銀燭(ぎんしょく)2 −銀時・天人と土方−
(おいおい、勘弁してくれ。 一人じゃないのかよ) 土方は、眉をひそめた。 開いた戸から部屋に入って来た男は、五人。 オークション会場で、土方を競り落としたボスらしき男。 とんがった耳の他は、一見、地球人と変わらない。 彼の腕に自分の腕を絡めながら入ってきた奴は、女のような 柔らかい顔と透き通るような白い肌を持った、たぶん男だと思う。 その後から入って来た男は、テレビで見たことがある。 異種格闘技戦で、チャンピオンになった男ではなかったか。 近藤なんてものではなく、まさしくゴリラのように大きな体と顔つきだ。 ゴリラの後ろから入って来た男の肌が、蛇の鱗に覆われているのと、 時々覗く真っ赤な舌の先が、割れているのが気になる。 最後に入って来た男は年が一番若そうだが、 もう興奮しているのだろうか、ふーっふーっと呼吸が荒い。 目が、爬虫類のそれに似ていた。 彼から吐き出された息によって、部屋の中の温度が上昇したような気がする。 ドラゴンの血でも、引いているのだろうか。 どの男も格闘技を生業としているだけあって、体つきは土方をしのいでいる。 (俺を、殺す気・・・か) とてもじゃないが、この五人を一度に相手にする自信はない。 その天人達(あまんとたち)は土方をぐるりと囲んで、腰を下ろした。 途端に、彼は固い地面の上に投げ出された。 「な、何?」 顔を上げると、そこはローマ時代のコロシアムのような所だった。 五人の男達が、にやにやしながら土方を見下ろしている。 「へえ、さすが、鬼と言われている真選組の副長さんだネエ」 蛇男が、馬鹿にしたように言う。 「精神力が、強いんだな。 心の形になっても、姿が変わらないなんて」 ゴリラが、満足そうに笑った。 「心の、何だって?」 土方が訊ねると、ボスが口を開いた。 「土方君、私達は肉体で格闘技をお見せするが、 時にはこうやって、精神の形になって」 「心を、いたぶるのネエ」 蛇男がボスの言葉の途中で、いやらしく言った。 「お客様も、招待してあるわよん」 ほら、と女顔が指差したコロシアムの客席に、 天導衆(てんどうしゅう)の姿があった。 「ガキだったりジイさんだったら、即、体の方へ 行っちまおうと思ったけど、楽しめそうだぜ」 言うが早いか、ドラゴン男が土方に向かって蹴りを繰り出して来た。 地面を転がりながら逃げる、土方。 「おい、抵抗していいんだぞ。 その方が、面白ェんだからさ!」 ドラゴン男が吠えた。 「それじゃ、遠慮なく」 土方は、足を伸ばして彼の足に絡みつかせると、一気に引き倒した。 手も使わず、腹筋だけで素早く立ち上がった土方は、男を蹴り飛ばす。 直後、土方の首に、冷やりと何かがまとわりついた。 蛇男の舌だった。 ぐいぐいと、土方の首を締め上げる。 「ぐっ・・・!」 「そのまま、そいつを押さえていろ!」 ドラゴン男に言われて、「え?」となる蛇男。 ドラゴン男の口から、火の玉が飛び出し、蛇男と土方に向かって行く。 「馬鹿野郎ネエ!」 蛇男がわめく。 火の玉は二人に命中し、炎に包まれてしまった。 「あーあ、もう終わりか。 つまらん」 ゴリラが、がっかりして言った。 その炎の中から、土方が飛び出して来た。 手には、刀が握られている。 「こちとら、総悟のお陰で、火器には慣れてンだ」 不意を突かれて、ドラゴン男は土方に斬られて倒れる。 「いやーん、すごい!すごい! 武器を、作っちゃうなんて!」 女顔の男が、手を叩いて喜ぶ。 「やっぱり、あなたを競り落として、正解でした」 ボスが、にんまりと笑った。 