Justice3  − ヒョーゴとキュウゾウ −

 目を開けた時、俺はベッドの上にいた。 自室ではない。 やけに静かで、薄暗い。 小さな窓から射し込む日の光の中に、埃がキラキラと舞っている。 その規則正しい動きを乱す紫の煙が・・・? 俺は痛む体を起こすと、衝立の向こうを覗いた。 「おい、ヤバいって」  キュウゾウがベッドの上に上半身を起こして、煙草を吸っていた。 腕の点滴、そして右肩の包帯が痛々しい。  キュウゾウは俺に、煙草の箱を差し出した。 俺は迷いもせず、立って行って煙草を一本取り、口にくわえた。 「ふうん」  キュウゾウが目を細めた。  俺は彼に顔を近づけ、煙草を手で囲うと キュウゾウの煙草の先に俺の煙草の先をくっつけた。 小さく呼吸をすると、赤い灯が俺の煙草に移った。  キュウゾウのベッドの端に腰掛けて、紫の煙を吐いた。  俺達共犯者は黙って、小さな窓の小さな空を見上げながら煙草をふかした。 二人揃いの、救護室から支給された消毒臭い寝間着を着ていた。  救護室にはイノシシとその仲間達が収容され、 俺とキュウゾウはこの黴臭い空き倉庫に入れられた。  一番重傷を負ったのはキュウゾウなのに、と俺は憤慨したが、 イノシシの家は、代々続いているサムライの名家だった。 どちらも懲罰が確定するまで、このまま軟禁されることとなった。  痛み止めを貰ったが、その晩はなかなか寝つけなかった。 倉庫だから空調もなく、閉鎖的な空間に息苦しささえ覚えていた。  何度目かの寝返りを打つと、衝立の向こうからうめき声が聞こえた。 「キュウゾウ?」  返事がない。 寝ぼけたのだろうと、俺はまた寝返りを打った。 「やめろ!うわあ!」  今度ははっきりと聞こえた。 ベッドが軋み、はね起きる音も。 俺は急いで、キュウゾウのベッドへ行った。 彼は目を見開き、大きく肩で息をしていた。 そして信じられないことに、震えていた。  そうだった、こいつはまだ子供だったんだ。 気丈にも大人達に立ち向かって行ったが、暴行されそうになった。 それが、心の傷にならないはずがなかった。 大人の男だったとしても、だ。  俺はとっさに、母親が昔そうしてくれたように、キュウゾウを抱きしめた。 びくんと彼は体を強張らせた。 背中をトントンと、優しくゆっくりとリズムをつけて叩く。 「大丈夫だ。 おまえがどこにいても、俺は必ず見つけてやる。 助けてやるよ」 「くそっ!」  俺の腕の中で、キュウゾウは悪態をつく。 弱味を見せてしまったのが、許せないらしい。 そう言いながらも俺を突っぱねないのが、可笑しかった。  二日、三日・・・と俺達は捨て置かれた。 包帯を取り替えに来る衛生兵に、隊の様子や戦況を尋ねてみるが 「答えられない」の一点張りだった。 もちろん、同僚達と連絡をとることも許されない。 「早く戦に出たい」  時間だけが空しく過ぎて行く。 俺の中に焦りが生まれた。 口数が減っていった。  俺は自分を孤独へと追い込み、そしてそれがキュウゾウを孤独にしていた。 どろっとしたものが俺の中に生まれ、キュウゾウに向かって流れ出した。 自分ではもう、それを止めることはできなかった。 そしてその先に、出口なんてないのだろう、きっと。 倉庫の小さな窓から、月も見えない晩だった。  俺は、キュウゾウのベッドの傍らに立った。 浅い眠りだったのか、彼はすぐに目を開けた。 俺がベッドに膝を乗せると、キュウゾウは体をずらして脇を空けてくれた。 何か話があると思ったのだろう。  俺はもう片方の膝を、キュウゾウの体の向こう側へ下ろした。 がっちりとあいつの体を、両膝で挟んで動けないようにした。 「ヒョーゴ・・・?」  キュウゾウが不安そうに、俺の名を呼ぶ。  俺は何も言わずにいきなり、キュウゾウの寝間着に手をかけ引き裂いた。 キュウゾウの白い肌が露になる。  彼はあの忌まわしい記憶のために、動けなくなっている。  キュウゾウの紅い瞳の色も金色の髪も、闇の底に沈んでいた。  俺は身につけているものを全て、脱ぎ捨てた。 そして、キュウゾウの胸の上に自身の肌を重ねた。 夜の黒と肌の白が織り成すモノクロームの世界で、俺は餓鬼になっていた。 飢えと渇きに苦しみながら、キュウゾウの体をがつがつと食らい始めたのだ。 「ヒョーゴ・・・やめて・・・くれ」  いつもと違って、哀願するようなもの言いだった。  キュウゾウは辛うじて動く左手で、俺の胸を強く押した。 俺はうるさいとばかりに、それを右手で掴んでベッドの上に押さえつけた。 「ヒョーゴ、嫌だ!