抱きしめたいのに 1〜21話
「抱きしめても怒りませんか?」の妄想爆走文章です。。 原作者の方・出版社等とは一切関係ございません。 尚、こちらのお話は以前書いた「怒らないから・・・」とは別のものになります。 BL表現(あまり色っぽくないですが・・・ヘタなんです)がありますので、 苦手な方はお気をつけ下さい。 また、暴力的なシーンもでてきますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 1 佐倉先輩と恋人同士になったのは、俺が強引に迫ったわけで、 先輩はそれを受け入れてくれたのだ。 つき合い始めてからも、先輩の顔色を窺っている ヘタレな俺に苦笑して、お願いなんてしなくていい、 もっとがっついてきていいから、と言ってくれた年上の男(ひと)。 そしてその言葉に甘え切って、 翻弄しているのは年下の男・・・俺、服部慎太郎・大学一年生。 大学が夏休みになって、俺はいそいそと帰省した。 実家へも帰らずに、先輩が働いている工場へ直行する。 「お!慎ちゃん、夏休みか?」 「愛しのサクラちゃんに、会いに来たのか?」 と、工場のおじさん達がにこにこしながら声を掛けてくる。 けれども愛する佐倉耕司先輩は、 俺の姿を見つけても仏頂面を崩さなかった。 仕事が終わった先輩と駅前のスーパーで買い物をして、 先輩が独り暮らしをしている家のドアを開けた。 人目がなくなったら、イチャイチャの解禁だ。 ドアに鍵を掛け、靴を脱ぎかけていた佐倉先輩を 後ろから抱きすくめる。 「ちょっ!服部!」 慌てる先輩の耳元に口を寄せる。 「先輩、会いたかった」 先輩の耳がさっと赤くなり、息を呑む。 先輩の弱いところのひとつは、耳元でこうやって囁かれること。 そして・・・耳たぶを口に含むと・・・。 「あっ・・・!」 ほら、いい声が出た。 俺の舌が先輩の耳を丁寧になぞり、耳の裏を吸い上げる。 それからゆっくりと舌を這わせて移動していき、 顔を埋めるようにしてうなじを貪る。 もう先輩は動けない。 それどころか、足の力が抜けて立っているのも辛そうだ。 俺は腕の中で、先輩をこちらに向かせる。 顎に指を掛けてくいと先輩の顔を持ち上げ、 俺の方はちょっとうつむく感じで唇を重ねた。 この人とキスをする時のこの角度が好きだ、 震えているまぶたが好きだ。 俺は彼の体をかばいながら、 上がり框(がまち)に押し倒していく。 胸が高鳴る瞬間−。 でも俺はいつも思うんだ、何か手順を間違えていないか、と。 2 「服部・・・こんな所で・・・?」 「我慢できない」 俺はTシャツを脱ぎ捨て、先輩のシャツにも手を掛けた。 俺の我儘を拒絶しない。 ため息をつくだけ。 そうやって、体の熱を逃がそうとする。 高まった感情を、冷まそうとするんだ。 「怖い?」 そう問うと、先輩の体が微かに揺れた。 肯定ととれた。 なだめるように、彼の肌を撫でていく。 「ね、怖がらないで。 先輩も夢中になって」 胸の膨らみはないけれど、果実の色をなしているそこを 輪に沿って舌を滑らせていく。 「あっ!・・・んっ!」 「熱を感じて。 俺を感じて」 「くっ・・・!」 声も感情も抑えようとする恋人。 焦れて、俺の施す愛撫が激しくなっていく。 ・・・この人はもう何度も体を重ねているのに、 狎(な)れてこない。 先輩にも、求めてほしいのに。 大人・・・なのだろうか。 いや、違う。 線を引かれている、というのかな。 小さな事柄を言えば、電話はいつも俺から掛けている、 とか、会いに来るのは俺だけ・・・とか。 先輩から俺に近づいて来ることはない。 3 「痛っ!」 先輩の声に、俺ははっとなる。 無意識のうちに、先輩の胸に歯を立てていたらしい。 「あっ、すいません」 謝る俺を、下から困惑したように見つめる先輩。 俺は、そうやっていつもあなたを 困らせるだけの存在なのだろうか。 奥歯をぎりりと噛む。 「俺を・・・」 俺は、何を言おうとしている? 「俺を好きだと、言ってくれてる女の子がいます」 あの娘(こ)を利用しようとしている。 「同じサークルの娘(こ)なんだ」 大学の卓球(ピンポン)同好会、同い年の女(ひと)。 笑顔が可愛くて、さりげない気配りが心地良い女性だ。 その子に、告白された。 恋人がいるからつき合えない、と言えずに返事を保留にしてある。 