Justice2  −ヒョーゴとキュウゾウ−

「ヒョーゴ、あいつ、ヤバいぜ」  食堂でハヤトは、預かってきた俺宛の手紙を渡しながらそう囁いた。 彼とは同室で、斬艦刀でもチームを組んでいる、親友だ。  彼の言う『あいつ』とは、ウチの隊に入って来た「キュウゾウ」のことである。  あの訓練船での戦闘で、俺も有名人にはなったがキュウゾウの方が目立った。 新入りとしては派手なデビューだったし、こちらに来てからも何かと問題を起こしている。 「年をごまかしているらしい」 「俺達よりも、年上なのか?」 「まさか。逆だよ、逆。 十六歳だなんて嘘だって。 十三、四・・・いやそれ以下」 「にしては、肝っ玉が据わってるな」 「だからさ、あいつは・・・危ないジャリっこなんだって」  そんな俺達だって、やっと二十代に突入したばかりだ。 小僧に変わりはない。  「ヒョーゴは親分肌だからな、言ってもしょうがないんだけど」 俺は、空になった食器を片づけようと立ち上がった。 「あんまりキュウゾウには、関わらない方がいいと思うよ」  俺はハヤトの言葉を背中で聞きながら、片手を軽く挙げて「承知」の意を表した。  甲板に出ると、空が遠くまで青かった。 船の下には、海が広がっている。 風も心地いい。 が、その風の中に煙草の匂いを嗅ぎ取った。 たどって行ってみると・・・。  甲板の隅の方、軍服の上に金色の髪が揺れていた。 体のサイズに合うものがなかったのだろう、軍服はぶかぶかだった。 「キュウゾウ」  俺は声をかけながら、後ろから近づいて行く。 黙って彼に近づいて行った奴が、鼻の皮を削がれたという噂を聞いた。  キュウゾウは背中を丸め柵に頬づえをつき、煙草をくゆらせている。 俺は手を伸ばして、それを取り上げた。 「二十歳になる前に、肺の中、真っ黒になっちまうぞ」  キュウゾウは何も言わずに、睨んでくる。 やっぱり幼い。 「煙草なんかふかしてみたってな、お子ちゃまはお子ちゃまにしか見えないんだよ」  こいつも必死なのかな、と思う。 できるだけ大人に見せないと、侮られてしまう。 何より、重要な任務につかせてもらえない。  キュウゾウはふんと鼻で笑って、新しい煙草を取り出すと口にくわえた。 その煙草の箱を俺に差し出す。 俺は手を振って、断った。 彼はつまらなそうに、箱を軍服のポケットにしまった。 「もうすぐ地上だな。久し振りだ」 「休暇なんか、退屈だ」 「面会には、誰も来んのか」  キュウゾウは返事の代わりに、煙を吐き出した。 「俺も来ないよ。母親は、体が弱くてな」  何か、キュウゾウに言い訳しているようだった。  母が入院していて、面会に来られないのは本当だった。  サムライ達がこぞって機械の体にしているものだから、戦艦もどんどん大型化している。 ますます、サムライは巨大で強靭な機械の体を求める。  先日、斬艦刀に張りついて泣いていた105番も、 親の財力で手に入れた紅蜘蛛(べにぐも)の体を見せびらかしに来た。 俺とキュウゾウに、だ。  財力のないサムライは商人(アキンド)に借金をして、機械の体にしている。  だから、ひと戦あると空が汚れ、それが地上に降り注ぐ。 生身の人間はたまったものではない。 健康被害が危惧されて久しい。  母もその被害者だ。 だから俺は、機械の体にはしない。 「面会に来なくても、手紙は来ているらしいな」 「え?」 「そこ、落ちそうだ」  とキュウゾウが、俺の胸のあたりを指差した。  俺は懐から落ちそうになっていた手紙を、慌てて中へ押し込んだ。 キュウゾウに悪いと思った。  俺は四人部屋の自室に帰ると、自分の空間である右側の二段ベッドの上で、手紙の封を開けた。 ぷんと墨の匂いがした。 病に伏せってはいるものの、きちんとした文字が品良く並んでいる。 そこに母の厳しさと期待を感じた。  父も兄も戦場(いくさば)で死んだ。 