いや・・・だ!」  幼子のように、必死に小さく叫ぶ。  キュウゾウの左手を押さえつけていた俺の右手を放し、 代わりにその手で彼の口を塞いだ。 「!?」  それから左手で拳を作り、あいつの右肩、 イノシシが刀を突き刺した傷口に向かって振り下ろした。 今度は俺が、あいつの体に剣を突き通したのだった。  俺の手の中で、キュウゾウがこもった叫び声を上げた。 「おまえのせいだ」  俺はキュウゾウの耳に口をつけて、そう囁いた。  彼が一瞬、息を止める。 「俺がこんな所に閉じ込められているのも、同僚達と会えないのも、 戦に出られないのも、全ておまえと関わったからだ」  キュウゾウは、抵抗することを止めた。 俺は髪を振り乱しながら、夢中で俺の闇へとキュウゾウを引きずり込んだ。 彼の体は、その中で悲鳴を上げていた。  俺の孤独を埋めるために、キュウゾウの孤独を利用したのだった。  小さな窓に朝の空が見えて来ると、 俺は抜け殻のようになったキュウゾウの体から離れた。 そして彼に背を向けて座ると、枕元にあった箱から煙草を一本取って吸った。  後悔なんかしていない、と自分に確かめる。 でも、煙草の煙は苦かった。 煙草を長いまま、床に押しつけて消した。  俺はキュウゾウに一瞥もくれないで、ベッドを出た。 その時の軋んだ音は、彼の心の音だったのだろうか。  朝食の後、軍服に着替えるよう言われ、俺は上官の部屋へ連れて行かれた。  サムライ達に序列はない。 皆等しく、サムライという身分だ。 だが、やはり隊を組めばまとめ役が必要なので、複数の上官がいる。 そして規律というものも、必要だ。 「君ならうまく、キュウゾウを抑えてくれると思っていた。 一緒に騒ぎを起こすとは、残念だな」 「子守りはできません」  上官はふふと笑った。 「若いな。 若いから、吐きだしたいこともあるな」  それを人を傷つける理由にしてよいのか、 と心の中でイノシシに対して憤慨するも、人のことは言えないと下を向いた。 「私は亡くなった君の父君と一緒に、戦場に立ったことがある。 真のサムライだった」  俺は顔を上げて、上官の顔を見た。 髪をかきあげる。 キュウゾウと二人流されていく闇の川の中で、俺だけが命綱を手にした。 「母上を悲しませるような行動は、今後慎むように」  病院のベッドの上で、俺の武功を待ちわびる母の姿が浮かんだ。 「今日で謹慎を解く。 隊に復帰だ」  俺は深々と頭を下げた。  俺は・・・キュウゾウを捨てた。  同僚達は俺を笑顔で迎えてくれた。 懲罰を食らうなんて凄い、と英雄扱いした。  先に復帰していたイノシシとも、廊下ですれ違った。 奴も俺も、何も言わなかった。 目も合わせなかった。 俺達は共犯者だ。  キュウゾウが救護室に移されたことを聞いても、見舞いに行かなかった。 軟禁状態を解かれたのは、彼が弁明もせず、罪をあっさり認めたからだという。 何の罪を認めたのか。  ほどなく、食堂の隅の席で背中を丸め、 左手だけで頬づえをついているキュウゾウを見かけた。 いや、同僚達との話に夢中で、 ハヤトに突っつかれるまで気がつかなかったのだが・・・。  俺はそのまま友人達と賑やかに喋りながら、キュウゾウの脇を通り過ぎた。 あいつに見せつけていたのだ、残酷にも。 もう、俺の側におまえの入る余地はないのだと。  彼は気がつかないのか、頬づえをついたまま窓の外を見ていた。  次の日もあいつはその場所に、頬づえをついて窓の外を眺めていた。  俺のまわりには、たくさんの友人がいて・・・。 キュウゾウの側には誰もいない。  あいつこそ、皆の罪を黙って被った英雄だというのに。 彼の前には、灰皿さえもなくなっていることに気がついた。 代わりにティーカップがひとつ、置かれていた。 煙草は止めたのだろうか。 キュウゾウを暴行した朝、俺が吐き捨てた煙草の煙を思い出す。 まさか・・・そんなことで・・・? その後、食堂にキュウゾウの姿を見ることはなかった。 戦場にもキュウゾウの姿はない。 彼の華麗な二刀流を、見なくなって久しい。 「このまま、俺達のチームは解散か?」  船に帰還してから、ハヤトが言って来た。 「キュウゾウは抜けるさ」 「え?」  それっきり、ハヤトは何も訊いては来なかった。 俺達は、部屋へと向かう昇降機に乗った。 「明日には街だな。 久々の休暇だぜ」  ハヤトがうーんと伸びをした。  今回、俺達の隊は後方支援だけだったから、別の隊と交代して戦場を退いた。 「癒されに行こうぜ、一緒に」  とハヤトが卑猥な笑みを浮かべて、俺の股間をくすぐった。 