いつの間に、こんなずるいやり方を覚えたのか。 「・・・そうか」 先輩、怒ってよ。 ふざけるな、って俺を殴ってほしい。 「その娘のこと、好きなのか?」 「・・・」 サイテーだ。 女の子を利用して、先輩の気持ちを試している。 「わかった。 俺達は終わり・・・なんだな」 先輩の返事に、俺自身も試されていたことに気がついた。 だって、俺は・・・ほっとしたんだ。 俺も限界だったのだろうか。 先輩が決して見せようとはしない心と格闘するのに、疲れた。 そして、先輩の顔にも安堵の色が見えた。 先輩もキツかったんだ、俺とつき合っていることが。 無理してたんだ・・・そうなんだ。 つき合う時と同じぐらいの強引さで、俺は先輩と別れた。 4 服部は振り向きもしないで、俺の家から出て行った。 彼を追って伸ばした手は、空をさ迷う。 「前にもあったな、人の背中を見送ったの」 最初は父だった。 家を空ける日が多くなったのは、いつからだったか? そして母も俺に背中を向けて・・・いつ帰るかわからない父を 家で待つよりも、外に安らぎを求めたのだろうか。 疲れた背中が、子供さえも拒絶していた。 「耕司がいなかったら、とっくに別れていた」 そんな言葉がたまに顔を合わせる父と母の間で、 合い言葉みたいになっていた。 俺を、そんな理由に使わないでくれ。 二人が別れないのは、まだ愛情が 残っているのだと思っていたのに。 父と母の感情がねじれて父が母に手を 上げた時、二人の間に割って入った。 父は容赦なく俺を殴った。 母も止めなかった。 別れることができない理由の俺を、 父も母も憎んでいるのだと思い知らされた。 「高校だけは出させてほしい。 卒業したら就職して、自活する。 だから俺のことは心配しないで、二人共、 自分のことだけを考えてくれていい」 俺から家族への決別宣言だった。 離婚の話が進み俺が高校を卒業したら、 俺達家族はそれぞれの道を行くことになった。 俺は家族を失った。 家も人手に渡ることになった。 一緒に暮らした思い出さえも、綺麗に消えていく。 進学もあきらめた。 好きだった卓球も、高校を卒業したらやることもないだろう。 あまりにもあっけなく、いろいろなものが俺のまわりから 消えていったから心がついていけなくて、 いつの間にか笑うことも忘れてしまっていた。 厳しい顔ばかりを、人に向けるようになっていた。 友人達も話し掛けなくなった。 卓球部の後輩達も、次々に辞めていった。 独りでも構わないと思った。 卓球台に向かっている時だけ、 自分を取り巻く様々な現実から逃げていられたんだ。 そんな時だった、あいつに出会ったのは。 5 「二年一組、服部慎太郎! 入部希望!!」 つっけんどんに応対する俺にビビリながらも、 必死にそう叫んだ服部。 半ば強引に入部して来た服部を、 追い出そうとするかのようにしごいた。 他人を、自分の近くに寄せつけたくはなかった。 だが、服部はなけなしの根性を総動員させて練習についてきた。 しかも、卓球の筋も良い。 そうなると可愛く思えて、無下にもできなくなった。 そんな俺の心の変化に気がついたのか、 俺の心の防壁を乗り越えて、近づいて来ようとする服部。 「先輩のことは、俺史上最高に好きになっているので」 「は?」 「愛でついていきます」 きっと、失うことの怖さを知らないんだ、こいつは。 大切に思っていた人に裏切られる悲しみを、 味わったことがないんだ。 だからそんな風に無防備に他人に向かって 『好きだ』なんて言えるんだ・・・バカ・・・なヤツ。 俺に・・・俺なんかに、『好きだ』なんて言うな・・・よ。 服部の気持ちに、はっきりと答えを与えずに俺は高校を卒業した。 自分の気持ちも服部のイライラも、先送りしてしまった。 それから二ヶ月、俺は仕事を覚えるのに夢中で、 服部に全く会わずに過ごした。 ある日、仕事でドジって工場長に叱責された。 気がつくと母校の前に立っていた。 服部の姿を求めて、校内をうろついた。 慰めてもらいたいのか、俺は。 自分の甘さに、苦く笑う。 以前、服部は真剣な顔をして言った。 「先輩はいつも、沈みかけの太陽を独り占めしている」 彼のたわ言に、何だそりゃ?と俺は笑った。 でも・・・今、太陽を独り占めしているのは、 おまえの方だよ、服部。 卓球台に向かっているおまえは・・・。 