それでも母は俺に「生きろ」とは言わない。 「武勲を」と、この手紙にも綴っていた。  衝撃があり、船が大きく揺れた。 危うくベッドから落ちそうになる。  続いて警報が鳴る。 「遅いぞ。見張りは何をしていた!」  俺は刀を掴んで、ベッドから飛び降りた。  北軍はサムライ同士刀を交える前に、砲撃してくるようになった。 勝負を焦っているのか。  斬艦刀の発進口に降りて行くと、一悶着起こっていた。  大きな声でがなりたてているのは「イノシシ」だ。 もちろん本名ではない。 戦闘の時には、何が何でも一番最初に飛び出さなくては気が済まないその行動から 「猪突猛進」とか「いのしし武者」と陰口を叩かれている先輩サムライだ。 「そこをどけ!俺の場所だ。 ガキは下がっていろ!」  イノシシの親友が操縦桿を握る斬艦刀を見上げると、その尖端にキュウゾウが陣取っていた。 「おぬしは、俺の後ろに立てばよかろう」  キュウゾウの言葉に、周りの人間が凍りつく。 あいつのクソ度胸は、ここでも全開だ。  イノシシは抜刀した。 幾人ものサムライの命を奪ってきた刀だ。 「俺の前に立つことは、許さんぞ」  キュウゾウも、背中の二振りの刀に手をかけた。  普通、斬艦刀のチームは決まっていて、新入りは上官が割り振ってくれるのだが、 キュウゾウと組んだ連中は次には彼とは組もうとしなくなった。 そこで、戦闘の度に彼は斬艦刀を渡り歩くことになったのだ。  俺だって一度でこりごりした。 ああ、それなのに・・・・。 「キュウゾウ、俺のところへ来い!」  考えるより先に、言葉が出てしまった。  イノシシが睨んできたが、俺は斬艦刀から飛び降りたキュウゾウの手を引っ張って、 ハヤトの操縦する俺の斬艦刀へと急いだ。  案の定、ハヤトはいい顔をしなかった。 斬艦刀の上、キュウゾウが当然といったように、俺の前に立つ。 「ヒョーゴ・・・」  ハヤトが心配そうに声をかけてきたが、答える代わりに俺はくしゃくしゃと頭をかいた。  これで俺達三人がチームを組むことが、皆の暗黙の了解となってしまった。  だが、騒ぎはこれで収まったわけではなかった。  結局、休暇は流れてしまい皆の神経は苛立っていた。 毎日、船のあちらこちらで、つまらないことでいざこざが起きた。  俺はある日、親しくしている先輩に耳打ちされた。 イノシシがキュウゾウを私刑(リンチ)しようとしている、と。 どこかであいつに会ったら忠告しようと思っていたのだが、こういう時に限って姿が見えない。 仕方なく、新入りを捕まえて彼の部屋の番号を聞き出した。  ノックをすると、ドアが少しだけ開かれた。 「キュウゾウはいるか?」  そいつは悲鳴を上げて、ドアを閉めようとする。 俺は素早く足を突っ込んで、それを阻止した。 そして、隙間から名乗った。 「俺はあいつと斬艦刀で組んでいる、ヒョーゴだ」 「ヒョ、ヒョーゴさん? あの、キュウゾウでしたら、その・・・」  言いよどむ彼に、ぴんときて 「誰か来たのか?」  と問い詰めた。  俺は船の下へ下へと急いだ。 昇降機を乗り継ぎ、階段を駆け下りた。  やはり、イノシシが仲間を引き連れてやって来たそうだ。 何の関係もない同室の奴らも殴られた。 きっとあいつら、キュウゾウと同室は嫌だと上官に泣きつくだろう。  キュウゾウの刀は二振りとも、部屋の隅に投げ捨てられていた。 それは良かったかもしれない。 仲間を斬ったら、監獄行きだ。  だが、あいつらは刀を持っていたそうだ。 死体のひとつぐらい空へ捨ててしまえば、見つからない。 ましてやキュウゾウには、たぶん心配する家族などいないから、 そのまま捜索されることなく忘れられるだろう。  下の機関室に着いた。 たまに見回りが来るだけだから、人気はない。 無人で動いている機械の音がうるさい。 電灯はひとつ置きについていて、点いたり消えたりと寿命を迎えたものもあった。   俺は全神経を研ぎ澄ます。 