深雪(みゆき・外伝) −カンベエとキュウゾウ−
「カンベエ、知っているか」 キュウゾウに言われて、 カンベエは彼を見た。 ヘイハチに用があっての帰り道、 村を巡回している キュウゾウにばったり出会った。 一緒に歩いているうちに、 村を見渡せる丘の上に立っていた。 深い蒼い色に 空が染まりつつあった。 せっかちな星が、 もう瞬き始めている。 空に星があったことさえも 忘れていたことに、 カンベエは気がついた。 「この村には、雪が降るのだそうだ。 真っ白な雪が、山も谷も田んぼも 全て包み込んでしまうのだそうだ。 お主、想像できるか」 普段とは違って、 キュウゾウの声が少し弾んでいた。 (子供みたいだ) カンベエは心の中だけで、 ほのぼのと笑った。 表情には出さないように気をつけた。 きっとキュウゾウは、 馬鹿にされたと思うだろうから。 「ならば、今すぐ 雪を降らせたいものだな。 お主のために」 キュウゾウを喜ばせたくて そう言ったのに、 カンベエを睨んだその目には 落胆の色があった。 「風情のないことを・・・。 待つのだから良いのではないか」 「そういうものか」 そう言って、カンベエはまた 心の中だけでふっと笑った。 そんなことも遠い昔の話のようだ、 とカンベエは思いながら、 雪道をサムライ達が眠る丘へと 向かっていた。 昨夜の雨が雪になって、 今年初めて神無(カンナ)村を 白く染めたのであった。 墓には先客が来ていた。 マンゾウである。 彼がぼそぼそとキュウゾウの 墓の前で呟くのを聞いて、 思わず声をかけた。 「雪のこと、 キュウゾウに話したのは お主であったか」 しばしキュウゾウとの 思い出話をした後、 マンゾウはカンベエに、 キュウゾウと一緒に 雪を見ることを 約束したのかと尋ねて来た。 「いや・・・」 とカンベエは首を横に振った。 そう答えながら、雪が降ったら 再び丘(ここ)で共に 雪景色を楽しもうと、 キュウゾウと約束すれば よかったと思う。 そうしたら、その約束が 彼の命を引き留めたかもしれない。 しかし、二人の間で 交わされた約束はただひとつ。 刀での決着だった。 それさえも、キュウゾウの命を 引き留めることはできなかった。 はらりとカンベエの頬を、 雪がかすめた。 止んでいた雪が 再び舞い始めたのだった。 見上げると、白い空を 削(そ)いだような雪が カンベエの顔の上に降りかかる。 キュウゾウを思い出して 火照った頬に、雪が心地良い。 カンベエの顔の熱で融けた雪が、 水の玉を作っては流れて行く。 幾筋も幾筋も・・・。 カンベエは、雪に キュウゾウの命を重ねていた。 この腕の中で、すうっと 消えて行った命のはかなさを 思い出してしまう。 遠慮したのか、いつの間にか マンゾウの姿はなかった。 研ぎ澄まされた静寂が、耳に痛い。 その静寂を縫って、 キュウゾウの声が再び聞こえて来る。 「カンベエ、知っているか。 この村には、雪が降るのだそうだ。 真っ白な雪が、山も谷も田んぼも 全て包み込んでしまうのだそうだ。 お主、想像できるか」 (終) ☆ あとがき こちらの作品は都屋菜々様の素敵サイト 「恥さらしの黒猫」の 「カンキュウ祭・リターンズ」へ 寄稿させていただきました。 都屋様、お世話になりました。 「深雪」はマンゾウ・シノ親子と キュウゾウのお話でしたが 今回、その外伝として カンベエとキュウゾウで書かせて いただきました。 読んでくださって、 ありがとうございました。