俺の姿を認めて、服部が満面の笑みを浮かべる。 あんな綺麗な笑顔・・・俺のために? 俺は自分の心に気づかされる。 なんだ、ヘタレだったのは俺の方だったのか。 ・・・そうして俺は、服部の全てを受け入れた。 いろいろなものを失いあきらめた俺は、 服部だけ手に入れたんだ。 6 俺は玄関に服部に押し倒されたままの姿で、天井を見詰めていた。 俺の裸の胸が、恋人が施した愛撫の名残を惜しんでうずきだす。 これは・・・初めて彼に抱かれた日から続いているうずきなのか。 服部のようにこの恋に、のめりこめなかった。 真摯に愛してくれている服部を 騙しているようで、後ろめたかった。 だから、服部が俺に甘えることも我儘も許した。 だが、自分が彼にそうすることは絶対に許さなかった。 彼が一番大切なものになった時に、失うのが怖かった。 突然、大事に思っている人に背中を向けられ 憎まれる寂しさを、もう味わいたくなかった。 服部の背中を抱く時、調子に乗るな、と自分を制した。 愛し過ぎてはいけない、と彼に向かって 流れて行こうとする気持ちを止めた。 俺の手は、彼を力いっぱい抱きしめることができなかった。 ぬくもりはいつも半分だけ。 抱きしめたいのに・・・好きだという心のままに。 なのに、ブレーキをかけてしまう。 服部が都会の大学に入った頃から、その傾向は強くなった。 離れてしまえば、きっとこの関係は自然に消滅するだろう、と。 新しい出会いは、俺よりも・・・魅力的に違いない。 服部と会っても、俺は笑顔を見せなくなっていった。 服部も戸惑っているようだった。 そして、とうとう終わりの日が来てしまった。 別れを切り出されて、どうして俺はほっとしたのだろう? いつ彼を失うのかとびくびくしていて・・・ 遂に決着がついたからか? 本当に?これがそうなのか? 体を起こし、俺は自分の心に問いかける。 別の方向に、決着をつけるべきだったんじゃないのか? 俺は脱ぎ捨ててあったシャツを着ると、家を飛び出した。 7 服部ごめん、俺、嘘つきだ。 こんなの、ほっとするわけないじゃないか。 あんなに覚悟していたのに、おまえに捨てられて 俺はこんなにおたおたしている。 俺はヘタレなところを、もっとおまえに見せておくべきだった。 自分のこともおまえのことも信じられなくて、 そのくせ、おまえを失う寂しさに怯えていたんだ。 それをおまえに気取られないようガードして。 携帯電話が鳴った。 服部だった。 震える手で、携帯のボタンを押す。 「もしもし・・・佐倉・・・先輩」 服部の声が沈んでいる。 ちゃんと謝らなきゃ、俺が悪かったって。 あいつの笑顔をまた見たいから。 「服部、俺は」 その時、服部の携帯から聞こえてきた声。 「慎ちゃ〜ん、もう放さないわよ〜ん」 甘えたような男の声だった。 続けて屈託のない笑い声が起こる。 服部の友達か。 ふざけている服部とその友人達の姿が浮かぶ。 その途端に、俺は電話を切っていた。 服部に向かっていた足も止まった。 向こう側の人間達の存在に、俺は気後れした。 親にも世間にも甘えることを許されている、 自分と同世代の若者達。 彼らは、俺の持っていないものを全て持っている。 俺は、彼らが持っているほとんどのものを失った。 あきらめる辛さを知らない者達。 そうだ・・・服部も彼らと同じ側の人間だった。 やっぱり違い過ぎる。 今は対等につき合っていても、 俺達の間には必ず歪みが生じてくるだろう。 それを肯定するように、もう携帯は鳴らなかった。 家へ帰ろうと踵を返した時、名前を呼ばれた。 「佐倉!佐倉だろ」 8 佐倉先輩の家を飛び出した俺は、駅に向かって走っていた。 このまま東京へ帰ろう。 先輩の本心を聞き出すために女の子を利用した恥ずかしさ、 そしてあっさりと別れを口にした先輩に腹を立てていた。 駅が見えてくると、少し冷静になってきた。 このまま別れてしまっていいのだろうか。 足が止まる。 俺は・・・先輩に何て言って欲しかったんだろう。 嫉妬に狂って欲しかった? そんな馬鹿な、と苦笑する。 俺は・・・欲張り過ぎたんじゃあ・・・ないか。 先輩とつき合う前は、話ができただけで嬉しかった。 部活の帰りにラーメン屋に寄ったのが、すごく幸せで。 キスを許されただけで、体が震えた。 半ば強引に体を繋げて恋人同士になった時は、 天にも昇る気持ちだった。 