銀燭(ぎんしょく)1 −銀時・松平・天導衆と土方−
「なあ、アレはもう終わったことだろ?」 「一応、記録に残しておきたいんだよ。 怪我が治っていないところ、悪ィが、協力してくれ」 坂田銀時(さかたぎんとき)は真選組副長の 土方十四郎(ひじかたとうしろう)を前にして、ため息をついた。 土方がノートパソコンを手に「万事屋(よろずや)銀ちゃん」を 訪ねて来たのは、一時間ほど前のこと。 そしてアレとは、「煉獄関(れんごくかん)」での一件を示している。 「鬼道丸(きどうまる)のことを、話してくれ」 土方は新しい煙草に火をつけながら、銀時を促した。 煉獄関とは、闘士に殺し合いをさせてそれに金を賭ける、 天導衆(てんどうしゅう)の退屈しのぎの遊び場だった。 鬼道丸という闘士は、その戦いで勝った金で、多くの孤児を育てていた。 その子供達のために足を洗おうとした時、彼は殺されてしまった。 情に駆られて、と言われればそうなのかもしれないが、 銀時は煉獄関に木刀一本で殴り込んだ。 子供達の涙に、ここで立ち上がらなかったら、魂が折れてしまうと思った。 新八(しんぱち)と神楽(かぐら)が銀時に続き、 沖田(おきた)も動いた。 「早まるな」 と何度も釘を刺してきた土方も、真選組を動員して援護してくれた。 「助けに来たわけじゃない」 いつものように煙草をふかしながら、土方は冷たく言い放ったが、 銀時にはその背中が頼もしく見えた。 借りを作ったと思った。 「もしかして、真選組、ヤバいの?」 キーボードを叩く土方に、銀時は恐る恐る訊ねた。 「いや。 松平(まつだいら)のとっつァんと近藤さんが、 天導衆に呼ばれたが、おとがめなしだった」 「ふーん」 銀時は、ほっとした。 煉獄関のことで真選組が処罰されれば、 土方に斬り殺されかねない。 いやそれよりも、自分が突っ走ったせいで、 他人に迷惑をかけるのが嫌だった。 「だが」 と土方が小さくつぶやいて、くわえていた煙草を灰皿に押しつけた。 「あっさりし過ぎていて、ちょっと怖いんだ」 その時、土方の携帯が鳴った。 「あ、近藤さん? え?とっつァんが?」 玄関の戸が、乱暴に開けられる音がした。 続いて、大きなだみ声が響いた。 「トシぃ! トシぃ、いるんだろ?」 「あ。来たぜ」 と言うと、土方は携帯を切った。 同時にバシッ、と勢いよく開けられたふすまが、そのまま吹っ飛んだ。 鬼瓦のような顔をした警察庁長官の 松平片栗虎(まつだいらかたくりこ)が、現れた。 そして、つかつかとソファーに座っている土方に近づいて来ると、 いきなり拳銃を抜いて、彼の額につきつけた。 「煉獄関は、おまえだったんだな?」 「ああ」 土方は顔色ひとつ変えずに、あっさりと肯定した。 「おめーのことだから、勝算があって手ェ出したんだとは思うが」 「呼ばれたか?」 土方は、ノートパソコンを閉じた。 「今すぐ来い、とさ」 松平も、拳銃を仕舞った。 「やっぱりな。 近藤さんをあっさり帰したってことは、天導衆(やつら)、 俺との勝負に勝ちを確信している」 「おめー、負けたら」 焦る松平を、土方が「おい」と言って止めた。 その時初めて、松平は銀時の存在に気がついたらしい。 (俺の家なのに、失礼なオッさんだ) と苦笑する、銀時。 (負けたら) と土方は、松平の言葉を反芻(はんすう)する。 何かコトがあると、天導衆はその責任者を 呼びつけてゲームまがいの審問会を開く。 土方も何度か呼びつけられたが、全て彼等に勝ってきた。 監察を使っての証拠固め、自身の足で集めた資料はいつも完璧だった。 このゲームに負けると、競(せ)りにかけられるという。 「牛や馬じゃあるまいし」 と土方は笑ったが、気になって調べてみると、審問会で天導衆を 納得させられなかった幕臣を、オークションにかけて、 天人(あまんと)達が競り落とす。 そのオークションでの駆け引きが、また魅力らしい。 競り勝った天人は、文字通り、そいつを一晩、好きにできるのだそうだ。 むごい目に遭わされて、精神を病み仕事を追われた者もいるらしい。 