「よせよー。 おぬしも、好き者じゃのう」  俺もはしゃいでいた。 「嫌いな奴がいるか?」  そうだなと笑いながら、俺の脳裏にキュウゾウの白い肌が浮かんだ。 男として成熟していない彼の肉体は、男と女の間にあるような不思議な感触がした。 女の肌で、早くそんなことは忘れたかった。  昇降機を降り廊下に出ると、月が勝ち誇ったように輝いていた。 戦場を離れると、空も美しく晴れ渡るのだ。  俺達の部屋の前に、何か黒い影が潜んでいる。 「誰だ」  俺は鋭い声を発して、刀に手をかけた。 「ヒョーゴ」  俺の名を呼んで、丸まっていた影がすっと立ち上がる。 こちらへ近づいて来るその人の顔を、月の光がとらえた。 「キュウゾウ」  俺は目を逸らした。 「先に部屋に入ってるから」  ハヤトが気を利かせて言うのに、 「いや、俺も明日は早いから」  と彼を追い立てるようにして、一緒に部屋の中へ体を滑り込ませた。 うつむいて突っ立っているキュウゾウの前で、乱暴に扉を閉めた。  部屋には、まだ誰も戻っていなかった。  俺が灯りをつけようとするのを、ハヤトが遮った。 「おまえ、キュウゾウの顔をちゃんと見たか」 「え?いや」  ハヤトは、大きくため息をついた。 「ヒョーゴは、よくやっていたよ」 「何?」 「よくあんな奴に優しくできるなって、正直言って、おまえを尊敬した」 「気持ち悪いな」  俺はぷいと横を向いた。 「だからさ、途中で嫌になる気持ちもわかるんだ」  俺の手が髪に行く。 「だけど、敢て言わせてもらうよ」  ハヤトは、いったん言葉を切った。 「ここで冷たくするんだったら、最初からキュウゾウと関わらなきゃよかったんだ。 これじゃあ、初めから無視していた連中よりも残酷だ」 「おまえに、何がわかる?」 ハヤトは静かに、首を左右に振った。 「俺、初めて知ったよ、キュウゾウにも感情があるんだってこと。 さっきのあいつの顔、寂しいって言ってた」 「まさか」  と俺は笑ってみせたが、笑顔になっていただろうか。 「おまえのあったかさにくるまれてから、いきなり突き放されたんだ。 前よりも一層、孤独感は大きいだろうよ」  俺は、それでも動かなかった。 扉を開けられなかった。  だって、俺達はもう元には戻れない。 ハヤトは知らないんだ。 俺がそれ以上に、どんなに酷いことをキュウゾウにしてしまったか。 「最後まで、あいつの味方でいろよ!」  ハヤトが焦れて、扉を開けた。  キュウゾウはもういなかった。  月がひとりぼっちだった。  翌日、昼前には休暇地である街に着いた。  皆、晴れやかな顔をして次々と船を降りて行く。 俺も洗いたての軍服に手を通しながら、休暇中の計画を練っていた。 そこへハヤトが飛び込んで来た。 「ヒョーゴ、これ、見たか」  ハヤトは、手に紙切れを握っていた。 「キュウゾウが、最前線に飛ばされた」 「えっ!?」  俺はハヤトから紙をひったくった。 「こんなもの、朝食の時には貼ってなかった」  俺が呟く。 「あいつ、昨夜、おまえに別れを言いに来たんだな」  ハヤトの言葉は、俺の胸に突き刺さった。  最前線のこの地区は、激戦区だ。 何人ものサムライが送られ、その分だけ死体が還って来る。 「おい、何をぼさっとしているんだ。 早く行け! あいつ、休暇を返上して行っちまうんだぞ」  今更、キュウゾウに会って何を言えばいいんだ。 「行ってらっしゃい」って手を振るのか。 「頑張れ」なんて言えない。 俺よりも過酷な明日が待っているキュウゾウに、言えるはずがない。 「ヒョーゴッ!!」  ハヤトが怒鳴った。 はっと我に返って、俺は部屋を飛び出した。  その目の前を、斬艦刀が駆け抜けた。 「!?」  風にあおられながらも、俺は操縦席を見た。 そこにはサムライがいた。  キュウゾウの顔には、昨夜の寂しさなんかひと欠片もついてはいなかった。 こちらを振り返りもせず、自分の運命を真っ直ぐ見つめていたんだ。  捨てられたのは、俺の方だったんじゃないのか・・・。  キラリと最後に船体を光らせて、斬艦刀が消えた。  キュウゾウが落としていった風が、俺の髪をかきあげていた。 (4につづく) ☆ 言い訳  追い詰められたヒョーゴが、どういう行動に出るかと思っていたのですが、 すみません、このような展開になってしまいました。  ヒョーゴファンの方、ごめんなさい。  キュウゾウファンでも許せないぞ、という方にも、ごめんなさい。  次回part4が最終回となります。  長くてすみません。