飽くことなく求める俺を、受け入れてくれた先輩は・・・。 ああ、そうだったんだ。 俺って、愛されていたんだよ。 先ほどまで先輩を愛撫していた指が、熱を想い出す。 俺に抱かれている時、あの人の体はあんなにも 雄弁に俺を愛していると語っていたじゃないか。 それで満足しなくてはいけなかったのに。 先輩がこの恋に何か不安を感じているのなら、 その訳を話してくれるまで待っていれば良かったんだ。 俺ひとりが急いて、先輩を追い詰めてしまった。 謝らなきゃ。 俺は携帯電話を取り出して、先輩の携帯へと掛けた。 9 「もしもし・・・佐倉・・・先輩」 「服部、俺は」 佐倉先輩が口ごもる。 何か必死に伝えようとしているんだ。 期待する俺。 だが、その時―。 「慎ちゃ〜ん、もう放さないわよ〜ん」 甘えたような男の声と共に、俺は後ろから羽交い絞めにされた。 続けて男女の屈託のない笑い声が起こる。 振り向くと、高校の時の同級生達が立っていた。 地元の大学に進んだ連中だ。 俺を羽交い絞めにしている友人を 振り切って、慌てて携帯に怒鳴った。 「先輩!もしもし!佐倉先輩!」 だが、既に電話は切れていた。 「ごめーん、慎ちゃん、彼女とお話中だったん?」 その本心からではない謝罪にため息を吐(つ)く。 先輩、怒ってるだろうなあ。 今掛け直しても、話がこじれそうな気がした。 俺は携帯をポケットに突っ込んだ。 「慎ちゃん、水臭いぞ。 帰って来てるなら、連絡くれよ」 「いや、今帰って来たばっかりだから」 「じゃ、再会を祝して、ご飯食べに行こ!」 と、女の子達に両側からがっちりと腕を掴まれてしまった。 そして駅ビルのレストラン街へと、引き摺られて行く。 この時俺は、直ぐに先輩に電話を掛け直す、 いや、会いに行くべきだったんだ。 10 「佐倉!佐倉だろ」 男の声で名前を呼ばれて、俺は振り返った。 四人の男が立っていた。 「ほらな、やっぱり佐倉だったろ」 俺を呼んだらしい男が、他の男達に言った。 「滝本か?」 俺が高校の時の同級生の名を口にすると、その男が笑った。 「ああ、久しぶり」 他の三人の男達も、同級生だった。 神山に野川、石井である。 懐かしい、と友人達が俺を取り囲んだ。 社会に出てから初めて、こんな風に同世代の子達と話をした。 学生の頃に戻ったような気がした。 「何だよ佐倉、おまえ、同窓会にも来なかったろ。 忙しいのか? 今年は来いよ」 え?と聞き返しそうになった。 そんな知らせはなかった。 住所も変わったし・・・だからきっと 幹事は連絡のしようがなくて・・・と思う。 「ええっと・・・佐倉は地元の大学だったっけ?それとも」 神山の言葉を、慌てて石井が遮る。 「馬鹿!佐倉は就職したんだよ。なあ」 「う、うん」 「なあ、こんな所で立ち話もなんだからさ」 と、野川が手に持っていたビニール袋を ちょっと持ち上げてみせる。 「そうだな、河原にでも行くか。 佐倉もどう?」 滝本が誘って来る。 「俺ン家で飲もうと思ったのにさ、こんな日に限って ウチのババア、早く帰って来ちゃって。 親がいる所で酒飲んで騒げねェじゃん、一応俺ら未成年だし」 石井が残念そうに言う。 「よかったら、ウチに来ないか?」 俺は、初めて友人を自分の家に招いた。 「騒ぐっていうのは近所迷惑になるから駄目だけど、 俺独り暮らしだから気は遣わなくていいからさ」 「俺達だって大人だから、そんな騒がないって」 「助かったよ、持つべきものは友だね」 皆が嬉しそうに言うので、俺は誘って良かったと思った。 高校の頃、そんなに親しくしていた連中ではなかった。 いや、あの頃の友達で親しくつきあっていた者はいなかった。 だからこそだろうか、俺を友人と呼んでくれる 同い年の少年達の存在が嬉しかったのだ。 電話の向こうの服部のように、自分も 友人達に囲まれているのだと錯覚していた。 俺の腕に、足に蜘蛛の糸が絡まっていることも知らずに。 11 「へえ、いい家じゃん」 と感心する友人達。 「社宅なんだよ」 俺が笑う。 「都会は家賃が高くてさ、俺なんかちっちゃなワンルーム住まい」 「家具とか全然ないから、広く見えるだけさ」 独り暮らしのがらんとした2LDKの部屋が、 五人も入れば手狭に感じる。 友人達はさっそく、酒盛りの準備を始める。 俺は摘みでも作ろうと、冷蔵庫を覗いた。 