冷たい心臓 (出会い編)

注)こちらの作品は「Cat People」(1982年リメイクされた ポール・シュレイダー監督の作品)を参考にしています。 土方さん、銀さんが獣に変身するのは許せない! という方はお気をつけください。  伝説に、翻弄されながら生きている少年がいた。  山の奥深く、質素に、かつ穏やかに暮らしている人々に 崇められる十四代目の神として、 「十四郎(とうしろう)」はその村にいた。  代々、村長であり神官の務めも果たしてきた家の座敷牢に 鎖で繋がれていたが、それでも人々は大切な神と呼んだ。  神である少年は人の形を成していたが、 その正体は恐ろしい獣であると信じられていた。 昔々、村に災害が続き、追い詰められた愚かな人々は、 親を失った少女を、山の神であるオオカミに捧げた。  オオカミは少女を哀れんで、彼女を その牙にかけるよりも愛撫してやった。  村へ無事に帰って来た少女は、まもなく子を産んだ。  そして、それは村の守り神となったのだ。  人々はその種族を祭りながらも、獣との間に 生まれた子として軽蔑もしていた。  神の子らは同族としか交わることができず、 その禁を犯したものはオオカミの姿となってしまう。  再び人間の姿に戻るには、人を食い殺さなくてはならなかった。  だから人は、彼らを愛することはなかった。  それでも同族の者達が複数いれば、慰め合うことも できたが、今は十四郎一人となってしまっていた。  話し相手もなく、彼はひっそりと生きていた。    ある時、村を天人(あまんと)の集団が襲った。  彼らは、近くの山にオオカミ狩りに来ていた。  ハンター達は人間を狩ることにも、興味を持っていた。  江戸でそんなことをやれば、処罰されてしまう。  しかしこのような辺境の小さな村ならば、 と獰猛な狩人達はうなずき合った。  快楽のためだけの、狩り。  鋭い牙も爪も持たない人間達は、 オオカミよりもあっけなく地面に転がった。  天人達に、村長はひとつの鍵を握らせた。 「これをあなた方の自由にして良いから、村人達は助けてほしい」  オオカミに人身御供とされた少女から 数えて、二度目の裏切りだった。  いや、村人達はずっと裏切り続けていたのかもしれない。  獣と人の血の混じった十四郎の瞳に、天人達は惹きつけられた。  何者にも屈しない強い光は、男達の征服欲を刺激した。  彼らの欲望の波の中で、美しい少年は なぶられているしかなかった。  怒り、よりも悔しさ、そして それよりも哀しみ、に心が溺れていく。  気がついた時、叫び声はオオカミのそれになっていた。  経験したこともない熱さに、体が焼き尽くされそうだ。  その熱に導かれるように、天人達の 皮膚を切り裂き、血をすすった。  人の姿に戻った十四郎は、男達の欲と血に汚(けが)れた自分は もはや神ではなく、ただの獣(けだもの)に成り果てたと絶望した。  体はまだ熱を帯びていたが、天人達の骸(むくろ)を 前にして、十四郎は心臓がぴちゃりと音をたてて、 冷たく胸に張りつくのを感じた。  その冷たい心臓を、天人の白い手が 先を争って奪いにくるようで怖くなる。  十四郎は、そこから逃げ出した。    遠い知らない山の中に潜み、野鼠などの小動物を獲って食べた。  血や肉は、十四郎の体を作っていく。  だが、心はあの日から静まることを知らず、荒れていった。  相変わらず、心臓は冷たく凍えたままだった。  それを抱(いだ)きながら、震える夜を幾つも過ごした。  そして人間に対して、剣を向けることを覚えた。  刀(これ)が人間達(おまえら)の牙か、 とあざ笑って叩きのめした。  復讐なのか、それとも目覚めたオオカミの血が たぎっているだけなのか、自分でもわからなかった。  村から村へと、荒んだ心と抑えようのない 熱を引きずりながら渡り歩いた。  ある村にさしかかると、十四郎の噂を聞いた 腕自慢の男達が徒党を組んで、襲いかかってきた。  田舎の道場とはいえ、稽古を積んできた連中だ。  しかも侍としての誇りというものが あったから、死に物狂いで向かってきた。  彼らも傷を負ったが、十四郎は袋叩きに遭った。  