沖田が立った。 「今度は、俺で試してみてくだせィ」 そう言うと、すらりと刀を抜いた。 「全く、情ねェ奴でィ。 俺が行って、斬ってきまっさァ」 定春が低くうなって、威嚇する。 「何するアルか! 定春が怖がってるヨ」 神楽は、今にも沖田にとびかかろうとしている。 間に近藤が入って、止める。 「ちょっとォ、二人共、病人の前で止めなさい!」 近藤がどうにかなだめて、沖田に刀を、 神楽には拳を収めさせた。 「万事屋、どうやら、この犬っころの力じゃないみたいだな」 近藤に言われて、銀時は首を傾げた。 「じゃあ、一体・・・」 「悔しいが、万事屋、トシが自分の心の中に 入って来るのを許しているのは、おまえだけらしい」 「え?」 落胆した近藤が、沖田を連れて帰って行った後、 銀時は再び土方の傍らに座った。 確かに、土方の心の中へ飛ぶ時、 天導衆の城の時と同じ感覚がした。 だったら、あの時も、土方が自分を呼んだというのか。 「今、一番会いたくねェんだよ」 コロシアムで土方は、吐き捨てるように言ったが・・・。 銀時は土方ににじり寄って、彼の頭を自分の膝の上に乗せた。 「土方、近藤じゃなくていいのか? どうして、俺なんだ?」 金縛りに遭ったように、動かなくなる体。 ふわふわと意識が漂ったかと思うと、 川の流れる音が聞こえてきた。 いつから、ここにいるのだろう。 土方は真選組の制服のポケットから、 煙草を取り出すと火をつけた。 煙草は、何の味もしなかった。 鏡の中に壊れた人形を見つけて、 気がつくと、銀色の光に包まれていた。 流れる川の面に反射した、日の光だった。 「あの人形は、俺・・・だったんだな」 ここへ逃げて来たのだと理解した時、 情けない、とは思わなかった。 嵐が治まるまでだ、と自分に言い聞かせた。 どこか懐かしいその景色は、故郷の川だとすぐに気づいた。 「そして、ここは現実の世界じゃない」 ぼんやりと川原で過ごす土方に、 一匹の白い犬がつきあってくれた。 その白い毛も、光を浴びて銀色に光った。 「あいつ、どうしているかなあ。 俺を待つ、と言っていたが・・・」 銀色の髪をした、万事屋の調子のいい店主を思い出す。 だが、煉獄関に関わってからは、そのつかみどころのない 彼の心が、はっきりと侍の形を作っていくのがわかった。 その自分の武士道(ルール)のままに 立ち向かって行く彼を、まぶしく思った。 昔の、そう、この故郷にいた頃の自分だったら、 彼と同じ行動を取るのに、何のためらいもなかったろう。 今は何をおいても、真選組が優先する。 だから、天導衆のやり方に乗ってやった。 「おまえは軽蔑するだろうが、な」 銀時に言い訳するようにつぶやくと、後ろから 「バーカ、おめェ、かっこ良すぎだってェの」 という、銀時の声がした。 振り返ることが、できなかった。 かっこいいだって?俺が? 違うだろ。 それは、おまえの方さ。 だって、おまえはヒーローじゃないか、子供達の。 警察のくせに、俺は泣きじゃくる 子供達のために、剣を取ることができなかった。 小さな胸の痛みを無視しようとした俺は、 最高にかっこ悪いよ。 土方は左手で拳銃の形を作ると、振り向いて引き金を引いた。 驚愕して自分の名を呼ぶ銀時の姿が、遠ざかって行く。 川の流れる音を再び聞いた銀時は、目を開けると、 「うわあ!すげえ!」 と思わず、感嘆の声を上げた。 夜空には、今にも降ってきそうなほどたくさんの星が 銀色に輝いていたし、その星々を美しい川の流れが 鏡のように、余すことなく映し出していた。 その銀色の世界に、黒い制服の土方の背中が見えた。 銀時は静かに歩いて行って、彼の横に立った。 「ここさ、おまえの故郷なんだってな」 「ああ」 と土方が返事をしてくれたことに、ほっとする。 「綺麗な所だな」 「今はきっと、変わっちまってると思う。 こんな草ぼうぼうの川原なんて、なくなってるかもしれない。 だが、俺の中の故郷は、今でもこんな感じなんだ」 「そうか・・・。 だけど、ここにいるおまえは、今の姿の土方なんだな」 「何?」 土方が、銀時を見る。 「故郷にいる頃のおまえの姿じゃなくて、 真選組副長の土方十四郎の姿。 ということはさ、心は折れちゃいねェんだよな」 土方が息を呑む。 銀時は、彼からの言葉を待った。 「ああ、俺もそのつもりだった。 