服部と一緒に駅前のスーパーで買った食材が、 ビニール袋に入れたまま突っ込んであった。 服部が振り向きもしないで家を飛び出して 行ったことを思い出して、胸が痛んだ。 ビニール袋から食材を取り出して、摘みを作る。 その間に、友人達がグラスを出したり皿を並べる。 本当は服部とこんな風に過ごしていたはずなのに・・・。 「何だか合宿みたいだな」 と滝本が笑うと皆も、そうだな、と笑った。 殺風景な家の中に、複数の明るい声がぽんぽんと跳ねる。 こういうのもたまにはいい、と俺は思い直す。 友人を家に呼んでわいわい騒いで・・・ こんな楽しみ方もあるのだと初めて知った。 心が浮き立っているからだろうか、服部とのことも すんなり解決できるような気がしてきた。 俺は服部を失うのを恐れてばかりで、 彼を失わないための努力をしなかった。 ただ卑屈になっていただけなんだ。 明日にでも服部に電話して、素直に 情けない俺の悩みを打ち明けてみようか。 あいつは俺なんかよりよっぽどしっかりしているから、 そんなことで不安になっていたのかと 笑い飛ばしてくれるかもしれない。 すぐに家まで駆けて来て、抱きしめてくれるだろうか。 そうしたら俺も・・・初めてあいつを抱きしめよう、心のままに。 12 友人四人は、よく飲みよく食べた。 未成年であるのに、酒を飲み慣れているようだった。 酒は飲まない、と断る俺に、友人達は一杯だけつきあえと 言いながら、どんどん酒を注ぎ足した。 四人は自身の近況を、俺に教えてくれた。 野川以外の三人は高校を卒業した年に都会の大学に合格し、 滝本と石井は学部は違うが同じ大学に進学していた。 野川も今春、めでたく第一志望の大学に合格したのだそうだ。 皆が野川に拍手を送る。 照れながらもその野川の誇らしげな顔が、まぶしいと思った。 「で、受験を乗り切った野川も一緒に、初めて四人で帰省しました」 と滝本が言うと、 「滝本の車でな」 と、石井が笑う。 「そうそう、それも初体験だったな」 滝本の言葉に、他の三人がわざとらしく顔を引きつらせる。 「怖かったよ〜」 「失礼な。これでも教習所を、優秀な成績で」 「はいはい」 四人の漫才のようなやり取りが可笑しくて、羨ましくて。 「車か・・・いいなあ」 などと俺は口を挟んでみる。 「今度、一緒にドライブしようか?」 滝本が誘ってくれた。 ありがとう、とは言ったが、たぶんそんな日は来ない。 学生である彼らとは休みも合わないし、 やはり自分は彼らから浮いてしまうだろう。 13 「なあ、佐倉はどうして就職したの?」 「ウチって進学校だろ、珍しいよな」 「よく親が許したね」 そうか、彼らには、上の学校に進むのは当たり前なんだ。 進学への道が断たれるなんて、考えも及ばないんだな。 そして親がいるのも当然・・・か。 俺は酒の力を借りて、あの頃 友人には言えなかったことを打ち明ける。 「親が許すも何も、あの人達が 離婚するんで、ついでに独立したんだ。 自分の食い扶持は、自分で稼ごうってね」 「へえ、カッコイイ!」 「格好良くなんかないよ」 ・・・しょっちゅう金の心配をしていなくちゃならないなんて。 「あ、じゃあ、修学旅行に来なかったのも、そのせい?」 神山がしらっと訊いてくる。 目を伏せた俺を見て、石井が神山を突つく。 あれは忘れられない。 あの日まで俺は修学旅行に行くつもりだった、 高校生活最後の思い出として。 修学旅行のグループ分けをしていた時、担任に呼ばれた。 「佐倉、図書館で自習していてもいいんだぞ」 「え?どういう意味ですか?」 訊き返す俺の声が、大きかったらしい。 クラスの皆がこちらに注目した。 俺の顔色を見て、担任が慌てた。 母が修学旅行には参加できないと言ってきたのだと、教えてくれた。 積み立ててきた金は、返還される。 「佐倉、おまえ知らなかったのか?」 忘れてました、という間抜けな返事をするのが精一杯だった。 困惑した顔を隠すこともできず、俺は教室を出た。 「俺、憶えてるぜ」 滝本の言葉が、あの時の惨めな気持ちに重なる。 「あの時、教室がしーんとなっちゃったもんな」 くくく、と哂う滝本。 そして他の三人も。 コイツら・・・面白がってる? 14 俺は駅ビルの中華料理店で、高校の時の同級生である 女子二人、男子二人と一緒に夕食をとっていた。 