音、匂い、何でもいい。 キュウゾウの何かを感じとれれば・・・。 「いた!」  機械油に混じって、血の匂いがした。  俺は入り組んだコードやパイプを避けながら、音をたてないように走った。  人の気配を感じて、ぴたりと壁に体を寄せる。 機械の間のちょっとしたスペースに、十人ほどの男達の姿を確認した。 (キュウゾウはいるのか?)  男達の足のすき間から、金色の髪が見えた。 床に倒れているらしい。  いや・・・彼の体の上に、銀色に光る一本の線が見える。 刀だ! キュウゾウの右肩に刀が突き通され、床に刺さっている。 まるで、虫ピンで止められた蝶のようだ。  両手両足は、男達によって押さえつけられている。 更に体の上に、イノシシが馬乗りになっていた。  イノシシはキュウゾウの髪を掴んで、顔を近づけた。 「へえ、こうして見ると女みたいな顔、してるんだな。 ちょうどいいや」  キュウゾウはぺっと、イノシシの顔に唾を吐いた。 イノシシは怒って、髪を掴んだままキュウゾウの頭を床に叩きつけた。  彼がぐったりしたところで、上着に手をかけ左右に引き裂く。 ボタンが飛んで、カラカラと乾いた音をたてた。 キュウゾウの白い胸が露になる。  それに興奮したのか、 「次、俺に犯(や)らせろよ」 「俺が先だろ」  というふざけた声も聞こえてくる。 (こいつら、遊びに行けなかったものだから、キュウゾウで晴らすつもりだ)  俺は髪をかきあげ、それからその手を刀にやった。 深呼吸して、大きな声で叫ぶ。 「皆、いたぞ!こっちだ!」  映画か何かで見たような手だが、奴等を混乱させるには十分だった。 全員ぎょっとしてこちらを見た。 キュウゾウの上で、イノシシも腰を浮かせかけている。 「どうにかしろよ、キュウゾウ!」  俺は刀を抜きながら、獣(けだもの)の群れへ走った。  キュウゾウは左腕に力を集中して、そこに取りついていた男達を振り払うと、 右肩を貫いている刀の柄に左手をかけた。 「くっ!」  一気に刀を引き抜いた。 血がほとばしる。 その刀を一閃させると、彼を押さえていた男達が転がって避けた。 イノシシなぞは、キュウゾウの体から一回転して落ちた。  キュウゾウは、イノシシに真っ直ぐに向かって行く。 彼はズボンと下着を、脱ぎかけていたらしい。 それが足にまつわりついて、地面にぺたりと座り込んでしまっていた。  キュウゾウが刀を振り上げる。 「斬るな!」  俺が怒鳴ったのと、キュウゾウが刀を突き刺したのが同時だった。 「うっ!うわああああ!」  みっともない叫び声を上げて、イノシシは失禁した。 その開いた足の真ん中、急所すれすれに刀が床に刺さっていた。  自分の失態を隠すように、イノシシは吼えた。 「殺せ!二人共、殺してしまえ!」  俺はキュウゾウの側へ寄った。 周りを囲む男達の顔を見渡して驚いた。 殴られた(たぶん蹴りも)跡が著しい。 こいつらが怒るわけだ。  それから俺はさりげなく、キュウゾウの下部に目をやった。 よかった、ジッパーも下ろされていない。  俺とキュウゾウは背中を合わせて、刀を構えた。 「わかっているな、殺すなよ」 「あんたもな」  殺気立つ彼等とは正反対に、キュウゾウの声は静かだった。 俺の心も冷静だ。 大丈夫だ、俺達は切り抜けられる。 顔にかかる髪も、もう気にならない。                        見回りのサムライが俺達を見つけた時、そこに立っていたのは俺とキュウゾウだけだった。  しかし・・・。 「ヒョーゴ」 「何だ?」 「おのれの始末はおのれでつける、ということは重々承知しているが」 「そうだな」 「肩を、借りてもいいか」 「よい」 「かたじけ・・・ない」  キュウゾウが俺の肩に手をかけ、前のめりに倒れて来た。 そして俺も、一緒に倒れてしまった。  さっと幕が引かれるように、目の前が真っ暗になった。 (3につづく)