まだやらなきゃいけないことが、たくさんある。 俺はまだやれるって、思うのに、この川原から動けねェ。 情けねェよな」 やっと言葉を紡いだ土方の唇は、 小さく震えているようだった。 「いいんじゃないのォ、たまには、さ。 いっつもおまえを心配させているのは、 真選組の連中の方なんだから」 「・・・近藤さん、心配していたか?」 「そりゃあ、もう」 困っている土方の顔を覗き込んで、銀時は笑った。 「ばつが悪いって言うんなら、 もう、独りで闘おうとするなよ。 近藤も、真選組もいるだろ」 それから、と銀時はつけ加える。 「俺だって」 「え?」 「あ、ほら、また俺、証人になってもいいし、よ」 自分でも信じられないことを口走った銀時が、 焦ってそう言った時、土方は笑ったのか 呆れたのか、わからなかった。 意識が、遠ざかってしまったからだ。 もう少し、彼と話をしたかった。 いや、それよりも、謝りたかったのだ、土方に。 「よろ・・・ず・・・や」 小さく自分を呼ぶ声がする。 「おい、その腐った目を開けろ」 その可愛くないもの言いに、銀時はぱっと目を開けた。 膝枕をしてやっていた土方と、目が合ってびっくりする。 「ひ、土方君!」 「ただいま」 「あ、お帰り」 と言ってから、銀時はうろたえる。 「え?何これ。 現実?それともおまえの心の中?」 「こっちこそ、訊きたい。 ここはどこだ」 そう土方に問われて、銀時はぐるりと首を回した。 「あの天井の染みから察するに、ここは俺ン家(ち)だ。 万事屋銀ちゃん家の和室だな」 「そうか、俺はずっとここにいたのか」 銀時の膝の上から、彼を見上げる土方。 少し前屈みになって、土方を見下ろす銀時。 「綺麗だ」 土方の言葉に、銀時はどぎまぎしてしまう。 「現実(こっち)の月って、こんなに綺麗だったかな」 そう土方に言われて、もう夜の帳(とばり)が 降りていることに、気がついた。 月の光が、土方の顔を照らしている。 「まぶしいよ」 と土方が笑ったので、静かに体を起こしてやった。 ちょうどよく、窓から月が見えた。 満月ではなかったが、よく晴れた空に あつらえたように納まっていた。 銀時は土方の背中を支えるようにして、後ろに座った。 それは、とても自然な流れだったのだろう、 土方も嫌がらずに、銀時に背中を預けていた。 土方の顔が見えないことで、心がすっと素直になる。 「ごめん、土方、俺がおまえの忠告を無視して 乗り込んだから、こんなに酷い目に・・・」 「こら、万事屋」 土方は振り向きもせずに、銀時をたしなめようとする。 銀時の心は、止まらない。 「俺、頭に血が上っちまってよ、馬鹿だよな、後先考えずに」 「銀時!」 思わぬ名前で呼ばれて、銀時は黙ってしまった。 「やめとけ。 らしくねェんだよ。 それに、俺が侘びを受け付けるのは、切腹だけだぞ」 土方は銀時を見もせずに、冷たく言い放った。 「俺の刀は、貸さねェよ。 てめェのを使えよな」 土方は立ち上がると、銀時の傍らにあった木刀を掴む。 その先を、いきなり銀時の腹に 押し当てて、グリグリとえぐる。 「痛ッ!いだだだだ! 斬れねェから、これじゃ、痛いだけだから」 悲鳴を上げる銀時から、木刀を外し放り出す。 「ふん。 どうせ、そんなくっだらねェこと、 考えているんじゃねェかと思った。 帰って来て、よかったぜ」 「え?それって・・・」 俺のために、帰って来たってことか?という言葉を、 銀時は土方に言えなくて、呑み込んだ。 「おい、酒、出せよ。 月見酒といこうや」 ずっとものを食べていなかったのだから、 土方はお猪口一杯の酒で、ひっくり返ってしまった。 彼を布団へ寝かせると、銀時は少しだけ寂しく思う。 土方との距離は、このぐらいがちょうどいい、 そう・・・今は、たぶん。 (だからさ、俺は訊かないよ。 どうしておまえの心の中が、 綺麗な銀色の光に満ちているのか、と) (終) ☆ あとがき 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。 無駄に長かったのでは、と反省しきりでございます。 これからも土方さんと、いろいろなキャラを 絡ませていきたいと思います。 SKIPは、銀さんと土方さんの屋根の上での 決闘シーンで、二人の姿に惚れました。 銀さんとの絡みが多くなるかもしれませんが、 よろしくお願い致します。