本当は駅前のスーパーで買った食材を 佐倉先輩と二人で調理して、 あまーい時を過ごしているはずなのに。 「慎ちゃん、どうした?食欲ないのか?」 友人に言われて、俺ははっと顔を上げた。 「携帯、彼女だったんでしょ?」 女の子が言ってくる。 「絶妙なタイミングで、コイツのオカマ声が入っちゃったもんねー」 別の女の子が、先ほど俺と先輩の会話に割り込んだ男子を小突く。 「慎ちゃん、こじれないうちに、取敢えず謝っとけ!」 こういうことになると、女の子達はノってくる。 「今は、ダメかも」 「ん?そんなに頭が固い女なん?」 男は鈍い。 「そういうんじゃなくて・・・俺が浮かれ過ぎてるのかな。 一緒に歩いているつもりだったのに、気がつくと その人は俺の後ろで立ち止まっていて・・・。 なんか、そこに溝を感じるんだ」 「ふーん、向こうが恋愛に臆病になってるってこと?」 女の子達はいよいよ真剣に、俺の恋愛相談に乗ってくれるようだ。 「恋愛だけじゃない、と思う」 「そうなんだ・・・。 で、その人、慎ちゃんのコト、ちゃんと好きなの?」 「うん、たぶん」 「ははは、ごちそうさま」 やっかむのは、男の方か。 「その人、あんまり幸せじゃなかったのかも、 慎ちゃんに逢うまでは」 「え?」 思い当たる俺。 「だから、怖いのよ」 「そうね、慎ちゃんが現れるまで、世の中に 自分を愛してくれる人がいるなんて 思ってもみなかった・・・」 放課後の渡り廊下、夕陽が照らし出す 佐倉先輩の姿はどこか寂しげだった。 「それが突然、自分を愛してくれる人が現れて」 「自分もその人が好きなんだって、気がついて」 女の子達が、手を取り合う。 「とっても幸せになって」 女の子達の目が、キラキラ輝いている。 もう男達は口を挟めない。 「でもね」 女の子達は、がっくりと肩を落とす。 「いつかこの幸せも、消えてしまうんじゃないかって、怖くなるの」 そういうことだったのだろうか、佐倉先輩。 そんなの切ないよ・・・だったら俺は。 15 「相手は東京の人?」 「ううん」 と、俺は首を横に振る。 「この街の人?」 「私達も知ってるとか?」 「うん・・・佐倉先輩」 彼女達になら、素直に告白できた。 「じゃないかと思った」 女の子達が声を揃えて言った。 男子達は、驚いた顔をしている。 「高二の頃の慎ちゃん、佐倉先輩しか見てなかったもん」 「先輩に邪険にされても、頑張ってたよねー」 やっぱり、女の子達にはバレてたか。 つーか、見られてた? 「えー!そうなん? 卓球に夢中になってたんじゃないのかよ」 「スポ根に目覚めたっていうのは?」 男達を誤魔化すのは、容易い。 「佐倉先輩なら、大事にしてあげなさいよ」 「うん、あの頃からいろいろ噂、あったもんね」 「え?どういう?」 俺は気になって、訊ねてみた。 「親に虐待受けてるとか」 「修学旅行も、お金がなくて行けなかったんだって聞いたよ」 「焦らないで、慎ちゃん」 「心の傷はゆっくりと、慎ちゃんの愛の力で癒してあげよう」 「それが・・・」 「何?」 女子達の視線がキツくなった。 「俺、サイテーなことしちゃった」 16 グラスが俺の手を放れ畳の上に転がったのは、 ある衝撃が俺に与えられたためだった。 グラスの中に入っていた酒が、 蛍光灯の光を反射しながらぶちまけられていく。 そして俺も畳の上に転がった・・・ いきなり強い力で押し倒されたのだ。 すぐに髪を鷲掴みにされ、頭を何度か畳に叩きつけられる。 「痛ェ・・・お、おまえ、酔ったのか?」 俺は、自分の上に馬乗りになっている滝本に問う。 いや、彼だけではない。 俺の頭の上で、俺の両手を掴んでいる石井。 それに、俺の左右の足をそれぞれ左右から 押さえつけている野川や神山にも、同じことを訊いていた。 「いいや、このぐらいの酒じゃ、酔わないよ」 そうだろうな、四人とも手際がよかったから。 まるで最初から役割分担が できていたような・・・手慣れている? それでも、彼らが悪酔いしただけだと信じたかった。 だって、さっきまで笑いながら話をしていたのに。 ドライブにまで誘ってくれたのに。 こんな酷いことをするなんて、思わないだろ。 「男で遊ぶのは初めてだけど、佐倉ならいいよな」 滝本は皆に確かめるように言うと、俺のベルトに手を掛ける。 「ああ、佐倉なら綺麗だし、元友達っていう シチュエーションも萌えるよねー」 石井の笑い声が、頭の上から降ってくる。 