暗澹(あんたん)後編 −ヒョーゴとキュウゾウ−
「手出し無用」 そう言ってキュウゾウはヒョーゴやテッサイを牽制しては、 向かってくるサムライ達を片っ端から斬り伏せて行った。 「島田カンベエを重ねている」 ヒョーゴは苦々しく呟いた。 ヒョーゴとキュウゾウはテッサイの要請を受け、 虹雅渓の街に出てサムライ狩りに加わっていた。 2人を絶対に自分の側から放さなかったアヤマロが、 彼等を行かせたのはよっぽど切羽詰まってのことであろう。 何せ都からの勅使が、アヤマロの御殿内で殺されたのだ。 都からはしょっちゅう事件の捜査状況を報告するよう、 矢の催促が来ていたことをヒョーゴも知っていた。 だが、ヒョーゴは何か腑に落ちなかった。 御殿に外部のサムライが入って来れば、 必ずやヒョーゴかキュウゾウが気がついた筈なのである。 人を殺そうと忍び入って来たのなら、 他の用心棒達でさえ気がついただろう。 (外部のサムライならば・・・) 「ヒョーゴ殿。キュウゾウ殿は、何かに憑かれているようですな」 ヒョーゴはハッと我に返って、テッサイを見た。 それからサムライ達を斬りまくっているキュウゾウを見て、 「ああ。しかも斬れば斬るほど、いらついているようだ」 と感じたままを口にした。 「できれば、生け捕りにしたいのだが・・・」 テッサイがヒョーゴを上目遣いで見た。 「無理でしょうな」 とヒョーゴは突っぱねた。 全てのサムライを斬り捨てたキュウゾウが、刀を鞘に収め歩き出す。 次の獲物を求めて移動するらしい。 警邏隊がサムライの集団を追って行く。 逃げるサムライ達の前に、キュウゾウがゆらりと現れた。 「手出し無用」 (できないだろ) ヒョーゴは心の中で愚痴った。 手など出せば、こちらも巻き添えで斬り殺されるのではないか。 突然、後ろから矢が雨のように飛んで来た。バタバタと斃れるサムライ達。 一同が驚いて振り返ると上の階層に、弓兵隊を従えたウキョウがいた。 キュウゾウのサムライ達に向かっていた殺気が、一瞬にしてウキョウへ向かう。 ウキョウは挑発するように、薄笑いを浮かべていた。 「キュウゾウ!」 ヒョーゴは少し語気を強めて言うと、 キュウゾウを制しようと彼の体の前に手を出した。 テッサイは真っ青になって、ウキョウのもとへと走る。 テッサイが後ろにいるキュウゾウの気配を探りつつ 愛刀の柄を握ったところを見て、ヒョーゴも刀に手をやる。 そんな3人のサムライ達の緊張感などお構いなしに、ウキョウは叫んだ。 「みんな!癒しの里に行くよ。機械のサムライが現れたんだってサ!」 ウキョウ達が少々乱暴な方法で癒しの里に入ると、 やはり相当目立つ存在だったのだろう、 機械のサムライの消息はすぐに分かった。 ほとんど警戒もせずに、真正面から「蛍屋」という店に入ったという。 機械のサムライは、島田カンベエとつるんでいた。 蛍屋で落ち合うことになっているのか。 しかし・・・とヒョーゴは迷う。 (このまま、キュウゾウとカンベエを会わせても良いのか) カンベエと再会を約した、とキュウゾウは言った。 それがどういう意味なのか、ヒョーゴには分からない。 キュウゾウは、カンベエと決着をつけたいだけなのか。 それとも・・・カンベエと共に野伏せりと戦いたいのか。 ヒョーゴの心配をよそに、キュウゾウはさっさと蛍屋に乗り込んで行く。 慌ててヒョーゴは後を追った。ウキョウとテッサイも続く。 部屋を1つ1つ検めて行くと、果たして機械のサムライはいた。 布団部屋で、婆さん相手に巻物を広げて何やら話し込んでいた。 「サムライ狩りだ!神妙に」 とヒョーゴがまだ声を掛けている途中なのに、 キュウゾウは刀を抜いて機械のサムライに斬り掛かって行く。 だが、彼のは長刀だ。 梁に気を遣ったのだろう、思い切り振らなかった。 その隙をついて、機械のサムライは中庭へと逃げた。 そして、中庭の向こうの部屋に飛び込んだのだが、 そこには島田カンベエがいた。 キララという農民の娘も、いた。 目ざといウキョウが、いち早くその部屋へと走る。 「キララ君、みーっけ!」 商人の3人のサムライも走る。 「チッ!」 ヒョーゴは思わず舌打ちをした。 (キュウゾウの奴、妙に落ち着いてしまった) キュウゾウの視線の先には、カンベエがいた。 これではまるで、ヤツの無事を確かめているようではないか。 