「コレもいつか、潰してやる」 と土方は決意したのだった。 「とっつァん、屯所に寄ってくれ。 資料を揃える」 立ちかけた土方の腕を、銀時が掴んだ。 「俺も、行く」 「何、言ってんだ。 部外者は入れねェよ」 「立派な当事者だ。 証人だろ」 真選組の屯所を出て、松平の車は天導衆のいる城へと向かっていた。 どの天人よりも大きな船に、どっかりと据えつけられた城へ。 その大きさは、この国での権力の強大さを示している。 土方は後部座席に浅く座って、制服のポケットの上に手を置いた。 そこには、煉獄関に関する資料をまとめたディスクが、一枚入っている。 (俺の味方は、このディスクと) 土方は、隣に座っている銀時を見た。 (コイツだけ、か) 煉獄関の件ははっきり言って、機が熟していなかった。 証拠も資料も、十分とは言えない。 それでも、土方は銀時と簡単な打ち合わせをした。 「どんなにこちらに不利なことでも、嘘は絶対に言うな。 わからないことは、『わからない』と言っていいから」 「わかった」 「向こうがおまえを誘導しそうになったら、俺が必ず阻止してやる。 だから、熱くなるなよ」 「それは・・・」 自信がない、と銀時は言いそうになったが、 「その時は、俺をぶん殴ってくれ」 とおどけて返した。 が、内心穏やかではない。 土方に、いつものふてぶてしさが感じられなかったからだ。 外からの光を全く遮断した広い会議室の中で、 土方にとっての闘いは始まった。 彼が提出した資料に対して、天導衆から冷徹なまでの質問が飛ぶ。 それをひとつひとつ、噛み砕くように説明していく土方。 しかし歯痒いことに、確固たる証拠が足りない。 真剣に説明すればするほど、天導衆はそれを面白がっているようだ。 天導衆にとって、これはゲームに過ぎないのだ。 証言に立った銀時は、何度も声を荒げた。 それも彼等は面白がった。 そして緻密に、土方を追い詰めていく。 「俺が、あの時、乗り込んだ侍だって明かせよ。 煉獄関をぶっ潰した犯人だって、ぶちまけろ」 銀時は焦れて、そんなことまで言いだした。 「馬鹿。短気を起こすな」 土方がなだめる。 「だって、このままじゃ、真選組に害が及ぶんじゃないのか」 「ここで、おまえを犯人として突き出したら、 それこそ、俺の魂が折れちまうだろうよ」 そう言って、土方は笑った。 結果・・・、 土方は・・・負けた・・・。 天導衆が、ひそやかに笑った。 「やっと、君を落とすことができたね、土方君」 土方は、隣の席で真っ青になっている松平に向かって言った。 「とっつァん、すまねェ、完敗だ。 銀時(こいつ)を連れて、帰ってくれ」 松平は、言葉も発せられず、低くうめくのみだ。 「近藤さんには、あんたからうまく言っといてくれよ」 すっと、二人の男が土方を両側から挟みこむようにして、近づいた。 「土方殿、参りましょう」 うなずく土方。 だが、銀時が男の一人の肩を掴んだ。 「待てよ。 俺もさ、一緒に連れて行ってよ」 「おい!万事屋」 土方が怒ったように、制止しようとする。 「あのさ、本当のこと言うと」 土方が、銀時を殴って、その先を言わせなかった。 床に転がる銀時。 仲間割れか、と二人の男は冷笑した。 そんな男達を、早く行こう、と土方が促した。 土方の背中に、銀時が叫ぶ。 「俺は、逃げないぜ。 ここで、おまえを待っている!」 振り返りもせず、会議室の扉の向こうに、土方は消えてしまった。 「なあ、あいつ、どうなっちまうの?」 銀時は閉じられた扉を凝視したまま、松平に訊ねた。 オークション会場の壇上で、その男が 「真選組副長、土方十四郎」 と名乗った時、会場内は大きなどよめきに包まれた。 会場と言っても、大きなものではない。 天人達は、インターネットで参加している。 だから、品物(人間)が手に入った時、 いつでもオークションが開けるのだ。 たくさんの四角いディスプレイに、 様々な天人の顔が映し出されている。 品物を競り落とした者だけが、 この天導衆の城へと招き入れられるのだ。 正座したまま一度深々とお辞儀をすると、土方は顔を上げた。 