17 掌に痛みが走った。 「痛っ!」 石井が己の膝の下に、俺の両手を敷きこんだのだ。 俺のベルトを外した滝本が腰を浮かせながら、 両膝でしっかりと俺の脇を挟み締めつけた。 それを合図に、野川と神山が左右から 下着ごと俺からズボンを剥ぎ取った。 「うわ!」 驚愕する俺を無視して、おどける野川と神山。 「わお!お美しい御御足(おみあし)!」 「さすが流浪の卓球部。 足首なんか、きゅっと締まってて美味そう」 野川と神山が、俺の足に指を滑らせる。 「やめろ!」 俺が怒鳴ると、滝本に頬を張られた。 「・・・何で?友達なのに・・・こんな酷い」 「うるせェよ、友達じゃねェよ」 滝本が不機嫌そうに言う。 「佐倉、友達ってさ、対等なもんだろ?」 石井が、膝に徐々に力を入れていく。 「あっ!いっ・・・つう!」 俺が苦痛にあえぐのを楽しみながら、石井が言葉を続ける。 「俺達は、ま、下世話な言い方をすれば、 エリートコースっていうやつ?を行く。 だが、おまえには小さな工場があるだけ」 「勝ち組と負け組だよ」 俺の足を押さえつけたまま、野川が笑う。 「負け組は、勝ち組の玩具になってろ」 「こうやって、何人の女の子を傷つけてきたんだ?」 「あは、サクラちゃん、鋭いトコ突くね」 神山の息が、俺の足を這っていく。 気持ち悪い。 「ふん、お喋りだな。 口ン中、何か突っ込んどくか?」 と、石井が滝本を見上げる。 「いや、いいよ」 滝本が俺のシャツに手を掛け、左右に引っ張った。 ボタンが弾け飛び、皿に当たって畳の上に落ちた。 「やっぱ、いい声、聞きたいじゃん」 下卑た笑い声が、部屋を満たす。 18 滝本が俺の腹の上に乗ったまま 手を伸ばして、俺の両胸を鷲掴みにした。 「・・・っ!」 心臓が止まるかと思うぐらいの痛さに、声も出ない。 滝本はそのまま俺の薄い胸を、ぐりぐりと乱暴に揉みしだく。 「やっぱり胸の感触は、女の方がいいかな」 俺は苦痛から逃げ出そうと、拘束されている腕に力を入れる。 石井が膝に体重をかけ、俺の両手を押し潰す。 「ぐは・・・っ!」 滝本が、石井が、面白がって俺の顔を覗き込む。 こいつらの言う通り、俺には輝くような 未来なんてないのかもしれない。 でも・・・。 仕事には厳しいが、家族のいない俺を 気遣ってくれる工場の人達をありがたいと思う。 休みの日に俺に会いに来てくれる服部が、愛しい。 仕事をひとつひとつ覚えていく、悦びと誇り。 給料で、好きなアーティストのCDを買った時の胸の高鳴り。 そんなささやかな幸せが、今までたくさんのことを あきらめてきた俺には奇跡だった。 それを、こんなやつらに『負け組』だと、 切り捨てられてたまるかっ! 俺は、足の力をわざと抜いた。 俺の足をなぶっていた野川と神山に、油断が生じた。 野川と神山を蹴飛ばす。 野川は壁にぶつかり、神山はテーブルに 叩きつけられて食器が割れる音がした。 俺は自由になった足で、思い切り滝本の背中に蹴りを入れた。 「いってえ!コノヤロー!」 キレた滝本が、滅茶苦茶に俺を殴り始める。 石井がそれに加わる。 口の中に広がる血の味。 痛みに支配されていく身体。 負けじと俺は足を振り上げるが、 野川と神山に拘束されてしまった。 四人対一人の攻防戦は、圧倒的に俺には不利だった。 怒りをぶつけるように、滝本は俺の裸の肩に噛みついた。 「ひっ!」 「今までにないぐらい、なぶりものにしてやる」 滝本の容赦ない言葉に、他の三人が賛同した。 19 かつて友人だった少年達は、狂気をはらんだ 俺の知らない男達となって俺を捕らえている。 怖い! 体がすくむ。 両親の喧嘩に割り込んで、父から 激しい暴行を受けたことを思い出す。 母はそれを止めようともせず、ぼんやり見ていた。 家の中で、俺を助けてくれる者は誰もいなかった。 世界にたった独り、取り残されたような気がした。 嵐が過ぎるまであの時のように 大人しくしているんだ、と頭のどこかで声がする。 だけど、嵐を乗り越えたら俺は帰れるのか? あの場所に、昨日までのあの奇跡の日々に、 いつも通り、何もなかったという顔をして。 最初の衝撃が、俺を襲った。 「う゛っ!?」 俺の身体が、滝本を拒絶する。 滝本がいらいらしながら俺を殴る。 「力、入れんなよ、うまく動けねェだろ」 (助けて!