カンベエも又、キュウゾウの姿を見つけて視線を逸らさない。 まずい、と思ったヒョーゴはキュウゾウの前にズイと体を進ませて刀を抜いた。 結局、混乱の中、カンベエ一派は床下から船で逃げてしまった。 ヒョーゴは、キュウゾウがどことなく安堵している様子だったので不愉快になる。 「追うぞ」 と促すヒョーゴに、 「ここで待つ」 とキュウゾウは返した。 船に乗り込むウキョウを、横目で見ている。 「若と一緒では、やりにくいのだな」 キュウゾウと数人の警邏隊を残して、ウキョウの一行はカンベエ達を追った。 ヒョーゴが後ろを振り返ると、キュウゾウが蛍屋の方へ歩いて行くのが見えた。 「尋問するか。いい判断だ」 カンベエ達は、式杜人の住む鍾乳洞の中へと消えた。 彼等との協定があるから追うことはできない、 とテッサイが言い張ったために再び癒しの里へと戻る。 作戦の立て直しだ。 「何か聞き出せたか」 と問うヒョーゴに、 「いや」 とキュウゾウは首を横に振った。 ヒョーゴはキュウゾウについていた警邏隊の1人を呼び止めて、首尾を尋ねた。 「確かに、キュウゾウ殿は蛍屋の女将(おかみ)『ユキノ』なる者を尋問致しました」 「何も聞き出せなかったというが」 「はい。キュウゾウ殿は女が相手でしたので、刀こそ抜きませんでしたが、 カンベエ一味が何処へ向かったのか強く訊きました」 「強く?」 「はい、あの気迫で」 そう言うと、男はぶるっと身震いした。 「しかし、女将はキュウゾウ殿を睨んだきり、何一つ喋りませんでした」 「ほお、あのキュウゾウを相手に?それはまた、豪胆な」 ヒョーゴは苦笑いした。 その位の女でなければ、癒しの里に店を構えることなどできないのであろう。 「あ・・・!」 何か思い出したのか、その警邏隊の男は口をつぐんだ。 「どうした?何かあったのか」 「いえ。何でもありません」 そう言われると、益々気になる。 「誰にも言わんから、話してみろ」 「キュゾウ殿にも内密に」 「わかっている」 「2人が睨み合っていた時、 女将がふっと硬い表情を崩してキュウゾウ殿に言ったのです。 「『おサムライ様は、まるで恋でもしているような目をしている』と」 「・・・」 「キュウゾウ殿はもうそれ以上は何も訊かずに、蛍屋を出られました」 さすがに人間相手の商売をしている者は、 人の心を見抜いてしまうものだな、とヒョーゴは感心した。 (それにしても『恋』とは・・・言い得て妙なるかな) その時のキュウゾウの顔を見てみたかった、とヒョーゴはくすりと笑った。 テッサイがヒョーゴを呼んだ。 式杜人達の住処である鍾乳洞を抜けると、砂漠が広がっている。 そこに野伏せりのアジトがあるという。 野伏せり達に助力を願いサムライ達を捕えよ、 とアヤマロから指示が出た、とテッサイが伝えた。 野伏せりと聞いてウキョウが怯えるので、 テッサイが付き添って御殿に帰って行った。 ヒョーゴとキュウゾウだけが、 アヤマロの書簡を持って野伏せりのもとへと向かった。 そこの親玉はソウベエという、雷電型の野伏せりだった。 他に雷電が数騎、鋼筒(ヤカン)が多数いた。 「カンベエ一味は、ソウベエ殿達にとっても敵になる。ぜひとも協力を願いたい」 とヒョーゴが言うのに、ソウベエは鼻でフフンと笑った。 眼鏡の奥で、ヒョーゴの目が不快そうに光った。 「お主等、武器は刀(それ)だけか」 ソウベエが尋ねた。 もっといい物がある、とヤカンに案内させて武器庫を見せた。 銃や槍、大振りの刀等、豊富に揃っている。 ヒョーゴはその中から、肩に担ぐ程の大きなライフルに手を伸ばした。 と、その手をキュウゾウが掴んだ。 「!?」 見ると、キュウゾウが小さく首を横に振る。 ヒョーゴはその手を振り払うと、ライフルを肩に担いだ。 「本気か?」 ヒョーゴはそのキュウゾウの言葉に、自分への非難を察して苛々しながら叫んだ。 「お前は何しに来たのだ! あいつらは俺達の面子に賭けて、引っ捕えなくてはならん。 俺もお前も、一度失敗しているのだからな」 一騎のヤカンがヒョーゴが担いだ物と同じ型のライフルを、 キュウゾウのところへ運んで来た。 キュウゾウはそれを押し返した。 「これだけで、十分だ」 キュウゾウは背中の愛刀に左手をやった。 かと思うと、上の刀を抜きヒョーゴに突きつける。 