月下美人(げっかびじん) −mica様リクエスト−

 まだ月も昇らない時刻、 小屋の中に入って来たカンベエは、 上半身の衣服をすっかり脱いで 板の間に横たわっている男の枕元に座った。 手袋を外し、重ねて自身の傍らに置く。  それから手を、男の白い肩の上に置いた。  蝋燭の灯りに淡く光る金色の髪が動いて、 男がカンベエを見た。 特徴のある紅い瞳が、 今夜は穏やかな光を湛えていた。 「押さえていよう」  そう声をかけるカンベエの右の手の甲には、 六枚の花弁をつけた花が咲いている。  カンベエは男の目が自分の顔から、 その花へと移ったことに気がつき 「強かったか?」  と手の力を緩めた。 「いや」  男は短く答えると、目を閉じた。  そんな二人の様子を見ていた シチロージが、立ち上がる。 「始めましょうか、キュウゾウ殿」  シチロージはキュウゾウをまたぐと、 両足の膝で彼の腰を挟み固定させた。 「これを噛んで」  シチロージは懐から手拭いを取り出し、 こちらを見上げてきたキュウゾウの口に含ませる。  彼の目の紅に、シチロージははっとする。 それは、自分の嫉妬の色が 映ったものではないだろうか。  シチロージは機械となった左手をかざし、 それからカンベエを見た。 (私の失ったものを、カンベエ様は キュウゾウに与える・・・のか)  カンベエが、真っ直ぐに シチロージを見つめ返してくる。  シチロージは彼から視線を外すと、 嫉妬の炎を消そうと目を閉じた。  五年前、シチロージは左腕を失い、 ユキノという女性を得た。 彼女は彼に安らぎを与え、 戦場(いくさば)とは違う世界を見せた。  戦はその後終息に向かい、そんな時に ユキノと出会ったのは運命だと思った。  同じように、カンベエは キュウゾウと出会ったのだ。 サムライ同士だというのに大戦の時ではなく、 この商人(アキンド)の時代に。 それも運命ということだ。  ただ、シチロージとユキノがゆっくりと 時をかけて近づいて行ったのに比べて、 カンベエとキュウゾウはあまりにも早く 身を寄せ合ってしまった。 まるで、二人の間にはもう時間がないようで、 シチロージは気にかかる。  カンベエが自分の右手の甲に彫ってある花と 同じものを、キュウゾウの体に入れたいと 言ってきた時も、シチロージは眉を顰めた。 それはキュウゾウの望みだというのだが・・・。 「あの頃、流行っていたことです。 あなたの部隊では、やらなかったのですか」  キュウゾウの真意を探ろうと、 シチロージは意地の悪い質問をしてみた。 「子供は、つま弾きだった」  少年の頃の憤りに思いを馳せたのだろう、 そうキュウゾウは答えた。 (では、まっさらな身体に、カンベエ様と 同じ花を刻みつけたいというわけか。 そうやって、覚悟を示したいのか)  シチロージは、言葉を和らげて諭す。 「ヒョーゴ殿を斬ったことで、カンベエ様は キュウゾウ殿を信用していると思いますよ」  キュウゾウの心は揺れなかった。  シチロージは彼を眩しく見た。 大戦の頃の自分と重なった。  シチロージが目を開けると、 キュウゾウが静かに待っていた。  シチロージの機械の左手の先から、 繊細な刃物が現れる。 刃をキュウゾウの心臓の上に入れた。  昔、その左手の甲にも、 カンベエと同じ花が咲いていた。  仕事を終え、シチロージが小屋を出る。 「ああ、いい月が出ている」  言われて、カンベエは窓の板戸を開けた。  シチロージが、都々逸を 口ずさみながら去って行く。  カンベエは部屋に戻ると、 蝋燭の炎を吹き消した。  蝋燭の代わりに月の光が、 汗ばんだキュウゾウの肌を照らす。  カンベエはそっとその左の胸に、 自分の右手を置いた。 同じ花が二輪、蒼い月の光を受けて並んだ。 胸の花は、まだ熱をもっていた。  キュウゾウがうっすらと目を開けた。 「花は・・・咲いたか」 「ああ」 「おまえと同じ・・・か」 「そうだ」  安心したように、キュウゾウは目を閉じた。 「この花は、おぬしの心に繋がっているのだな。 そして」  儂(わし)にも・・・。  だとしたら、キュウゾウの覚悟を 自分は受け止められるだろうか。 カンベエの心が揺れる。  大戦中、同じ花を咲かせた 若者達が先に逝った。 この若いサムライも、自分は 散らしてしまうのではないだろうか。  カンベエは月を見上げた。 幾度となく戦場で見上げた月が、 変わらない姿のままそこにあった。 「カンベエ・・・」  微かに自分の名を呼ぶ声が聞こえて、 カンベエはそちらを見た。 キュウゾウが目を開けて、 天井を見つめている。 「キュウゾウ、眠れないか?」 「俺の墓は、いらぬ」 「何を?」  カンベエの花の手は、 まだキュウゾウの胸の上にあった。 「おまえのこの手に、 この花が咲いていれば、それでいい」 「この花は、死ぬ覚悟で彫ったのではない。 生還を誓って彫ったものなのだ」  カンベエは、むきになって叫んでいた。  そんな彼の手に、 キュウゾウは自分の手を重ねた。 カンベエは動揺を、若い彼(ひと)に 見透かされたような気がした。 