服部!) 思わず叫びそうになって、愕然とする。 何を今更・・・彼に都合よく助けを求めるなんて・・・。 精一杯愛してくれた服部に、俺は 十分応えてやることができなかった。 それどころか彼を不安にさせて、 背を向けさせてしまったじゃないか。 石井が興奮して、膝に敷き込んだ俺の腕に爪を立てる。 服部、おまえを抱きしめたかった手は、痺れて感覚がないんだ。 へえ、と滝本が感心する。 「す、すげえ、良くなってきた」 滝本が俺の腹の上で、快感を追って腰の動きを激しくしていく。 俺は苦しくて、呼吸が荒くなる。 「気持ち・・・悪い・・・やめ・・・ろ」 俺の拒絶など置き去りにして、本能のままに突っ走る滝本。 「え?嘘!あ・・・ああ・・・いい・・・!」 俺の心は縮こまり、嵐が過ぎるのを待つ。 「あっ・・・!うっ・・・!」 滝本は堪え切れず小さくうめくと、 独りよがりの欲望を俺の体の中に吐き出した。 俺の体の上に、滝本が倒れこむ。 「意外だったな・・・男でもこんなに感じるなんて。 それとも佐倉だからなのか?おまえって、名器?」 滝本は大きすぎた快感を持て余すように うなると、どさりと俺の体から転がり落ちた。 20 石井が腰を浮かしかけた時、野川の声がした。 「次、俺、いいか?」 「あ?ああ、いいぜ」 と、石井が再び俺の腕の上に腰を下ろす。 「滝本、こっち頼むわ」 野川に言われて、滝本がのそのそと ズボンを上げ俺の足の方へ移動して行く。 代わって野川が、俺の視界に入って来る。 と、いきなり彼に顔を踏みつけられる。 「ぐ・・・っ!」 「おい、野川」 石井がとがめるように声を掛けると、 野川の苛々した声が降って来る。 「俺はずっと、こうしたいと願っていた」 「ああ、高校の時、佐倉を抜けなかったものな」 神山の言葉に、野川がキッと彼を見る。 「本当のことだろう。 勉強もスポーツも。 好きだった女の子も、佐倉のファン」 「それ以上、言うな。 殺意が湧くぜ」 野川の足に力が入り、俺の頭がぐりぐりと畳に擦りつけられる。 息ができない。 殺される、と思った時、やっと野川の足が退いた。 どさりと野川が俺にまたがる。 「うっ!」 俺は野川を見上げた。 「あの頃と同じ、何者をもはねつける目だな」 嗜虐的な笑みを浮かべた野川の顔に、俺は次の嵐の覚悟をする。 「足ィ、開かせろ!」 と言いながら、野川は自分のズボンのベルトを緩める。 「はいはい」 神山が野川の命令口調に、怒りもせずに従う。 俺の足が大きく開かされる。 滝本もそれに倣って、俺の足を抱きかかえた。 21 俺の上で野川が動くたびに、畳がぎしっぎしっと軋んだ。 背中が擦れて痛い。 野川が俺の体の奥まで愉しめるように、 滝本と神山が俺の足を両側から抱え上げている。 「はっ・・・あっ・・・んっ・・・」 野川の口から、快楽の淵へと沈んで行く声が漏れる。 俺は、ただ歯を食いしばって耐えるしかなかった。 俺の首に、野川の指が絡みついた。 腰を動かしながら、指に徐々に力を入れてくる野川。 「くる・・・し・・・」 俺は懸命に首を振って、彼の手から逃れようとする。 「逃がさねぇよ」 野川の指に力が入る。 霞んできた俺の目に、恍惚とした表情を浮かべる野川が映る。 「野川、殺すなよ」 石井が忠告する。 「前もそうやって首絞めてたな・・・ああ、 佐倉のファンだっていう女の子に似た娘(こ)」 滝本が思い出したように言うと、 「そ。野川が高校時代に振られた女子似」 と、神山がくっくっと笑った。 「その時の原因を好きにしてるんだもんな、そりゃ興奮するわな」 石井がため息を吐いた。 「首をさ、絞めた時、内側からいじましく俺に しがみついてきてさ、たまんないんだよぉ・・・。 まるで命乞いされてるみたい・・・はあ・・・っ!」 野川が、俺の中に深く自分を埋めて仰け反る。 思わず野川から離れようとする俺の体を、 他の三人の男達が押さえつける。 「ほら、『ゆるしてぇ〜』って、言ってみろよ、佐倉」 欲望に浮かされながら、野川が理不尽な要求をする。 「だ・・・れが」 拒む俺に、野川が焦れて無茶苦茶に体を動かす。 「うっ・・・あっ・・・!」 俺の目は、次第に男達の姿をかき消していく。 (服部・・・服部・・・!) 俺は遠ざかる意識の中で、 すがるように彼の名を呼び続けていた。 (つづく)