雨宿り −高杉と土方−(3年Z組)

  卒業式の間中、雨は体育館の屋根を叩き続けていた。  俺は昨日まで繰り返された練習を なぞるように、手足を動かしていた。  式が終わると卒業証書を手に、俺達は母親の 運転する車に分乗して、駅前のホテルへ向かった。  車の中、母親達は「皆、希望の高校に入れればいい」と、 そんな話を繰り返していた。 俺と近藤は、首をすくめてその話に耐えていた。 公立高校の合格発表が、三日後に迫っていた。  ふと窓の外を見ると、高杉が独りで歩いていた。 背中を丸めて無理矢理傘の中に体を押し込んでいるその姿が、 彼も何かに耐えているような気がした。 「母さん、止めて」  俺は、車のドアを開けた。 「高杉も昼食会へ行くんだろ。 乗って行けよ」  高杉は俺よりも、母親達の顔色を見る。 「乗って」  と運転席の母に言われて、高杉はほっとした顔をする。 「ありがとうございます」 車に乗り込む時、彼の傘の滴が俺のズボンの裾を濡らした。 誘ったことを、少し後悔した。  そして昼食会の会場で、俺はもっと後悔することになった。  高杉は申込書も会費も、出していなかったのだ。 一人分位何とかなるから、と役員の母親が 高杉から三千円を徴収して行く。 「土方に声を掛けられたのが嬉しくてさ、ついて来ちゃったんだ」  高杉はそう言って、頭を掻いた。  彼の家庭については、保護者の間でいろいろな噂が飛んでいた。 俺達子供の間では話さなかったが、 皆、薄々事情は知っていたと思う。 だから、彼をどこかで拒んでいる空気が、 クラスに流れていたのかもしれない。 「俺、東京の高校へ行くからさ、 もう最後じゃん、皆と会えるのって。 だからさ、昼食会も出たかったんだ」  そういえば、担任の銀八がそんなことを言っていたような気がする。  クラスマッチや文化祭で、高杉は俺と 同じ場所に立っていることが多かった。 俺は騒ぎの真ん中ではなく、端の方にいた。 楽しんでいないわけではなくて、その位置で十分だったのだ。  だが、高杉はどうだったのだろう。 今日のはしゃぎぶりを見ていると、彼は中心にいたくても、 隅の方へ追いやられていた口だったのかもしれない。  女子の仲良し三人組(神楽・お妙・さっちゃん)が、 ヒップホップ系の音楽に乗せてダンスを披露し、皆の拍手を浴びた。 合唱部の坂本の独唱が終わる頃には、すっかり盛り上がって、 カラオケのマイクが、皆の間を回り始めていた。  俺は独りでは嫌だったので、高杉と近藤と 三人でアンパンマンの歌を歌った。 「アンパンマンには、いつも勇気をもらっていました」  歌った後の高杉のクサイ台詞も、皆に妙にウケた。  開放的な空気に、俺達は酔っていた。 三年間、高杉を拒んでいたものは一気に崩れ、彼は三年ぶりに、 皆と一緒に笑うことを許されたのだった。  母にはバスで帰るから、と告げて俺は二次会にもつき合った。 高杉のために、そうしなくてはいけないような気がした。 「皆と会えるのはこれが最後」という言葉が、俺を捕らえていた。  ファミリーレストランでの他愛ない会話でも、高杉は 話を振られると、一生懸命に喋って一生懸命に笑った。 もっと早くから彼と話をすれば良かったと、 その横顔を見ながら思った。  俺は中学校の延長線上にいることを許されるが、高杉はしっかりと 決別して、全く新しい場所から始めなくてはいけないのだ。 高校も、親戚の家から通うのだと言っていた。  同じ方向へ行く連中と一緒にバスに 乗り込んだ時には、もう暗くなっていた。  一人、また一人と「じゃあ、また」と、バスを降りて行く。 だが高杉にだけは皆、違う言葉を掛けて行く。 「元気で」とか「向こうでも頑張れ」とか・・・。 高杉は笑って返事をするが、すぐに泣きそうな顔になってしまう。 乗客が少なくなって行くバスの中を、 俺はどこかで見た風景のように思った。 幼い頃見た「銀河鉄道の夜」の絵本だと気がつく。 子供心にも、寂しい物語だと思った。 そしてバスの中は、俺と高杉だけになってしまった。 三つほどバス停を通り過ぎると、 降車ボタンを押して高杉が立ち上がる。 「じゃあな、土方。元気で。 高校でも、頑張れよ」  ありったけの言葉を、俺に掛ける高杉。 俺は黙っていた。 きっと俺よりも過酷な現実にいる友に、 どうして「頑張れ」なんて言えるだろうか。  バスのドアが開く。 「高杉!」  高杉が振り返る。 「また、な」  高杉が笑って、手を上げた。 「ああ。また会おう、な、土方!」  バスを降りた高杉が傘も差さずに、バスとは反対方向へ走って行く。 バスも、彼から遠ざかって行く。 いつかは俺達も飛び出して行かなくてはならない 雨の中へ、彼が一足先に飛び出して行く。 そんな気がしてならなかった。 でも雨が止まない人生なんてないように、俺は友の背に祈った。  (終) ☆ あとがき   つたない文章に、おつきあいくださいましてありがとうございました。