それを拾ってきて匿(かくま)ってやったのが、 貧乏道場の主である近藤勲だった。  特別なことをした訳ではない。  十四郎の傷の手当てをして、他の人間と 分け隔てなく扱っただけである。  しかし、そのような人間らしい扱いを受けたのが初めてだった 十四郎は戸惑ってしまい、逃げようとする。  そんな彼に、ここにいていいのだ、と笑うだけの近藤。  十四郎の冷たい心臓に、ふっとあたたかな近藤の手が触れる。  近藤に自分の素性を明かせないことは心苦しかったが、 告白すればきっと彼も村人達のように自分をおそれ、 軽蔑するに違いない、と十四郎は思った。  数年後、近藤が松平片栗虎(まつだいらかたくりこ) の推選で武装警察「真選組」の局長の任についた時、 十四郎は姿を消すつもりだった。  だが、いち早く気づいた近藤に、引き留められてしまった。 「俺は、侍の出じゃないからさ」  と言ってはみたが、何を今さら、と近藤は笑った。  近藤が握った手を、十四郎は振り払うことができなかった。  江戸には、多くの人間と情報が流れ込む。  もしも、あの村の人間と出会ってしまったら。  もしも、天人を虐殺した犯人であると、ばれたら。  もしも・・・もしも・・・、と次々に浮かぶ悪い考えが、 江戸へ向かう十四郎の足を重くしていた。 「土方さん」と、一番若い沖田が心配そうに声をかけてくる。  近藤の父が、遠い親戚筋だが家系が途絶えていた 「土方」という家の名を十四郎に与えてくれた。 「副長」と、仲間達もこんな自分を慕ってくれる。  全てが白日の下にさらされるその日まで、一日でも 長く彼らと一緒にいたいと、十四郎は願った。   「真選組」は対テロ用特殊部隊として、 時には派手に江戸の街で活躍した。  十四郎は表舞台は近藤に任せ、自分は常に 裏へまわって煩雑な仕事を引き受けていた。  それを隊士達に教え込むことも、忘れなかった。  そう、いつ自分が消えても、真選組が機能するように。  その厳しさに、いつしか隊内でも世間からも 「鬼の副長」と呼ばれるようになっていた。  桂小太郎一派によるテロ未遂事件の後始末がやっと一段落した頃、 近藤が女を賭けた決闘で負けた、と隊士達がいきり立った。  彼らをどうにか抑えて、土方はその近藤の 決闘の相手「銀髪の侍」を探しに出た。  対峙した時、彼とは桂との一件で出会っていたことを思い出す。  死んだ魚のような目をした彼のことが、 なぜか十四郎の心に引っかかっていた。  今も、彼と向き合っていると、心ではない、 何かその奥の方から自分に訴えてくるものがある。  その正体がわからないまま、十四郎は銀髪の侍に斬りつけた。  相手は人間なのだからと、手を抜いたのだが、 次第に余裕がなくなってきた。  彼の自分よりも素早い動きに、ついて行けない。  しかも、刀を折るほどの力を見せた。  あ然とする十四郎に、銀髪の侍が近づいて来る。  彼は「坂田銀時」と名乗った。  思わず身構える十四郎に、肩をすくめて 「ないしょ話、いい?」  と訊いてくる。  返事をしない十四郎の耳に口を寄せて、銀時は言った。 「やっと、見つけた」と。  何のことかわからず目を見開く十四郎に、尚も銀時は言う。 「独りぼっちで、寂しかっただろう」 「何を言っている?」 「仲間だよ、俺もオオカミの子だ」  十四郎は、警戒する。  銀時が、鼻をこすりつけてくる。 「ほら、大丈夫、敵じゃない」  十四郎も、銀時と同じように鼻をすりつけてみた。  同族にしかわからない、懐かしい匂いが体の奥まで沁みていく。  ああ、これだったのか、と十四郎は合点(がてん)がゆく。  彼と出会ってからずっと、自分の中の何かに訴えていたものは。 「もう、俺一人だけだと思っていたのに・・・」 「昔、あの村を逃げ出した者がいたんだよ。 俺はその末裔さ」  銀時は十四郎を、自分が営んでいる 「万事屋(よろずや)」に招き入れた。  十四郎の姿を見た従業員の新八と神楽は、 やっぱり銀時の仲間だったのかと喜んだ。 「ごゆっくり」と気を利かせて、二人共外へ出て行ってしまった。 「おまえ、自分の素性を明かしているのか?」  