背筋をピンと伸ばし、手は軽く握って膝の上に置いた。 その潔い姿に、会場は水を打ったように静かになった。 (ここまで来たら、真選組の副長として、 みっともないところは見せられねェ。 そうだろ、土方) 自分自身を、心の中で叱咤する。 握った拳に、思わず力が入った。 オークションが始まった。 値はどんどん、吊り上げられていく。 (面白ェじゃねェか。 俺みたいなチンピラ警官を、金をだしてまでどうにかしたい、 っていう輩(やから)がいるなんて) 土方は、半ば呆れて見ていた。 (だけどさ、てめーら、いい気になるなよ。 こんなもの、いつかぶっ潰してやるから、よ) そのために、これから起こることを、 しっかり目に焼きつけておかなくてはならない。 「あんな乱暴でがさつな男を、買う奴なんかいるもんか」 銀時は松平から聞いたオークションの話に、 馬鹿にしたようにそう言った。 銀時と松平は会議室を追い出され、 廊下のベンチに並んで腰掛けていた。 「そういう男(やつ)ほど、天人の興味をそそるらしい」 「だって・・・女の方がいいだろ」 「腕っぷしもプライドも強い男を組み敷くのは、堪らねェらしいぞ」 遊びなら何でもやっていそうな松平の言葉に、銀時は不安になる。 (あいつは、それだけじゃねェよな) 土方はその男らしい気性とは反対に、 時々愁いを帯びたような表情をすることがある。 (肌も白いし・・・) と銀時は、思わず土方の腕まくりした 彼の素肌を思い浮かべてしまう。 やはり、そちらの気がある者にとっては、 絶好の獲物なのではないだろうか。 「俺の・・・せいだな」 彼が無体(むたい)な仕打ちを、受けるのだとしたら・・・。 土方が競り落とされた値段に、オークション会場は 大きなため息に満たされた。 最終的には三組の男達によって争われ、 星々を格闘技の興行で回っているという天人が勝った。 土方はまるで他人のことのように、その様子を見ていた。 風呂を遣うように世話係の男に言われて、土方は鳥肌が立った。 「やはり、そういうことをするのか・・・な?」 浴槽に浸かり、自分の手を広げて見た。 屯所内の道場で、毎日、木刀での素振りを欠かさない。 銀時との対決で負けてからは、尚更、力を入れるようにしてきた。 その手は、武骨で色気も何もありはしない。 「この手が、男の背を抱くのか・・・」 ぎゅっと、拳を握り締める。 悔しい。 時間があったのなら、天導衆などには口も出させずに、 もっと完璧に、煉獄関を潰せたはずだった。 黒幕っていう奴等も、逮捕できただろう。 銀時の顔が、湯の中に浮かぶ。 「バーカ、おまえを恨んじゃいねェ。 消えな」 銀時の顔が、悲しそうにゆがむ。 「こんなこと、何でもねェよ」 バシッと、湯の面を叩く。 「男に抱かれている時になんか、出て来るんじゃねェぞ。 俺はおまえにだけは、見られたかねェんだ」 湯をすくって、ザブザブと顔を洗った。 その手が止まる。 透き通った水の珠が、白い顔を伝っては 湯の上に落ち、波紋をこさえた。 「銀時・・・、この夜が終わっても、おまえは俺を 対等の人間としてみてくれるだろうか。 軽蔑されちまったら」 その後に続く言葉を呑み込んで、 土方は再び湯をすくって、顔を洗った。 「お客様は、真選組の制服がお好みだそうです」 風呂から上がった土方に向かって、世話係の男がそう告げた。 制服が情事の小道具に使われるようで 不快だったが、言う通りに制服を身につけた。 何の装飾品も置いていない殺風景な部屋に、 ぽつんと布団が一組、敷いてある。 その脇に座って、自分を競り落とした客を待つ。 「ちぇっ、煙草、吸いてェなあ」 目の前に大きな鏡が、壁一面に張り巡らされている。 嫌な気分だ。 ねばつくような気配を、感じる。 土方は、その鏡に目を凝らした。 「何て、趣味の悪い・・・」 めまいがした。 たぶん、この鏡の向こうは天導衆の特等席だ。 これからここで行われることの一部始終を、 奴等はあそこで観戦するのだ。 羞恥心と情けなさで、土方の体が震えた。 その時、カラリと乾いた音がして、部屋の戸が開いた。 (2につづく)