「何の真似だ」 「銃(それ)を使ったら」 「俺を斬ると言うか。だったらお前も道を外れるぞ。 追われる身となるのだ。そして・・・そうなったら」 ヒョーゴは皮肉っぽい印象の唇を噛んだ。 「俺は・・・」 ヒョーゴの心が揺れる。 「何を迷う?そうなったら俺を追い、斬れば良い」 「それがお前の答えか」 睨み合う2人を見て、ヤカン達が嘲笑した。 「やれやれ、商人(あきんど)の用心棒達は仲がいい」 ヒョーゴは、サッとライフルをキュウゾウに向けた。 「こいつを、何処かへ閉じ込めておけ」 ヤカン達も刀を抜き、キュウゾウに突きつけると 彼を囲みながら武器庫を出て行った。 ヒョーゴはライフルを担ぎ直すと、武器庫を出た。 「島田カンベエは殺す。俺のためにも、お前のためにも」 それからどの位、時間が経ったのだろうか。 ヒョーゴは自分が足を投げ出して、 荒れた大地にへたり込んでいることに気がついた。 キュウゾウが膝をついて、目の前にいる。 (そうか・・・俺はキュウゾウに斬られたのだっけな) 真っ赤な炎が自分の体の中を、駆け抜けて行ったのだと。 キュウゾウの刀の冷たさは感じなかった。感じたものは炎。 「もう、迷わなかったのだな」 ヒョーゴの言葉に、キュウゾウはハッと顔を上げた。 その紅い瞳が澄んでいて、これが炎の正体だったかとヒョーゴは理解した。 ヒョーゴに強要されてカンベエと向き合った時、 キュウゾウは後ろにいるヒョーゴを牽制していた。 その殺気をひしひしと感じながら、ヒョーゴは銃の引き金に手を掛けていた。 だが、若いサムライのカツシロウに邪魔をされて、ヒョーゴに隙ができた。 キュウゾウは、真っ直ぐに彼に向かって来た。 銃が斬られ、嘘が斬られ、 あの月の夜も斬られて行くところをヒョーゴは見ていた。 キュウゾウによって2人の間の全てが、 砂の上に斬って捨てられたようにヒョーゴは感じた。 腹から血が流れ、体温が失われて行く。 「キュウゾウ・・・血が・・・止まらぬ・・・ひどく・・・寒いんだ」 弱気になっている自分に、ヒョーゴは呆れていた。 ふわりと紅いものが、ヒョーゴの目の前をよぎった。 見慣れた金色の髪が頬をくすぐる。 「キュウゾウ?」 キュウゾウが、ヒョーゴの体をしっかりと抱いているのだった。 「友と呼べたのは、あなただけだった」 キュウゾウはそれだけは、斬らずにいてくれた。 (そうか。俺もそうだ、キュウゾウ。 友と呼べるのはお前だけだった。 俺は再び、孤独になるのが怖かったんだ) 紅い瞳がいつも自分を見ているように、縛りつけようとした。 「裏切るな」とキュウゾウに言い続けて、 最初に裏切ったのは自分の方だったとヒョーゴは思う。 キュウゾウの肩越しに、ヤカンを斬り捨てたサムライ達が集まって来るのが見えた。 その中に島田カンベエの姿を、ヒョーゴは見つけた。 (カンベエ・・・この刹那、キュウゾウは俺のものだ。これだけは、俺が貰って行く) それから、キュウゾウに囁いた。 「立て!島田カンベエの前では・・・潔く立っているんだろ」 キュウゾウは、ヒョーゴから静かに体を離して立ち上がった。 「そう・・・それでいい」 ヒョーゴは眩しそうにキュウゾウを見遣り、 そして後ろのサムライ達に目を移した。 (キュウゾウの新しい仲間達か。本物のサムライだ) ヒョーゴは彼等に、ソウベエがカンナ村のことや、 米で雇われたサムライ達の力量の情報を持って 野伏せりの本殿に向かったことを告げた。 (そういうことだ。あとはお主達で切り抜けろ) ヒョーゴは再びキュウゾウを見た。 「な、ぜだ・・・?キュウゾウ・・・」 ヒョーゴは、キュウゾウの本心を曝け出させるためにそう訊いた。 (お前のために芝居を打ってやる) 彼の新しい仲間達が納得する理由が、必要だと思った。 キュウゾウは仲間を裏切り寝返る、という形になるのだから。 「・・・生きて・・・みたくなった」 とキュウゾウは、視線を下にずらして答えた。 (無口なお前が本心を吐露する時、 照れているのかそうやって目線を外すのが癖だったな) ヒョーゴはそんな友の癖が好きだった。 だが、今は 「・・・馬鹿め・・・」 と突き放す。 死神に抗うように、ヒョーゴの体が震えた。 その時、砂漠を一陣の風が渡って行った。 ヒョーゴの魂を連れ去るように。 (終) ☆ SKIPより 最後まで読んでいただいてありがとうございました。