「儂の命も終わる時がくる。 花も散るぞ」 「そうしたら、共に消えよう。 生きていた証など、どこにも遺さずに」  それからキュウゾウは、 花を見たいと言った。  シチロージが置いていった手鏡を渡すと、 キュウゾウは体を起こした。 カンベエが後ろから支えてやる。 「ひとりで大丈夫だ」 「いや、こうすると」  カンベエが手をまわして、自分の花を キュウゾウの胸の花の傍らに置いた。  鏡の中で、二輪の花が咲く。 「生きて還ったら、 どちらかの花が散るまで戦おう、存分に」 「ああ」  とうなずいたキュウゾウの横顔が 寂しく見えたのは、月の明かりのせいだろうか。  明日になれば、もうこの花を 互いに合わせることはないだろう。 野伏せりとの戦は、 すぐ目の前に迫っている。  最初で最後のこの時、 互いの存在を確かめる花ふたつ。 まさに今夜だけ咲いた、 月下美人といえよう。  今、カンベエはあの夜と同じ、 キュウゾウの胸に手を置いている。 しかし、それは大量の出血を抑えるためだ。 「キュウゾウ!」  カツシロウの位置からは、敵の背後から 近づくキュウゾウの姿は見えなかった。 狂ったように銃を乱射して、 正気に戻った時は既に遅かった。  キュウゾウは、叫び声も上げなかった。 膝を折ったことがなかった剣士が ゆっくりとその場に沈んでいくところを、 カンベエは慌てて抱きとめていた。 「キュウゾウ!」  呼びかけに応じて、彼が少しだけ目を開く。 「おまえが『惚れた』と言ってくれた・・・ 腕をひとつ、なくしてしまった」  そう言って謝ってくる。  負傷して動かなくなっていた キュウゾウの右腕を、カンベエはさすった。  初めて会った日のことを、今日まで記憶に 留めておいてくれたか、と目頭が熱くなる。 「花も」  とキュウゾウは自分の胸に、 辛うじて動く左手をやった。 「散ってしまっただろうか」  カンベエの顔が歪む。  キュウゾウは苦しい息の下から、 なおも言葉を続ける。 「早く・・・仕事を終えろ」  カンベエははっとなる。 「早く行け」と、 キュウゾウは促しているのだ。 自分の屍を乗り越えて、 ウキョウの首を取りに行けと。 足手まといにはなりたくないのだ、 この誇り高いサムライは。  シチロージとキクチヨが寄ってくる。 二人に向けて、カンベエは 微かに首を横に振った。 「俺との・・・決着を・・・忘れるな」  キュウゾウを利用した台詞だ。 そのことだけで、彼をここまで 引きずり込んでしまった。 「忘れてはおらぬ」  たとえずるくても、その約束が 彼の命を繋ぎ留めるならば・・・。 「・・・静かだ」  都(ミヤコ)の中ではまだ爆発が 続いているのに、キュウゾウはもう 静寂の地へと向かっていた。  逝っても、戦場を見つめる キュウゾウの目を、カンベエは 手袋を外して閉じてやった。 「シチ・・・」 「はい?」 「幼い・・・な?」  カンベエが、キュウゾウの顔から 目を離さずに問いかける。 「はい。あの頃の子供は、早く大人に なるよう強要されていましたから」  カンベエがそのまま動かないと見て取ると、 シチロージはキクチヨとカツシロウを促して、 ウキョウを求めその場を後にした。  カンベエは居ずまいを正すと、 キュウゾウの上着に手をかけた。 一旦はためらったが、 彼の上着の前を開いた。 「あ!」  思わず声を上げる。  キュウゾウの左の胸に咲いていた花は、 真っ赤な花びらを散らしていた。 その気高い色を目に焼きつけると、 カンベエは丁寧に上着を閉じた。  それから、キュウゾウが左手に 握っていた彼の愛刀を取った。 キュウゾウが、自分に寄り添う気配を感じた。 「おぬしの覚悟、今度こそ、受け止めたぞ」  キュウゾウの刀が震える。 「儂も、この花、見事に散らそう」  最後の戦いに向かって、 カンベエは走り出した。  瀕死の都から脱出するために、 ウキョウはハッチを開けさせた。 彼はそこに、カンベエと、 その背を守るキュウゾウの姿を見た。 「ひゃあああー!!」 ウキョウは、自分でも 耳障りな悲鳴を上げていた。 戦場に、見事に白と紅の大輪の花が咲いた。 (終) ☆ あとがき   micaさん、リクエストありがとうございました。   「SAMURAI7」で「花」といわれれば、 もうカンベエ様の手の甲に咲くアノ花しか浮かびませんでした。 すみません。 もっと綺麗なお花を、想像していらっしゃったでしょうか。 (カンベエ様に失礼?)   今回花についての設定は、小説版「SAMURAI7」を   参考にさせていただきました。   こちらの作品は、リクエストしてくださったmicaさんに   限りお持ち帰りどうぞ、です。   皆様も、最後まで読んでくださってありがとうございました。   以上で「SAMURAI7」地上波放送記念のキリリクは   全てUP致しました。   素敵なリクエストをしてくださった皆様、 ありがとうございました。   また機会がありましたら、ぜひお願い致します。   SKIPの拙い構成・文章にも拘らず、   読んでくださった皆様に感謝申し上げます。