「そりゃ、どうも。 男冥利に尽きるぜ」 土方は、ボスへと向かって行く。 彼の前に立ち塞がる、ゴリラと女顔の男。 ゴリラは、振りかざされた土方の刀を素手で叩き折る。 衝撃で、後ろへ飛ばされる土方。 バック転で、着地する。 その両手に、それぞれ刀が現れる。 土方が、二刀を構える。 「ほお」 ボスが、感嘆のため息をこぼす。 女顔の男には、それが気に入らない。 「ボス、浮気はダメよォ」 ゴリラの手にも、彼が引きずるほどのでかい刀が現れる。 ゴリラが土方に、斬りかかる。 二刀を交差させて、受け止める土方。 重い! 足が、地面にめり込んだ。 ゴリラの刀を押しやると、土方は右手の刀を囮に差し出す。 相手がそれに食いついてくると、跳躍し、左手の刀でゴリラの喉元を狙った。 と、左右から鎖が飛んできて、土方の腕に絡みつく。 そのまま地面に叩きつけられる。 「くそっ!」 左から鎖を引く、ドラゴン男。 右から鎖を引く、蛇男。 「爬虫類同士、息がぴったりだな」 苦笑した土方の手から、刀が落ちる。 左右から鎖を引きながら、ドラゴン男と蛇男がじりじりと迫って来る。 ゴリラと女顔の男も、近づいて来る。 ボスが、彼等の後ろから声をかけた。 「さあて、もう終わりにしましょうか。 ひ・じ・か・た・く・ん」 土方は膝をつき、腕は左右から鎖で引っ張られて自由が利かない。 その鎖が、いきなり断ち切られる。 ドラゴン男と蛇男は、尻餅をついてしまう。 土方の側に銀色の光が現れ、徐々に人間の形になっていく。 「銀時・・・?」 土方が信じられないといった風に、小さくつぶやいた。 その銀色の光は、木刀を構えた銀時の姿になった。 「助っ人?馬鹿な!?」 ゴリラが、ボスの方を振り返る。 「土方君、面白い武器を出しますね」 ボスは、興味津々といった様子だ。 「ん?これはあなたの力だけじゃないですね」 ボスの目が探るように、銀時を見る。 「近くに、この男がいる・・・!」 廊下のベンチに座っていた銀時は、突然、 金縛りに遭ったように、体が動かなくなった。 次に、心が体を離れて行くような、妙な感覚に支配される。 夢とも現(うつつ)ともわからない世界を、ふわふわとさ迷った挙句、 写真でしか見たことがない、西洋のコロシアムに立っていた。 ここでようやく、意識がはっきりした。 横を見ると、土方が鎖によって腕の自由を奪われ、膝をついている。 銀時は、何の迷いもなく、その鎖を木刀で断ち切った。 「土方、俺を呼んだか?」 「いや、呼ばねェ。 むしろ、今、一番会いたくねェんだよ、おまえには」 土方が立ち上がりながら、毒づく。 その腕に絡まった鎖の残骸を、地面に落とした。 「可愛くねェなあ。 ま、いいや。 せっかく来たんだから、助太刀しましょ。 五対一なんて、卑怯だし、ね」 銀時は、木刀を構える。 土方も、再び刀を一振り、握った。 五人の男達の手にも、刀が現れた。 男達が、斬りかかって来る。 銀時と土方は、互いの背を護って戦った。 それは長い間一緒に戦ってきた、盟友のようだった。 銀時が退いたと見せかけて、土方が攻める。 その役を入れ替わりながら、二人の呼吸は 乱れることなく、五人の男達を翻弄した。 地面に転がった女顔の男に、銀時は木刀を突きつけた。 悔しそうに唇を噛んだ男の口が、卑屈にゆがめられる。 「土方さん!あんた、いいの? この男を、巻き込んじゃってサ」 他の四人の男達が、さっと退く。 「始まったよ、あいつのネチネチ、が」 ドラゴン男が、つまらなそうにこぼす。 「あんた、自分の立場、わかっているのかしら。 