十四郎がいぶかしげに尋ねると、銀時は屈託なくうなずいた。 「天人やらえいりあんやらが闊歩(かっぽ)している時代に、 オオカミ男ぐらい珍しくもないでしょ」 「でも」 「俺よりも、おまえの方が危ねェよ。 その目の光、もっと抑えないと。 俺のように、な」  銀時に言われて、十四郎は目を伏せた。 「あのさ、十四郎」  と教えたばかりの自分の名を呼ばれて 銀時の方を見ると、随分と顔が近くにあって驚く。 「一緒に、ここに住まねェか?」  いきなりの銀時の申し出に、十四郎は困惑する。 「だって、真選組の奴らはおまえのコト、知らないんだろ」 「ああ」 「じゃあ、気が休まらないじゃないか。 ここなら、何の気兼ねもいらないし。 こんなことも」  と言いながら、銀時は十四郎の上にのしかかってきた。 「え?おい!」  慌てる十四郎。 「俺、嬉しかったよ。 やっと逢えた仲間がさ、こんなに綺麗な子で。 一目惚れかもーぉ」  接吻をしてこようとする銀時に、 十四郎は必死に手を突っ張って抵抗する。 「いや、俺、男だから。 おまえもオスだろーが!」  ふっと、銀時が動きを止める。 「だから、いいんじゃん」 「どういう?」 「俺達が結ばれても、不幸な子は生まれないよ。 俺達でおしまいにするんだ」 「銀時・・・」  彼も今は飄々(ひょうひょう)とした表情を見せているが、やはり 自分以上に辛いことがあったのだろう、と十四郎は察した。  するりと首のマフラーが抜き取られる感触に、はっとする十四郎。 「わ!わ!やめろ」  隊服を、左右に広げようとする銀時の手。  十四郎の脳裏に、あの忌まわしい天人との出来事が蘇る。  自分を押さえつけた無数の白い手は 強く、容赦なく自分を傷つけていく。  欲望にまみれた目は恐ろしくて、十四郎は息もできなかった。  彼らの体からは、オオカミの、人間の、 血の臭いがしたたり落ちていた。  その後、自分の身に起きた忌まわしい出来事。  人々の断末魔―。 「いやーぁ!!!」  体を強張らせ叫んだ十四郎に、慌てて銀時は体を離した。  十四郎の目が、弱々しい。 透明のはかない雫まで、浮かんでいる。 自分の乱暴な行為が原因であることに、 後ろめたさを感じたのだろう。 「ごめん・・・」  と、銀時は小さな声で謝る。 だが、訊かずにはいられなかったらしい。 「何か・・・あった?」  十四郎のショックが治まるまで、銀時は辛抱強く待ち続けた。  その間、怖がらない程度に彼の体を撫で、顔をすりつけた。  自分は味方なのだと、十四郎に訴えるように。  そして、十四郎がぽつぽつと村を出た経緯(いきさつ)を話し 始めた頃には、銀時は母オオカミが子を懐に抱くように、 その両の腕で優しく十四郎を包んでいた。  十四郎は震える手で、心臓を押さえた。 「あの時のことを思い出すと、 ぴちゃっと心臓が、胸に張りつくんだ。 心臓が、冷たく凍えてしまう」  銀時は十四郎の手に、自分の手をそっとのせた。 「かわいそうに。 ずっと怯えて、生きてきたんだね」 「天人達(あいつら)だけじゃなくて、 自分のことも怖くなる」 「大丈夫だよ」  銀時が、十四郎の髪の中に顔を埋めて囁く。 「俺がそばにいるから。 おまえはもう、獣(けだもの)になることはない」  十四郎は銀時を見上げた。 「いいのか? 俺は・・・汚(けが)れているというのに・・・」  銀時は、十四郎を強く揺すった。 「汚れてなんか、いないよ。 俺だって、綺麗事だけで生きてきたわけじゃ」  と言いかけて、銀時は口をつぐんだ。 「銀時?」 「いや、俺のことはまた、そのうち話そう。 今は、おまえの心の傷を癒す方が先だ」 「ごめん、な。 いつか、おまえに応えられる日がくるといいけど・・・」 「え?え?それって・・・」  にんまりと銀時が笑う。 「やっぱり、俺に一目惚れしたってこと?」 「バカ」 十四郎は恥ずかしそうに、そっぽを向き体を丸めてしまった。 「無理しなくていいから」  銀時の優しい言葉が、頭の上から降ってくる。 「ゆっくりでいいんだ。 おまえが、一番大切なんだよ。 だって、ずっとずっと、気が遠くなるぐらい 探し続けていたんだから」 (つづく)