私達に、金で買われたってことを」 銀時が、木刀を振り上げ、地面に突き刺した。 「ひっ!?」 木刀は、女顔の男の股間すれすれに、突き刺さっていた。 「うるせーんだよ。 剣で敵わねェからって、ごちゃごちゃと」 銀時が、冷たく言い放った。 「土方! 俺達は、満足するまで、てめェを帰さねェぞ! この男も、俺達の好きにして、いいんだな!」 悔し紛れに、女顔の男はドスの効いた男言葉でわめいた。 「その通りだな」 土方が言うのに、銀時は振り返った。 「駄目だ。 聞くな、土方。 俺は、ここにいる。 ここで、おまえを護る」 銀時に向けられた土方の目が、優しく笑った。 「土方・・・?」 「ありがと、な。銀時」 (え?俺の名を、呼んで・・・?) 土方が軽く銀時の胸を押すと、彼の意識が遠のいていく。 土方の方へ伸ばした手は、彼に届くことなく・・・。 「土方、一緒に帰ろう」 そんな言葉も、最早、虚しいだけのものになってしまう。 ベンチに座っていた銀時が、崩れるように床に転がった。 「何だ?おい、どうした?」 松平が驚いて、銀時に声をかける。 仰向けになって、大きく呼吸をする銀時。 「か、身体が重い。 すげェ、疲れた」 気持ちの悪い疲れが、銀時を襲っていた。 まるで、心の中をぐちゃぐちゃに 引っかき回されたような、嫌な感じだった。 目をつぶったまま座っていた土方の体が ぐらりと傾いて、布団の上に倒れた。 ここは、天導衆の城の一室である。 心が、こちらの世界へ戻って来たのだった。 五人の天人達も、である。 蛇男が、土方の髪を鷲掴みにすると、持ち上げて笑った。 「君達、やり過ぎたんじゃないのかネエー。 こいつ、壊れちまったかもネエ」 土方の目がかっと見開かれ、拳が蛇男の顎を捕らえた。 吹っ飛ぶ、蛇男。 ゆらりと立ち上がる、土方。 「すげえ!」 ドラゴン男は、熱い息を吐きながら興奮している。 「まだ動けるなんて、地球の猿にしては、いい根性してるぜ」 突進して来たドラゴン男が、がっしりと土方の腰に食らいついた。 彼の熱い息のせいで、土方の制服がそこだけ焼け焦げた。 「熱っ!」 ドラゴン男を両手で作った拳で、思い切り叩き落とす。 「がっつくんじゃねェよ!」 と啖呵を切った土方の背中に、衝撃が走った。 部屋の隅まで、吹っ飛ばされる。 いつの間にか、ボスに後ろを取られていたのだ。 頭を振って見上げると、五人の天人達に囲まれていた。 ボスの手が白いスカーフにかかるのを、土方は止めなかった。 その表情に、ボスが問う。 「諦めましたか?」 土方の目は、まだ強い光を保っている。 「いや、違うようですね」 そして「ふ・・・」と、ボスが笑む。 そっと土方の唇に自分の唇をつけて、囁いた。 「土方君、切ないですよ。 私は、あなたに・・・惚れたらしい」 土方の唇の端から徐々に、自分の唇を重ねる。 深く、彼を味わっていく。 (あの鏡に映っているのは・・・人形か?) 後ろから土方を、ドラゴン男が抱きしめる。 制服の襟をくわえると、ジッパーを 下ろすように、口を背中に這わせていく。 真選組の制服も下のシャツもその部分だけ 焼け落ち、土方の白い背中が現れる。 「ああっ・・・!」 加減はしているのだろうが、熱い息が背中を 這っていく感覚に、堪らず声が漏れてしまう。 すっかり背中が露わになってしまうと、 ドラゴン男は、土方の首筋に後ろから口づけた。 手に、脚に、巻きつく蛇の舌。 身体が軋むほど強く、抱きしめるゴリラの腕。 白く優しい顔を持った者は、一番残酷に振る舞った。 (なんだよ・・・あの人形、壊れてるじゃねェか) (3につづく)